第93話『クレ5五歩』

「おい。間宮よお」


「はい」


「なんか『また』下手打ったらしいな」


「…」


「まあ聞いたらなんだ。うちのもんが足引っ張ったらしいな。おい、どうなんだ」


 椅子に腰かけた男がボコボコになった状態で横たわっている男、小沢に視線を送りながら言う。本職の『ヤキ』で返事が出来ない状態の小沢。


「ごるあ!返事しろよ!このボケっ!」


 そう叫びながら横たわっている小沢の腹を蹴り上げる近くに立っていた男。間宮は表情を変えず、直立不動でそれを視線だけで見下ろす。


「まあ、今回はうちが下手打ったってことだな。わりいな。勘弁したってくれるか」


「はい」


「それでお前んとこの兵隊も全員やられたんか?」


「いえ。幹部が一人。それだけです」


「で。今後はどうするつもりだ」


 椅子に座った男がタバコを取り出す。すかさず近くに立つ男が高そうなライターの火を差し出す。それでタバコに火を点け、一息吸って煙を吐き出し男が言った。


「前と同じ条件でいいでしょうか。店はすぐに再開させますし、損金も日々の売り上げも自分がすべて今まで通りきっちり納めますんで」


 間宮の言葉が終わった瞬間、椅子に座った男が立ち上がり横たわっている小沢をぼっこぼこに蹴り続ける。タバコを咥えたまま。つま先が尖った靴が小沢の腹に食い込む。


「う…、うっ…、うっ…」


 痛みを声にする力もほとんど残っていない小沢。そして蹴るのをやめた男が言う。


「極道が堅気のガキ、それもたった二人に?うちの『看板』どれだけ汚してんだ。お前ら」


「すいません!」


「すいません!」


 男に頭を下げる部屋にいる男たち。間宮は頭を下げない。頭を下げている一人の後頭部にクリスタルの灰皿を思い切り振り下ろす男。そして言う。


「おい。間宮」


「はい」


「誰でもええわ。『肉球会』のもん、一人殺ってこい。ケツは俺が持つ」


「はい」


 一時もためらわず即答する間宮。そして頭の中も変わらない。


 いずれどころかすぐに『てめえ』を俺が殺ってやんよ。命令すんのは俺なんだよ、と。




 同時刻。


 カランコローン。


 小さな喫茶店を訪れる『肉球会』若頭・住友。


「…いらっしゃい」


 狭い店の奥、新聞を読みながら声だけで対応する老人。


「ご無沙汰しております。おじき。住友です」


「ん、ああ。確か兄弟んとこの…」


「はい。神内のおやじの下で若頭をやらせてもらってます住友次郎です」


「それで。天下の『肉球会』若頭さんがこんな小さい店に何の用だ。今どき『みかじめ』なんぞ要求しとったらすぐにパクられるぞ」


「いえ、うちはそういうことはしないようおやじにきっちりと教わってますので。それより今日は狭山のおじきにお話がありまして足を運ばせていただきました」


「ふん。ここは喫茶店だろうが」


「そうですね。コーヒーをいただけますでしょうか?」





 一方その頃。


「いやあ、今回も『撮れ高』最高でしたね。それにしても…」


「どうしたっすか?」


「いえ。やけにすんなりいったなあと思いまして。いや、田所のあんさんが無敵すぎるのに慣れちゃったのもありますが」


「そっすねえ。奴らも馬鹿じゃないと思うんで。あれ、間宮でしたっけ。あいつがまた現場に来ると思ってたんですが。自分もあいつを今回、徹底的にやるつもりだったんすよね。ちょっと肩透かしくらいましたね」


「ですよね。それで女の子たちは大丈夫ですか?」


「あ、はい。もう二度と無理やり働かされることはありませんね。うちの連中がしっかりとガードについてますんで」


「それは心強いですね!だったら安心です。田所のあんさんも無敵ですが『肉球会』の皆さんも無敵ですからね!」


「いやいや。自分も結構最近鍛えなおさないとと感じてるっすよ」


「え?そうなんですか。あんなに強いのに」


「いや、結構動きがさび付いてますね。おやじの教えで『心身ともにさび付かせるな』とありまして。これは『クレ5五歩』ですね」


 え?と思う飯塚。『クレ5五歩』?サビをとるのは「556」じゃないの?と思う飯塚。と、同時に神内さんの教えは本当に幅広いなあとも思う飯塚であった。

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