第83話優しいやり方

「おい。計画通りやれよ」


「はい。分かりました」


 忍が『模索模索』のメンバー一人に指示を出す。忍の指示を受けたものが先にスナックへ客を装い入店する。ママとアルバイトの中年女性の二人だけでやっている店。テーブルも一つだけ。ソファーに三人座ればほぼ満席になる小さな店。そんなに繁盛しているわけでもなく客も少ない。『模索模索』のメンバーが入店した時も客は初老の男がひとりだけ。


「いらっしゃいませー。おひとり様ですか?」


「あ、はい。初めてなんですけど大丈夫ですか?」


「そんなことありません。大歓迎ですよ。どうぞお席の方へ」


「あ、すいません」


 そしてソファーに座り、もう一人の客がカラオケを熱唱している中、タバコを取り出す。すぐに中年の女が横に座りライターの火を差し出す。


「あ、すいません」


「うるさくてごめんなさいね。お飲み物は何に致しますか?」


「あ、じゃあ水割りで」


「はい。では作ってきますね。私もいただいてよろしいでしょうか?」


「あ、こういうとこは初めてでして。お任せします」


「ありがとうございまーす♡」


 そして二つの水割りを持って戻ってくる中年女性。


「それじゃあ、かんぱーい」


「あ、かんぱい」


 慣れない手つきでグラスを差し出し乾杯をする。暫く無口なまま、中年女性の話を聞く。もう一人の男はカラオケ自慢のようで歌い終わっては次の曲と雑音を垂れ流す。


「ごめんなさいね。ママの方ももうすぐご挨拶に来るから。あ、タバコ失礼していいですか?」


「あ、はい。どうぞ」


 そしてメンソールのタバコを吸い始める中年女性。


「あ、すいません。お手洗いはどこに…」


「あ、トイレ?すぐそこの扉のところです」


「あ、すいません」


 そう言って席を立ちトイレに向かう『模索模索』の男。そして暫くしてトイレから出てくる。元の席に座る。


「あ、おしぼりどうぞ」


「あ、すいません」


「グラスが空ですね。おかわりは何にしますか?」


「あ、同じやつで」


「私もいただいていいですか?」


「あ、はい…。どうぞ」


「ありがとうございまーす♡じゃあ作ってきますね」


 中年女性が席を立つ間に忍へと携帯で合図を送る。画面の『呼び出し中』の表示を眺めながら数コールで切る。


「お待たせー。あら、スマホ?」


「あ、アプリのゲームです」


「ごめんなさいね。こんなおばさんじゃあ退屈だよねえー」


「あ、いえ。全然そんなことありません」


「ほんとおに?」


 心の中で「うるせえ。このクソババアが。乞食がくせえ息吐いてんじゃねえ。地球環境問題を考えたことがあんのか」と思いながら黙って水割りを飲む。そして数分後に忍が乱入する。


「いらっしゃいませー」


「いらっしゃいませじゃねえんだよ。責任者出せや、このクソババア」


「な、なんですか!あなたは!」


 初老の男はそれに気付かずカラオケを熱唱している。忍はお構いなしで店の中で飲んでいた『模索模索』の男に襲い掛かる。

 目についた焼酎のボトルを掴み後頭部に振り下ろす忍。砕け散るボトルとそのまま横に倒れ込む『模索模索』の男。熱唱していた初老の男もそれを見て固まる。店内にはカラオケの音楽だけが平和に流れる。


「警察を呼びますよ!」


「あ?呼べば。その前にババア。てめえの店の便所見てこいや。ババア、てめえ、『シャブ』をこの店で売ってるらしいな。誰に断ってそんな真似してんの?『肉球会』も随分と舐められたもんだわなあ」


「はあ!?『シャブ』って何よ!?私知らないわよ!そんなの!」


「しらばっくれるつもり?調べはついてんだよ。何なら一緒に確認するか?確かな『タレコミ』があったんだよ。もしなかったら百万でも二百万でも置いてってやるよ」


「あ、ママ。お会計…」


「おい。じじい。帰る前にあんたが証人だ。それともあんたも『グル』かい?」


 目の前の圧倒的非日常的な『暴力』を目の当たりにし、震えながら視線をママと呼ばれる女に泳がす初老の男。


「ママ…」


「だからあ!私は何も知らないって言ってるでしょ!」


「じじい。あんたが行ってこい。俺もこれ以上は怪我人を出したくねえ」


 忍の指示で震えながらトイレに向かう初老の男に忍は続ける。


「いいか。『タンク』の中らしい」


 そしてすぐに絶望の表情で『白い粉』、『注射器』、『ゴム』が入った濡れたビニール袋を手にトイレから出てくる初老の男。


「ママ…」


「知らない!何よ!私じゃないから!」


「『知らない』じゃあ済まねえんだよ。てめえこのクソババア。『肉球会』がケツ持ち代とらねえのをいいことにシマウチで勝手にシノギか。舐めてんのか。サツを呼ぶだあ?好きにしろよ。てめえの指紋がべったりでどう言い訳するつもりだ?」


 すでにママと呼ばれる女は冷静な思考回路を失っている。


「知らないから!知らないから!私じゃあない!裕子!あんたなの!?」


「そんな訳ないでしょ!ママの方こそいつもこそこそ隠れてなんかやってたでしょ!」


「とにかく知らないから!私じゃないから!」


「ママ…、お会計を…」


「あ、じいさんはもういいよ。このババアの本当の『顔』を見たよな?」


「…」


「見たよな?」


「はい…」


「じゃあ、帰っていいよ。お金もいいから。あとはこっちで処理するから。あ、余計なことしたら怪我人が増えるよ。ここまで長生きしたのにもっと長生きしたいでしょ」


「はい…」


「じゃあお疲れ」


 忍の言葉とは真逆な鋭く圧力をかける視線に初老の男は頷き店を飛び出す。


「さあ、てめえの『バック』からこれまでどれだけの人間の人生を狂わせてきたのか。じっくりと喋ってもらうぜ。『うち』は昔気質で堅気さんを大事にしてきたが、そんなまっとうな堅気さんを泣かせるような奴は例え女だろうと容赦しねえよ。ことと場合によっちゃあしっかりと『けじめ』とるぜ」


「私じゃないから!私じゃないから!」


「ママ…、ちゃんと説明して」


「あなたは本当に何も知らないみたいですね。何もされてないですか。よかったです。あなたの身の安全は『うち』が責任を持って補償します。約束です」


 こんな簡単な『模索模索』の罠にまんまと雰囲気に飲み込まれハマってしまうスナックの二人。もちろんトイレに仕掛けたのも『模索模索』の男。そしてビニール袋にママと呼ばれる女の指紋がべったりなのも事実。殴られた男の前にもう一人の『指紋回収係』が送り込まれていたから。


「指紋なんて簡単にとれるからな。さあ答え合わせすればすぐ済む話だぜ」


 そしてスナックはその日から『模索模索』直営ぼったくり店となった。忍は飴と鞭を上手に使いこなす。やり方はいくらでもあった。忍にしては自分でも『随分優しいやり方』をしたと思った。バックのいない商売女を奴隷にする方法は『男の暴力』が一番手っ取り早い。


「忍さんにしては随分優しいやり方でしたね」


「あ?あんなクソババアで勃つやついんの?突っ込めるやついる?俺は自信ないわ」



 一方その頃。


「へえ!そうなんすね!今までずーっと『キスマークスイッチ』と思ってましたよ!」


「なんですかそれえ。『スキマ』ですよー。田所のあんさん」


「見つかってスイッチが入るもんだと。これがまた『スマキ』だと話は別ですよねえー」


「笑えないですよー。それにしても大根おろしたっぷりでいいですねえ」


 『みぞれ鍋』を堪能しながら和気あいあいとしていた田所と飯塚であった。

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