第73話おじぎ
田所の言葉に思わず「え?」と思う飯塚。
「ん、神内んとこの若いのか」
「はい!お控えください。お控えください」
「おいおい。今どき『仁義』なんぞ切る極道はおらんじゃろう。それにここはお店じゃ。他のお客さんに失礼になる。やめろ」
「はい!」
えーと、『他のお客さん』なんていませんが…と思う飯塚。と、同時に「この人がおじき?」と思う飯塚。
「マスター。私はいつものホットコーヒーを貰えますか」
「じゃあ僕も同じものを」
「あ、自分は手伝います」
え?注文せずにこの『おじき』さんのお手伝いをするんですか?と思う飯塚。
「やめい。極道もんの淹れたコーヒーを大事なお客さんに出せるかあ」
「いえ、自分は今、『破門』の身。堅気ですので。それよりお手伝いさせてください」
「あ?お前、『チラシ』回されたのか」
「はい」
「だったらお前も黙ってあの二人と一緒に座れ。俺がコーヒーを淹れてやるから」
「はい。ではいただきます」
そんなやり取りを聞いていた愛子ちゃんが小声で飯塚に聞いてくる。
「(田所さんって元やくざの人なの?)」
「(あ、はい。元『肉球会』の組員の人です)」
「(え?あの地元で有名な!?)」
でしょー、ようやく分かってくれました、と思う飯塚。と、同時にやっぱり昔気質で屈強な組員たちが揃った『肉球会』の名前はすごいなあと思う飯塚。そこに田所が戻ってくる。
「あ、すいません」
「あのお…、田所さん」
「はい?何でしょうか?」
「マスターのことを『おじき』って言ってましたが…」
「え?自分が?そんなこと言いました?空耳じゃないでしょうか?」
「いえ。確かに…」
うーん。愛子ちゃんもスルーしてくれないのか…と思う飯塚。それに僕も実は気になってるんですよ、とも思う飯塚。
「え、あ、あー!『おじぎ』ですよ。挨拶大事じゃないですか。お店に入った時にご高齢者に向かって飯塚ちゃんがお辞儀しなかったからです。ご高齢者は国の宝ですよ」
そんな空耳は愛子ちゃんどころか読者も許さないですよーと思う飯塚。
「ふん。何が高齢者は国の宝じゃ。それっぽいことを言いおって」
マスターが三つのコップをテーブルへと運んできて田所の背後に立って言った。
「あああああ!『おじぎ』すいません!」
そう言って頭を九十度どころか百八十度下げる田所。パーフェクトな『お辞儀』だ!と思う飯塚。
「ふん。もういい」
そう言ってコップをテーブルへ置き、すぐに奥の責に戻り、新聞紙を両手に持ちそれを読み始めるマスター。顔が見えないよう新聞紙を大きく広げている。
「田所のあんさん。『おじき』ってあの方どなたですか?」
愛子ちゃんも興味津々な目を田所に向ける。
「あの方はおやじのアニキ分の方です。うちの相談役とも会ってますよね。子は跡目がありますが兄弟分が跡目を継ぐことはありません。『肉球会』の功労者であり、確か…」
「おい」
田所の話の途中でマスターが新聞紙で顔を隠したまま言った。
「は、はい!」
「足抜けたもんが昔のことをぐちゃぐちゃ言うもんちゃうぞ」
「はい!すいませんでした!」
席を立ち、思い切りマスターに向かってパーフェクトなお辞儀をする田所。本当に『鞭打ち』と言い、この人は体が柔らかいなあと思う飯塚。と、同時に、あ、今も『液体』をイメージしているんだ、と思う飯塚。
「それよりこれからの作戦です。『模索模索』がやっている店の事務所の場所は分かりますよね?」
「はい」
「じゃあ今からそこへ行って自分が終わらせます。それでいいですか?」
「田所のあんさん。『撮れ高』も大事ですよ」
「ですね。それは飯塚ちゃんが指示お願いします。それで、自分がカメラを持ち、飯塚ちゃんが暴れる。それを自分もサポートする。いいですね」
「え、でも…。本当に二人だけで大丈夫ですか…」
「大丈夫。あなたは知らないわ。私が守るもの」
いえいえ。知らないのが当然ですよと思う飯塚。
「え?それって『エヴァ』の…」
「ああああああああああああああ!」
やばい!著作権が!と思う飯塚。なんとかごまかすんだ!と思う飯塚。
「え?『えヴぁ』?なんですか?おやじの教えですよ」
「は、はあ…」
なんとかごまかせたあ…と思う飯塚。
「それより、飯塚ちゃんの腰は座ってましたか?」
「はい?」
「あ、間違えました。腰は鋭かったで…」
「ああああああああああああああ!」
いろいろな意味でその話はやめましょう!と思う飯塚。
「お前ら。さっきから店内でうるせえぞ。他のお客さんに迷惑だろうが」
気が付くとマスターが背後に。ゴルゴだあ、と思う飯塚。
「それより堅気になったもんがさっきから『模索模索』だとか『事務所』だとか『暴れる』だとか。物騒なこと言うとるのう。お前らこれから何をするつもりなんや」
そこでようやくマスターにこれまでのいきさつを洗いざらい話すこととなる。
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