第72話行列が出来る店

 プルルル。飯塚のスマホが鳴る。


「どうやら頼もしい正義の味方が到着したようです」


 そう言って電話に出る飯塚。


「はい。こちら飯塚。どーぞー」


 なるべく明るく、明るく振舞うんだ!と思う飯塚。


「あ、こちら田所。『リバーサイド』のすぐ近くに到着。どーぞー」


「分かりました。すぐ出ます。どーぞー」


 そして電話を切り、愛子ちゃんと共に部屋を出る飯塚。と、同時に一泊分の料金払ったんだけど二時間も使わず退出かあ、勿体ないなあとも思う飯塚。いつもは二時間休憩だもんなあとも思う飯塚。と、同時に九十分十万円の高級ソープに匹敵する数の子三連発をも思い出し、ホテル代なんか小さい小さいと自分に言い聞かせる飯塚。と、同時にいかんいかん!と思う飯塚。


「お店の人間が張っていることはありませんか?」


「あ、はい…。店の人間は真面目にやっているようには思えませんので。オールナイトコースはそのまま直帰で翌日お金をお店に持っていくようになってます」


「そうなんですね。まあ、人目につかないところで田所のあんさんと打ち合わせをして今夜中に終わらせますんで。それにしても田所のあんさんはどこにいるんだろう?電話してみますね」


 そう言ってスマホを取り出そうとした瞬間、背後から聞きなれた声を感じ取る飯塚。


「飯塚ちゃーん」


 振り向くといつもの笑顔で大きく手を振っている田所の姿が。かなり離れてるのによく分かったなあ、田所のあんさんは目がいいんだと思う飯塚。そして小走りで二人の元に駆け寄る田所。パンチパーマを7・3に分けている田所の髪型を見て様々な感情が駆け巡る愛子ちゃん。


「お、この方が悪徳デリヘルで無理やり働かされていらっしゃるお方ですね。もう大丈夫です。自分と飯塚ちゃんでその店を『退治』しますので」


「は、はい…」


 三十分ちょっと前には号泣していたけれど大爆笑したい気持ちを思い切り押し殺す愛子ちゃん。


「は、初めまして…。山本愛子と言います。飯塚さんからお話を聞き、助けていただけると…」


「山本さんですね。ここで立ち話もなんですから。どこか人目を気にしないでいい場所へ移動しましょう」


「はい」


「飯塚ちゃん。どっかいいとこ知ってます?」


「うーん、どうでしょう?近くのファミレスは?」


「ファミレスですか…。うーん、人目がちょっとあるかもですね」


「じゃあ居酒屋とかどうですか?」


「うーん、店によりますが…。『模索模索』やその関係者がいる可能性がありますね…」


「じゃあ健司や山田さんが仕切っているお店とかどうですか?それなら信用出来るんじゃないでしょうか?」


「そうですね。それならまず安心ですね。あ、でもなあ…」


「何か問題でもありますか?」


「いえ、あいつらの店って『行列が出来る店』と呼ばれるほど流行ってますんで。座れるかどうかでして…」


 え?『行列が出来る店』?と思う飯塚。『肉球会』は経済で困ってるんじゃないのか?と思う飯塚。行列が出来るなら儲かってるんじゃないの?と思う飯塚。と、同時にいまいちピンとこない飯塚。今どき『行列が出来る店』ってラーメン屋さんかパン屋さんじゃないのと思う飯塚。有吉さんが散歩でもしたのか?とも思う飯塚。


「え?『行列』ですか?そんなお店を経営されてるんですか?」


「ええ。何しろ『並ばないドイツ人が並ぶほど』と言われてますからね」


 え?ドイツ人って行列に並ばないの?と思う飯塚。そしてスマホで『ドイツ人、行列』とグーグル先生に聞いてみる飯塚。画面を見て絶句する飯塚。そしてそのやり取りをポカーンと見ているえりなちゃん。


「あのお…」


「はい。どうされました?」


「近くに私の『秘密基地』のような喫茶店がありますので。そこなら大丈夫だと思います」


「え?この近くに喫茶店なんてありましたか?」


「はい。本当に小さいお店です。おじいさんが趣味でやってるようなお店ですので。接客とか味は本当にお世辞にもいいとは言えませんがあのぼくとつなマスターと空間が安心できると言いますか…」


「じゃあ、そこに行きましょう。三人で入れますか?」


「はい」


 そして三人でえりなちゃんの秘密基地的喫茶店へ向かう。途中、『コンビニデイリー』の看板を見ながら「あ、飯塚ちゃん。おやじの教えを思い出すなあ。ほら『こんびに『出し入れ』ですよ』と真顔で言う田所。え?『出し入れ』?あ、『出入り』ですか、と思う飯塚。田所の髪型は我慢できたけれど思わず笑みを見せてしまう愛子ちゃん。


 カランカラン。


 お店に入るとクラッシックが流れている。言うほど悪くないじゃないかと思う飯塚。


「飯塚ちゃん。これは『バッハ』ですね。ドイツの音楽家です。この店は行列を狙ってますね」


 いや…、そんな単純なもんではないでしょうと思う飯塚。


「…いらっしゃい」


 狭い店の奥で新聞を読みながら声だけで対応するマスターらしき老人。うーん、さすがにここなら大丈夫だろうと思う飯塚。と、同時に『こらこら、お客さんだよ。ちゃんとやれ。ちゃんと』と心の中で毒づく飯塚。


「マスター」


「愛子ちゃんか」


 ようやく新聞をおろしこちらの方を見る老人。そして田所が立ち尽くす。


「お、おじき…」

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