第74話『模索模索』のバック

「ほお、極道もんが『ユーチューバー』か…。これはまたふざけた考え方と言うか…」


「いえ!おじき!おやじは本気です!『業界の未来』のためです!」


「お前はだあっとれ。おいそこのもう一人の兄ちゃん」


 え?僕ですか、と思う飯塚。


「はい」


 そしていきなり飯塚に深々と頭を下げるおじきと呼ばれるマスター。


「飯塚さんですか。兄弟は酔狂で動くような人間ではありません。こいつの話を聞きましたが兄弟はもっと大きな将来を見据えてます。本来、わしらのような存在は最初からない方がいいんでしょう。けれど『必要悪』と言いましょうか。戦後の混乱、この国を守ってきたのはわしらのような人間です。そして政治家や企業の力になることもしてきました。今はわしらのような人間は存在すらこの国は認めなくなりました。行き場を失ったわしらはどうなりますでしょうか。確かにわしらみたいなもんは『存在』しないほうがいいと思います。ただ『組の看板』は多くの人間の命や懲役で守られてきたものです。今のこの国を見ればお分かりでしょう。組織として『看板』を掲げない、法の目を掻い潜る『悪』は雨後の筍のようです。『特殊詐欺』に『半グレ集団』。じゃあそいつらを誰が取り締まることが出来ましょう。それに茶碗を取られたら飯は食えません。堅気に戻ってまっとうに生きることもこの国は許してはくれません。元極道もんは口座も持てません。就職も出来ません。ローンも組めません。住むところも借りれません。それに対し泣き言を漏らすつもりじゃありませんが、追い詰められた半端もんの行きつく末は容易に想像出来ませんでしょうか」


 おじきと呼ばれるマスターの丁寧な言葉遣いでの説明。言いたいことはよく分かる飯塚。


「兄弟はそういう人間に『新しい道』を示そうとしてるんやと思います。半端な未熟もんですがこいつを『漢』にしたってください。わしからも頭下げます。どうぞよろしゅう願います」


「おじき…」


「そ、そんな、頭をあげてください。マスター!」


 ものすごい神内さんの兄弟分である方にここまで頭を下げられるとプレッシャーが!と思う飯塚。そして頭をあげ、田所に対し厳しい目つきを送るマスター。


「おい。若いの。破門されたとして、お前も『肉球会』。きっちりこの飯塚さんの手足となって身を盾にして自分の務めに精進するよう」


「はい!」


「そして『模索模索』か。今のわしの耳にも話は届いとる。随分堅気さんを泣かしとるみたいやのう。『肉球会』も随分と舐められたもんやのう」


「はい!これは自分らの怠慢です!」


「そうじゃ『肉球会』全員の怠慢じゃ。『模索模索』のバックは『血湯血湯会』」


 おじきマスターの言葉に田所が固まる。もちろん飯塚も固まる。愛子ちゃんまでその名前を知っている。


「おいおい。何をいまさら。『血湯血湯会』の名前に芋ひくんか。お前らは看板でケンカするんか?」


 『血湯血湯会』。日本最大の広域指定暴力団組織である。


「いえ。おじき。『肉球会』はどこが相手だろうと引きません。それに自分らは『ユーチューバー』として組チューバー『仁義』チャンネルを成功させることが役どころ。自分の『役』をきっちり務めるだけです」


 田所の言葉が終わる瞬間、おじきマスターがクリスタルの灰皿で思い切り田所の額をかち割る。よけようと思えばよけられたはずだがそれを敢えてきっちり額で受け止める田所。血が飛び出る。


「いてえか」


「いえ。全然大丈夫です」


「愛子ちゃんは『痛かった』。お前らの怠慢のおかげでな」


「はい!」


 額から大量の血を流しながらも直立不動でおじきマスターの言葉を受け止める田所。


「愛子ちゃん。今、救急箱を持ってきちゃる。この馬鹿に包帯でも巻いてやってくれるか」


「は、はい!」


「いえ、これは自分の怠慢の罰。山本さんの受けた痛みに比べればこんなものかすり傷です。ふん!」


 気合で自分の唾を額に塗り込む田所。いやいや、確かに擦り傷とかに自分の唾を塗れば治ることもありますが、クリスタルの灰皿が思い切り額をぱっくりですよ、と思う飯塚。


「おじき。おしぼり一本いただきます」


 そう言って先ほど飯塚が使ったばかりのおしぼりを紐状にちぎりそれを頭に巻く田所。そして言う。


「おす!もう大丈夫です。山本さん。事務所へ案内してください。飯塚ちゃん!ここは正面から行くだけです!」


「はい!田所のあんさん!」


「おい」


 さあいくぞ!と気合が最高潮に達した瞬間、おじきマスターが言う。


「コーヒー代は『肉球会』に回しとく」


「いや…、それは…、自分は破門の身でありまして…」


 そうですよー、コーヒー代ぐらい払いますよー、もー、おじきはセコイなあと思う飯塚。


「そうか。じゃあ今回は特別にわしからの奢りにしといてやる。その代わりあれだ。あのお…、なんだ。その、『歌ってみた』ってやつか…。あれをわしにもやらせてくれんか」


 はあ…、二ノ宮のおじきといい、カラオケ好きなんだ…と思う飯塚。


「ええ!是非!おじきの『エイチジャングル』も最高ですからね!」


 え?『エイチジャングル』?最高!?と思う飯塚。と、同時にいやいやあの人もかなり声高いですよ、と思う飯塚。


 そしておじきマスターと約束を交わし、そのままタクシーを拾い、悪徳デリヘル『グッドフェラーズ』の事務所へと乗り込む。

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