第60話あいおぶざたいがー

「大丈夫ですか!?」


 例の元ぼったくりバーであり、田所の力で健全営業のお店に変わったあのお店。駆けつけた田所が大声で叫ぶ。飯塚もその有様を見て言葉を失う。


「し、死んじゃうよお…。二人が死んじゃうよお…」


 顔から体中まで腫れあがり、衣服もボロボロでぐったり倒れ込んでいる二人の男を見てすぐに気付く。


「田所のあんさん。この二人は更生したこのお店の店員さんです」


「しっかりしてください!お姉さん。これをやったのはどいつですか」


「し、し、死んじゃうよお…」


「お姉さん!しっかりしてください。落ち着いてください。『ふたりは死なないわ。私が守るもの』です。飯塚ちゃんは救急車を呼んでください。出来ますね」


「はい」


 そしてすぐに119番へ電話し、お店の所在地や状況を冷静に伝える。


「お姉さん。大丈夫です。二人ともしっかりと息をしています。すぐに救急車が来ますから」


 なんとかパニック状態のお姉さんを落ち着かせようとする田所。ふと片方の男のポケットに入れられたであろう小瓶を見つける。切り落とされた『小指』が入った小瓶。これを自分以外の人間が見てしまうと。特にお姉さんが見たら。今以上にパニック状態となってしまうと判断した田所は隠すように切り落とされた『小指』の入った小瓶を自分のズボンのポケットにしまい込む。何かをポケットにしまい込む田所の行動を見てしまった飯塚。


「田所のあんさん。今のは…」


「飯塚ちゃん。なんでもありませんよ」


「田所のあんさん…」


「飯塚ちゃんはお姉さんをお願いします。自分は救急車が来るまでにやれることをやっておきます」


 そう言って、店のおしぼりで止血などを手際よく行う田所。


「…う、…うう」


「あ、ほら!お姉さん!意識が戻りましたよ。もう一人もほら」


 そう言って、意識が戻っていない方の男の太ももを思い切りつねる田所。


「いてえ!」


「ほらほら。もう一人の意識も戻りましたよ。救急車もすぐに来ます。少しだけでも話を聞かせてくれませんか」


「ひっ、ひっ…」


 涙をボロボロ流しながら一生懸命冷静に話そうとするお姉さん。よくこの状況で、心理状態で田所のあんさんの携帯に連絡してくれたもんだ、と思う飯塚。


「大丈夫です。話せなければ首を振るだけでもいいです。お姉さんはこの二人をこんな目にした人間の姿を見ましたか?」


 田所の質問に首を横に振るお姉さん。


「今の時間なら…。店の準備をしている時か、もしくはお姉さんが店に来たら二人がこの状態で倒れていた」


 田所の言葉に首を縦に振るお姉さん。


「なるほど。自分以外の人間に電話はしましたか?」


 田所の質問に首を横に振るお姉さん。『肉球会』はショバ代を自分たちから強要することなどしない。店の常連第一号であり、頼れると思った田所に電話をしてきたのだろう。そして救急車のサイレンが聞こえる。


「飯塚ちゃん。建物の入り口で救急隊を迅速に誘導してください」


「はい。分かりました」


 そう言ってすぐにエレベーターではなく非常階段に向かっていく飯塚。


「もう安心です。お姉さんが二人には付き添ってあげてください。怪我が怪我ですので警察から事情聴取もあるでしょう。正直に知っていることを話してください。ぼったくりバーだったことは言わなくていいですよ。健全営業のお店だと言ってください」


 田所の言葉に首を縦に振るお姉さん。そして田所はポケットにしまった小瓶をズボンの上から握り締める。


(これは恐らく『ハンチョウ』…。間宮という男にこの店を任されていた責任者のものだろう…。だが、半グレだろうが…、別の組織がバックについていようが…、超えちゃあいけねえ一線を越えやがって…)


 パンチパーマを無理やり7・3にしているが田所の目が虎になる。


「すいません。お姉さん。自分はいったんここで。すぐに飯塚ちゃんが優秀な救急隊と一緒にここへ来ますよ。ほら、エレベーターが一階から上に登ってきてます」


 そう言って非常階段からガラをかわす田所。行動は冷静だがハートは限界を超えて燃え上っていた。この町の大切な堅気の人を、更生し真面目に『マジゼニ』をまっとうしていた人を守れなかった。自分に対する怒りと敵対者に対する怒りがどこまでもハートを熱く燃え上がらせる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る