第61話節子、それ『ハジキ』や。
「それにしても…」
「てめえ、さっきからなに人の後頭部ばっか見てんだよ」
「いえ、それで山田のアニキから詳しく聞いてきましたよ」
『肉球会』の京山と元『肉球会』の田所が京山のシマウチの飲み屋で会っていた。パンチパーマを7・3にしている田所の髪型にどうしても目がいってしまう京山。そして笑うのを必死で我慢する京山。かつては数々の『京山伝説』を築き上げてきた狂犬も今ではさらに男を磨く日々を送っている。田所がタバコを咥える。思わずライターをすぐさま差し出す京山。
「おいおい。今の俺は『破門』の身。堅気やぞ。誰ぞに見られたらどうするんや」
「いえ。それでもアニキはアニキですよ。どうぞ」
京山の性格はよく知っている。それに『肉球会』の面々はそういう昔気質で屈強でどこまでも筋を通す。組長である神内の独り言をしっかりと理解している。京山の差し出すライターでタバコに火を点け、煙を吐き出す田所。それから京山の報告を聞く。
「俺の方でもいろいろ調べました。それと山田のアニキの話を照らし合わせながら話します。やっぱり俺の後輩である間宮ってやつの名前が歩いてますね。間宮は十代目『藻府藻府』の特攻隊長でありながら『藻府藻府』を割りました。ちょっと前から悪さしてる『模索模索』をまとめてるのも間宮ってことになってるようです。ただああいう連中はトップや幹部連中の存在は絶対に出さないです」
「ようは間宮って野郎は『お飾り』ってことか…」
タバコを灰皿に押し付け、一ノ蔵を口に運ぶ田所。そして京山が注文したつまみに箸を伸ばす。京山も瓶ビールを手酌しながら話を進める。
「そういうことでしょう」
「間宮ってのとお前は付き合いがあったんだろ?後輩だしな」
「ええ。だから今回の件は俺もちょっと思うところはあります。まあこうなった以上、次にあいつのツラを見た時は全殺しにするでしょうが」
「『思うところ』かあ…」
京山の心中を察する田所。少し昔を思い出す田所。そんな田所に声を掛ける京山。
「アニキ。グラスが空です。何飲まれます?」
「あ、ワリぃ。おんなじので」
「すいませーん。一ノ蔵を冷やで」
「ありがとうございます!」
店員さんの元気な声が返ってくる。
「それで山田のアニキに新規のデリですか。届け出確認書を一通り洗ってもらいましたが。そっちからは調べるのは難しいみたいです」
「どうゆうこっちゃ?」
「ええ。ああいうお店は新規でバイを始めるのもいますが、既存の店の権利を買い取る、つまり経営者が変わっても新しい届け出確認書を出さない店も多いようでして。それに中には稀ですが無許可店、つまり届け出確認書を所轄に出してない店もあるようです」
「なるほどな。それで」
「ええ。『蛇の道はなんとやら』です。そういう無許可で営業している店や援デリですか。屋号を持たない堅気のフリーターでもやれる方法もありますんで。そういう連中は同業者が詳しく知ってるようですんで。女から漏れるそうです。山田のアニキからはもう数日だけ待ってくれとのことです。無料情報館の店員や営業の人間から情報を吸い上げてるようです」
「悪いな。それでおやじやかしらは何と?」
「あ、それは特に何も。いつも通り変わりはないですね」
「そうか…。今回は堅気の、更生してまっとうに『マジゼニ』に励んでいた方々が被害に巻き込まれている。間宮って小僧や『模索模索』か。そんなちいせえ話じゃない。確実にどこぞの組織がうちにチャチャ入れてきてる。分かってるな」
「はい。これはおやじの怠慢であり、かしらも同じ。『肉球会』の看板を背負うもの全員の怠慢です。かしらに動いてもらう前に俺らでカタ付けますんで」
「そういうことだ。あ、一ノ蔵こっちでーす」
そう言ってグラスになみなみと注がれた一ノ蔵をこぼさないように気をつけながら「あれ?これを注文されたお客様はどこだろう?」とキョロキョロしている店員さんに向かって笑顔で手を振る田所。それを見て吹き出しそうになる京山。
(ダメだ!あの田所のアニキが7・3で…、百万ドルの笑顔で手を振っている…。わ、笑ってしまう!ダメだ!悲しいことを考えるんだ!悲しいことを!おやじ!パトラッシュ!せつこおおおおおおおお!違う!角砂糖が好物の方じゃねえ!そっちじゃねえ!ドロップ飴の方!中身が空なのに『ハジキ』を入れて音を鳴らして喜ぶ姿あああああ!悲しいじゃねえかああああ!あー…、収まった…。やばかった…)
そして店員さんから慎重に一ノ蔵冷やのグラスを受け取り口を近付けそれをすする田所。
(ダメだ!なんでおちょぼ口ですすってるんだ!笑ってしまう!ダメだ!アウトどころかタイキックでも何でも受ける!だけどアニキの前で笑うことだけはダメだあああ!せつこおおおおおおおおお!!ドロップやない!『ハジキ』やで!『チャカ』やでええええええええ!悲しいいいいいいい!お、収まった…)
「すいません。俺、ちょっとこの後がつまってまして」
「お、そうか。悪いな。急に呼び出しちまって」
「いえ。いつでもまた。それでは」
そして急ぎ足でその場を立ち去る京山。『笑いたい』。ただそれだけを考えて。
(あ、そう言えば『仁義』のことは何も聞いてこなかったな…。飯塚ちゃんのことも。ま、あいつなりの気遣いだろうな)
そしてグラスの一ノ蔵冷やを一気に飲み干す田所。まずは『違法デリ』をぶっ潰す算段を頭の中で考える田所であった。
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