第5話二十八万三千円
「お兄さん!私もドリンクいただいていいですか?」
「ん?ええで」
「ありがとうございまーす!かんぱーい!」
(それにしても…。この女は新人か?水商売は客がタバコを咥えたら『火』やろうに…。それにしても…、このシチュエーションはどっかで…、うーん)
住友はタバコを吸いながら生ビールを飲む。飲み放題と聞いていたがガツガツしたりはしない。タバコが吸えればそれでいい。特に会話が弾むでもなく、女の話に軽く合わせながら三本目のタバコに火を点ける。
「ああ、そういえばこの店、ニューオープンなんだって?」
初めて住友から話題をふる。
「ええ、そうなんですー」
「お姉さんは新人さん?」
「そうですー。あ、ドリンクおかわりしていいですか?」
新人にしてはドリンクばかり要求してくる。まあ、今はタバコも肩身が狭いし。そういうものなのか。
「まあ、これから頑張ってね。お会計してもらえるか」
大きく煙を吐き出し、灰皿にタバコを押し付けながら言う。
「えー。もうお帰りですかあ?」
「まあ、また来るから」
「本当ですかー!待ってますねえ。それじゃあ少々お待ちください」
女がテーブルを離れ、伝票を持ってくる。伝票の金額を見て住友はすぐにこの店がまっとうな店ではないことに気付く。
『二十八万三千円』
(ぼったくりか…。わしらのシマでええ度胸しとるなあ)
特に驚いた表情も見せず一言。
「姉ちゃん。責任者呼んでくれるか」
(このシチュエーション…。最近どっかで…。うーん…)
女が「少々お待ちください」の言葉を残し、店の奥へ早足で消えていく。タバコに火を点けながら住友は『二十八万三千円』と書かれた伝票を手に取り、眺めながら、このデジャブのようなシチュエーションは何だろうと記憶を再生させる。そして店の奥からスーツ姿の屈強な男がいかつい表情で現れた。
(うーん…。どっかで…)
近寄ってくる屈強な男を眺めながら、住友は腕組みしながらタバコの煙を吸い込み、モヤモヤを思い出そうとした。もう、あと少しで思い出せそうなところまで来ているのに、その少しが思い出せない。
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