第2話ああいうのが受けるんかあ…
~喫茶店にて~
「かしら。でも、ホンマに『ユーチューブ』やるんですか?」
「ん?健司、お前、おやじの考えに意見する気か?」
「いえ!ただ…」
「ええで。わしで止めといたるから。言うてみい」
「はい。『ユーチューブ』の世界はかなり厳しいと聞いてます。普通にやってましたら多分、再生回数が千を超えるのも難しいと思います。見てるのは身内だけというのも聞きますし」
「ん?健司。お前、詳しいな」
「あ、実はツレが『ユーチューバー』やってまして」
「ホンマか?そのツレ、今から呼び出せるか?」
「いや、そいつは堅気のサラリーマンですので。今晩でしたら大丈夫だと思います」
「ほな、今晩時間空けとくから連絡くれるか?」
「はい」
若頭の住友がマルボロを取り出し、咥える。『肉球会』組員である京山健司はすぐにライターの火を住友に差し出す。煙を吐き出し、住友が言う。
「お前、おやじの盃貰って何年になる?」
「二年になります」
「そうか。二年かあ。工業高校中退して、ええ年して暴走族の頭やっとったなあ」
「はい。当時は右も左も分からんガキでした」
京山は地元暴走族『藻府藻府』九代目ヘッドとしてその名は有名だった。工業高校を中退した後、職を転々とし、『肉球会』に見習いとして入り、二年前、正式に神内から盃をおろしてもらった。
「今でも夜、やかましいんはお前の後輩か?」
「はい。すいません」
「あんまり堅気さんに迷惑かけんよう言うとけ。まあ、若いうちは走らんとなあ。あとお。健司みたいに『ヤクザもん』にはなるなとよー言うとけ」
「はい」
「まあ、お前はうちのおやじの凄さをまだ分かってない。おやじは思いつきやその場しのぎでものを言う人ではない。おやじは勝算があってもの言うてるんや。今回の件もよう見とけ」
「はい!」
その時、店内が騒がしくなる。
「あああああ!お前、さっき俺の方見たやろがああ!!」
「なんやお前。見てないわ」
「お前、さっきからスマホの音がうるさいんじゃ!ぼけえ!」
「あ?この店はスマホ禁止なんか?そんな法律でもあるんか?」
住友たちの近くの席で若者が喧嘩を始めそうな勢いで怒鳴り合っている。他の客は見てみぬふりをしている。喫茶店のマスターも困った表情を住友に送っている。みかじめなど受け取っていないが『肉球会』のシマウチの店である。また、昔気質な男たちが集まる『肉球会』はこういったトラブルを解決するのも仕事の一つである。
「お、健司」
「あ、いや。今までならわしらが出ればそれですぐに解決でしたが。これを動画に撮るのはどうでしょうか?」
「なるほど。よし。お前はあの様子を動画に撮れ。わしはマスターに事情を説明して通報を止めるわ」
住友はスマホを取り出し、店の固定電話に電話をかけ、マスターに少しだけ様子見をさせて欲しい、危なくなったらすぐに自分たちが責任を持って騒ぎを止めると説明する。
「かしら。そっちの席の方が撮りやすいんで席変わってもらっていいですか?」
「ああ」
席を入れ替わり、若者の掛け合いを自然にスマホで撮影し始める京山。住友は京山に聞きたいことがあったが自分の声が入らないよう黙る。そして掛け合いをしていた若者の片割れが京山のスマホに気付き、怒鳴りながら二人に歩み寄ってくる。
「おい!何勝手に撮ってんのや!殺すぞ!」
もう一人の若者も撮影されていると聞き、二人に近づいてくる。京山がスマホの動画撮影終了ボタンを押しながら「バレたか」と苦笑いの表情を浮かべる。
「なに笑ってんのや!こらあ!」
そこで後から気付いた若者が京山の顔を見て表情を変える。
「き、京山さんですか?」
「おう。わしは京山やがお前は誰や。わしゃ知らんぞ」
「あ!?京山!?誰や!?俺は知らんぞ!」
「ばか!やめろ!この人はあの『藻府藻府』で九代目ヘッドをされてた方やぞ!」
「え?」
「兄ちゃんたち。こんなところで喧嘩なんかしたらお店に迷惑やろう?それに店には他にもお客さんもおるし。やるんやったら外の広いとこでやれ。外で」
「はい!すいませんでした!」
「すいませんでしたあ!」
「おい、行くぞ」
「待て待て。どうせならわしに動画撮らせてくれんか?」
「はい?」
「いや、お前ら喧嘩するんやろ?それを動画に撮らせてって言うてるんや」
「い、いえ。喧嘩なんかしませんよ」
「はい。僕ら仲良しなんです」
「そうか。はな、手ぇ繋いで行け。あと、お店の勘定もちゃんとしていけよ」
「はい!」
手を繋いでその場を去る若者二人。
「なんや、わしより健司の方が有名人やな」
「勘弁してください。かしら。ガキどもにちょっと知られてるだけですよ」
「それにしても、ああいうのが受けるんか?日常過ぎてどこが面白いんかさっぱりやが」
「かしらもツイッターやってますよね?ああいう電車の中とか、街中での喧嘩動画がよくバズっているのを見ませんか?」
「見るなあ。そういうことかあ…。まあええわ。ほな、連絡待っとるから。わしはこれから事務所の方に顔出してくるわ。ここの支払いこれで。マスターによう言うといて」
財布から一万円札を取り出しテーブルに置き、住友が立ち上がる。
「ごちそうさまです!」
(ああいうのが受けるんかあ…)
住友は店のマスターに片手をあげ、軽く頭を下げながら店を出た。
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