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工藤千尋(一八九三~一九六二 仏)

第1話これからは『ユーチューブ』だ。

「おやじ。今日は何の集まりですか?」


 ここは暴力団の組事務所。関東でどこの大きな組織にも属せず、一本独鈷で長くやってきた『肉球会』もかつては武闘派ぞろいであったが、暴対法など時代の流れに逆らえず、また昔気質な組員も多く、経済面で困っていた。


「馬鹿野郎!うちは薬もオレオレもご法度なんだよ!堅気の衆にご迷惑をおかけするようならわしらはいない方がいいんだよ!これは『肉球会』がずっと引き継いできた伝統なんだよ!堅気さんあってのわしらなんだよ!」


 そんな現五代目組長・神内徹の言葉を組員たちはしっかりと守ってきた。ただ、それではシノギもおのずと限られてしまう。


 『肉球会』若頭である住友次郎の質問に神内組長が答える。


「今日、みんなに集まってもらったのはほかでもない。うちの組の台所事情はみんなも分かってるな」


「ええ、おやじ。わしらも何とか表の仕事で頑張ってるんですが。不景気もありまして。やっぱり今どき、『薬』や『オレオレ』をやらないのはキツイんとちゃいますか?」


「裕木!お前、うちのご法度を破るつもりか?」


「いえ、そういうわけでは・・・」


 舎弟頭の二ノ宮恵三から叱責を受け、若頭補佐の裕木修は口ごもる。組長である神内が続ける。


「なんや、わしも詳しくはよう分からんのやが。今は『ユーチューブ』というものがやたら儲かるらしいな。詳しいやつおるか?」


(ざわざわ)


「へい。自分はよく『ユーチューブ』を観てますが、人気ユーチューバー、いわゆる動画を配信している人間で人気のあるもんは一本の動画で百万円とか稼ぐそうです」


「百万!?」


 組員である田所の簡単な説明に古参の幹部たちはざわつく。そこで神内組長が続ける。


「わしもな、それを聞いて『ユーチューブ』ってものを詳しく調べてみた。ちょっとこれを観てくれるか?おい」


「はい!」


 神内組長が顎で組員の山田学に指示を出す。山田はあらかじめ用意しておいたノートパソコンを開き、ユーチューブの画面を表示させる。


『ぼったくりバーで高額請求されてみた!』


「なんじゃこれ?こんなんわしやったらボコボコにしばき倒して終わりやで」


「いや、こういう素人さんが危険な目に合う、裏社会を垣間見るのが受けてるらしい。学、次の動画や」


「はい!」


『路上喫煙を注意してみた!』


「なんじゃこれ?こんなんわしやったらボコボコにしばき倒して終わりやで」


「いや、こういう素人さんが危険な目に合う、喧嘩になりそうなのが受けてるらしい。学、次の動画や」


「はい!」


『お祭りのクジで当たりが出るまでクジを買ってみた!』


「なんじゃこれ?こんなんされたらテキ屋はキツイやろー。そもそもお祭りのクジはあのドキドキがええんやないか。そんな百円、二百円で一万も二万もする景品持っていかれたら売にならへんがな」


「いや、素人さんがそういう昔ながらの常識を覆して、『闇を暴く』という趣旨が受けてるらしい。これなんか再生数見てみい。なんか再生一回、0・1円で計算しても四千万回を超えとるやろ。この動画だけで四百万超えるんやぞ」


(ざわざわ)


「つまり神内の兄弟が言いたいことは。今どきコツコツとおしぼりや花でみかじめ集めてもパクられるリスクだけで割りに合わん。それにこの不景気ではフロント企業も固いとは言えん。そこでや。『ユーチューブ』でわしらにしか出来んことをやってそれを動画にする。わしらが人気ユーチューバーになれば組の資金も潤う。お前らもええ思いが出来る。そういうことやな。兄弟」


「二ノ宮の言う通りや。分かるな」


「へい!」


 昔気質な男たちが集まった『肉球会』がカリスマユーチューバーの座を狙って動き始めた。

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