16歳の彼女
彼女は死ぬ1秒前の顔をしていた。
「転校生を紹介するぞー。」
田んぼと山、それから車。
他には特にこれと言うものは見当たらない。
それがこの地域の長所と短所の両方を兼ねていた。
「アメリカで育ちました。日本語はちょと出来ます。」
日本人離れした顔立ちは他の生徒と比べるとあまりにも大人びていた。緊張と不安を顔にした彼女に疎らな拍手が送られ、俯向く彼女は担任が指差す席に流れる様な速さで座った。
「あんた、良いとこの嬢ちゃんやろ?」
「……っ!!」
唐突な声は後ろから。
「無視かい。感じ悪いのぅ。」
彼女は決して無視をしたかった訳では無い。振り返った後ろには赤い毛並みの青年が座っていた事にびっくりしたのだ。彼は青年と言うには余りにも傲慢で、青が全く似合わない狼みたいな人間だったから。
「日本語、喋べるしてください。」
「はぁ?これは大阪弁じゃ。日本語の上位互換や。」
日本語の上位互換?……嘘つきだ。
彼女は率直な感想を慣れ親しんだ英語で溢した。すると彼はニカっと笑ってイェスと返答した。意味を理解しているとは思えない軽すぎる返答にムッとしながらも何処か憎めない彼との距離は少しずつ縮まった。
「おい、あんた。後ろ乗っけたるわ。」
「車、あるます。」
彼は俗に言う不良というタイプの人間だ。私の生きていた世界とは全く別、大人は悪意を込めて不良と呼んでいたけれど、私にはその言葉が何者より輝いている人間を指す言葉に思えた。
「車じゃ風は切れへんやろが。ええから後ろ乗りな!」
彼は強引で我儘で、自由だった。
「このパン食うてみ?めっちゃ美味いで。」
彼は今を全力で生きていた。
「勉強なんて今せんでも死なへん。遊びに行こっ!!」
彼の全てが新鮮で輝いて、初めて生きる事は楽しいのだと知った。春に咲く花も夏に歌う蝉も、全てが優しく色を付ける。
「死ぬしたい思った事、ないの?」
私の素直な質問だった。
私はいつも死にたいと思っていたから。
「ある。めっちゃある。」
「……どんな時?」
びっくりした。こんなに自由に生きている人ですら死にたいと考える事があるのだと、彼の心の中が知りたくなった。
「………。」
彼は何故か悲しそうに私を見る。
何も喋らない。
どうしたの?と問いかけると彼は悲しく笑った。
「……、秘密。」
私は、恋に落ちていた。
彼を知りたいともっと知りたいと思ってしまっていた。流行る想いを押し込めて、少しずつ、少しずつ。彼の手を握れるぐらい近くに。
「今日は一段と寒いな。大丈夫か?」
彼は私の近くにいる。
けれど、触らない。触れない。
「大丈夫。一緒に帰ろ。」
「ああ、ええよ。」
私の日本語は上手くなった。
けれど、言えない。言いたい。
焦がす想いは雪が冷やすように小さくなったり、より大きく燃え上がたっり。自分でもコントロール出来ない。だけど、悪くない。私は生きている。
「紹介するよ。お前の婚約者だ。」
唐突な絶望だった。
アメリカにいるはずの父は、隣の全く知らない男を私に宛てがった。男は笑っていない笑顔を私に向ける。
この人の欲しいのは私じゃない。
この男は父の会社が欲しいのだ。
凍りつく私に男は口を開く。更なる絶望が私を襲う。
「弟は良くやった。」
「………え?」
嫌な予感はしていた。男を見た瞬間ゾッとした。私の恋した彼と、よく似た顔。彼よりも少し年上の、だけど全く似ていない性格。彼の兄だった。
「弟はね、自身の自由の為に君を売ったんだよ。」
そんな訳、ないっ!!
「君の父、仕事、君自身のこと。全部。」
なんで……、嘘って言ってよ。
「大丈夫。君は僕が幸せにしてあげる。」
暗い、壊れる、怒鳴りたい……、泣きたい。
運動なんてろくにした事が無い脚でひたすらに走った。鼻と指先と瞳が赤く染まる。ぐちゃぐちゃの感情は止まらない。
彼は最初から私を利用するつもりで近づいていた。彼は私に、嘘をついていた。
じゃあ、なんであんなにも優しくしたのよッ!!!
こんな惨めな想い、どうして、なのに……ッ。
降り積もる雪の上に膝をつく。夕暮れは早く、速足で夜が近づいてくる。止まらない涙は熱く、雪に浸かる脚は冷たい。
「……、こんなとこで何やっとるん?」
いつだって彼女を1番に見つけるのは赤い毛並みの彼。彼は非常に困っていた。
そして今にも、泣きそうだった。
「全部聴いた。あんたなんか……、死んでよ。」
冷え固まる身体と泣き叫び過ぎて痛い頭。曖昧な思考とは裏腹に、怒りと悲しみは口から勝手に溢れ落ちた。
「死んでよ。」
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