第十三話・探求者と暗殺者(B)

「鉄さんがそうしろと?」

 朱塔は揺れる頭でなんとか状況を整理しようとする。

「そうさ」

 何メートル落下しただろうか。なんとか隣の棟に着地、というよりは墜落していた二人だが、とっさのことで受身もなにもあったものではなかった。

 さすがにクルミにはこの高さはきついだろうが、朱塔が無防備な体勢の中でなんとか守っていた。

「馬鹿なことを……ついに死に対して頷きましたか」

 朱塔はたしかに鉄ヶ山を叱咤はした。

 しかし、それはこのような真似をしろという意味ではなく、まともに戦えという意味だった。

 クルミの予想したとおり、自分達を逃した時点で、鉄ヶ山になにか考えがあることを朱塔は察した。そして、それがブーストレベル3であることも。

「死ぬ? フォールが?」

「『敢死必倒』。第一世代のごく一部だけが教わった身命護警術。その極意です。彼はレベル3を使ったのでしょう」

「レベル3……バイオブースターの時点でもうレベル3まで備わっていたのか」

「ブーストレベル3。過去の開門計画における限界です」

 朱塔は知っていた。ブーストレベル3がどういうものなのかを。それがどんな結果をもたらすかを。

 感応剤とアクセスラインの反応には適正な値がある。

 適正な値のときには、人体はその能力をいつでも良好に保つことができる。ブーストレベル1だ。

 肉体を考慮せずに、感応剤が最大の反応を見せるのがブーストレベル2だ。

 ブーストレベル3とは制御の放棄。校正も無視した無秩序の状態。感応剤適応の基準外。計算式は意味をなさずに歪なグラフとなる。

 効果は評価できない。なにがどうなるかはわからない。見通しは不可能。

 ただし、ごく限られた条件下において、レベル2以上の働きを見せることがあった。だから、機能としてブースターに残されていた。

 正式な第一世代ガーダーの奥の手。敢死必倒の体現。それがブーストレベル3だ。

「その反動は?」

「死、です」

「死ぬ?」

「一度使えば15分ともちません。心肺停止まで10分、意識消失までは5分。生理的反射を考慮に入れずにそれなのですから、レベル3がどれだけ重いものか理解できるでしょう。もともと、入念な前後のフォローがあってはじめて使用されるものなのです」

「敢えて、死を選ぶ……」

 朱塔が自分達の落ちてきた窓を見る。

 心配そうな、期待をこめるような複雑な表情だった。

 だが、それは仕手の顔でもあった。コントロールされ、仕切れていると信じている、真剣に、考えを巡らせている顔だ。

 クルミは朱塔の表情に吸い込まれそうになった。朱塔にはなにかの思惑がある。クルミが今まで触れたことのない実直な思惑だ。

 ただ、その手段だ。朱塔が選ぶ手段はクルミの知る手段に近い。汚いばかりだと思っていた手段を、朱塔はどのように応用するのだろうか。それをクルミは知りたかった。

 朱塔が足を引きずりながらも建物の中に向かう。急いで戦いの場に戻ろうとしている。

「待ちなよ」

 クルミが朱塔に肩を貸す。

 クルミは、義理というよりは代償のつもりでこの戦いに協力していたが、しかし、もう少し朱塔の近くに寄りたいとも思っていたのだった。

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