第十三話・探求者と暗殺者(A)

 澤本はその日、暁町にいた。

 故郷を捨てた少年は故郷に帰ってきたのだ。故郷の敵として。

 開門計画第二世代。それがそのときの澤本虎蔵。世界でただ一人のキーパー。

 澤本は両親を思う。

 今の自分は反王制運動を行う両親とは真逆の立場だ。両親の仲間を、大義のもと、実験の名のもと、狩る。

 戦場は澤本の遊び場だった。そして、思うがままに遊んだ。

 暁町の同禅台にある、牡丹という名の建物の前まで来た。

 大きすぎず、小さすぎず、綺麗すぎず、汚すぎず。その白い建物は澤本の目にはそう映った。

「マジかよ。なにも変わってねえな」

 牡丹は鎮圧作戦の最終目的地である。細歩地区の記念館であり、現在の反乱分子の拠点だ。

 澤本は小さい頃、牡丹でずっと遊んでいた。

「俺も、今でも玩具のままだ」

 隔離地域は王都の玩具。牡丹で澤本はそう学んだ。そう感じた。

 牡丹の裏手にある森の、淡い緑の世界まで駆け、石を蹴り、木を登る。

 体を目一杯使って、澤本は牡丹の子供に戻っていた。

「でもな、同じ玩具でも、俺は、カンパニーの玩具になったんだ」

 日が暮れる頃、赤く染まりつつある空を見つめ、澤本は自分のことだけを思った。

「おまえ、この意味がわかるか?」

 木の影に隠れる少女に澤本は気づいていた。

「……」

 チホによく似たその少女は震えていた。

「俺はな、世界で最高の玩具になったんだ。このテストの後、俺は奴らの一番のお気に入りになれるんだ」

 少女は首を横に振る。

「おまえの名前は?」

 澤本は興味なさげに聞く。

「そうビビるなって。おまえは生かしといてやるから。俺の名前は……ああ、もうないんだった。ここに埋まってる」

「黒い、鷲みたい……」

「おお、いいな。黒い鷲か。それでいこう。俺は『黒い鷲』。おまえは?」

「あたしは、ヒトミ。片桐ヒトミ」

「クソみたいな名前だな、デコスケ」

 少女がはっとして額を隠す。気にしているのだ。

「怒るなって。それより、おまえこんな所にいると死ぬぞ」

「あたし、戦うもん」

「なにとだよ」

「人間を人間扱いしない人と、だよ」

「おまえさ、玩具であることからは逃げられないんだよ。誰もな。ジタバタしないで、よりマシな玩具になれるように努力した方が賢いんだぜ」

「違うもん」

「はあ? なにが?」

「人間は玩具じゃないもん」

「隔離地域の人間は玩具だよ。おまえもな」

「そうかもしれないけど、嫌だから、違うもん」

「ああ、おまえ馬鹿なんだ」

「バカでいいもん。戦うもん」

「絶対に勝てないね」

「あたしが勝てなくても、次の人が、他の子達が勝つもん」

「次なんかないんだよ」

「次があるようにするもん」

「次がないようにされてるんだよ」

「つくるもん」

「奪った方がはやいね」

「守るもん」

「やってみろ」

 赤く日が落ちる世界で、二人は火薬の音を聞いた。花火に似た音である。

 しかし、どこかが違う。それは、連続して同じ場所から聞こえてくる、機械のリズムを持った音だった。

 ヒトミがしゃがみこむ。澤本は木から下りて、少しずつ歩いていく。

 牡丹を取り囲む物々しい人影。こちらへ駆けてくる武装した大人たち。

「逃げてー!」

 ヒトミに向かって叫ぶ大人が見えたが、残酷な音が響いて、大人は倒れた。

「もう一度言う。玩具なんだよ」

 牡丹が弾けた。

 砲撃なのか爆薬なのかはわからないが、白い建物はみるみる黒い煙にのまれていく。

 呆然としたままヒトミはそこに座ったままだ。舞う風が乱暴に体を撫でても、もうヒトミには関係なかった。放心したままそこにいるだけだった。それで精一杯だった。

 だが、ヒトミは見た。澤本の仮面の下にある、怒りに歪んだ表情を。

 冷徹な言葉に似合わないほどに歯をむき、叫んでいる。首をきしませ、肩をひき、背を反らせ、目から伝う涙を目ごとかきむしり、血と泥にまみれながら、自分の怒りで引き裂かれそうになっている。

 ヒトミには、それが澤本の本心を映したものだとわかった。

 同禅台の日。暁に影が落ちた日。


 その景色を見ているもう一人の人間がいた。ヨモギだ。

 ヨモギはまだ夢の中にいるのに、ひどく現実味のある夢を見ていたのだ。

 ヨモギは夢の中で悟った。これは澤本の記憶だ。

 ヨモギは澤本の思い出に共感を持ちそうになっていた。

 あの日に地獄を見た人は、敵でも、味方でも、きっと今も同じ地獄の延長にいるだろうからだ。

 しかし、許せるわけはない。綱引きの反対側に行くことはできない。

 澤本がこちらを見る。ヨモギの顔に、凛々しくもある顔を近づけてくる。

 澤本は自分の近くにいる。近いうちにきっと現れる。今までよりも、ずっと、ずっと、恐ろしい形で。おぞましい影を引き連れて。

 そのおぞましい影が、思考が、澤本の野心を駆り立てているのだ。

(見ないで!)

 ヨモギは叫んだ。

 夢の中の澤本の瞳に対して叫んだ。

 ヨモギがほしい視線は、澤本のものではないのだ。 

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