第七話・系譜からの逃亡(A)
「じゃあ、やっぱり澤本だったのか?」
金髪と長身が目立つ男、
「ああ」
黒髪を後ろでわずかに結んだ男、
「フォールが解決したの?」
長い栗毛とカチューシャが特徴の女、中井シズが聞く。
「たぶんな」
天野はめったにこのクラスに来ない。顔を出すとよく澤本と衝突したからだ。
澤本がいなくなって、久しぶりに来てみればこの質問ぜめである。
「でもすげえよな。おまえだけだったろ? 澤本を警戒してたのって」
「すごくはないって。ウマが合わなかっただけさ」
「そんなことないよ。泰司があれだけ人を嫌うなんておかしいから、なにかあるだろうとウチらは思ってたけどさ」
「俺だってあいつがそこまで悪人だとは思ってもみなかったよ。まさか、影の七星の幹部だったなんて」
「ああ、こんな悲しいことがおこっちまうなんてな。俺も信じられないぜ」
「俺がもっとはやく気づいていれば……!」
「そんな……仕方ないよ。泰司は悪くない。悪いのはあいつらだもん」
多くのクラスメイトが天野達の周囲に集まっていた。
事件のことを少しでも知りたかったからだ。
「フォール、か。何者なんだろうな?」
菊池の質問に天野は首を振る。
「わからない。だが、俺にはわかる。あいつは悪い奴じゃない」
「ウチもそう思う。みんなのために戦ってくれてるんだよ、あの人。何者かなんて関係ない。フォールはフォールだよ」
「そうだな! 俺も信じるぜ!」
皆、うんうんと頷いている。
事件のことは伏せられている部分が多いはずなのに、やはり不自然にも多くのことが漏れていた。特に、フォールに関して。
しかし、それを気にする者はいない。気にしたところで、誰もそれを証明できないからだ。
それでも、ともかく、知るだけは知っていようと思うのが当然で、噂話が人々に好まれる理由でもある。
ここにいる天野の持つ情報は、そこらかしこに飛び交うものをまとめた程度にすぎなかったが、この場合は誰が言っているかが重要で、天野が澤本と敵対していたという触れ込みこそが大切なのだった。
「それにしてもさ、フォールと気が合いそうだよね、泰司って」
「ん? そうかぁ?」
「ああ、たぶんすっげえソックリだぜ、おまえら。っていうかさ、おまえがフォールなんじゃねえの?」
「ハハ……でも、俺も仲間が襲われてたら、同じことをしただろうな。それで、それがおまえらだったら、俺なら是が非でも救ってみせる。必ず助けてやるさ」
「泰司……」
「おいおい、なに一人だけかっこいいこと言ってんだよ! 俺だってそうするぜ! 俺達、仲間だもんな!」
「宗助が言うとなんか軽いんだよねー」
「なんでだー! なんで俺ばっかりこんな扱いなんだー!」
「それは、宗助が宗助だから、だよ」
「シズは泰司を贔屓しすぎなんだよ!」
「いや、宗助だしなぁ。シズが正しい」
「ちっくしょー!」
皆の笑い声が聞こえる中、天野は教室の隅の方に向かって歩き始めた。
「おい、どこ行くんだよ」
「そろそろ授業がはじまるだろ」
「そうよ。宗助、時計の読み方あとで教えてあげるね」
「またこんな扱いー!」
天野は教室の扉に向かう途中、少女に声をかけた。
「おまえも俺の仲間だぜ。志乃原」
顔を伏せていたヨモギは、天野の言葉に反応するかのように顔をあげると、一つ頷いて見せた。
クラスの皆も、安心したような表情だった。
学校は雰囲気が少々変わってしまっていた。
例の事件の前後で一部の人間が入れ替わったことにもよるが、それが波及して、人間関係のバランスが変わってしまっていたのである。
事件もそうだが、王都と対立している静町の立場がこの根幹にはあって、それも、明言しなくてもそれとなく話されるようになっていた。
ヨモギはみなが器用に思えた。
自分はまるでそういう変化についていけていないのに、みなは過去のことをきれいさっぱり忘れて、今日に順応できているように見えたからだ。
そんなはずもないのに、弱さや優しさまでもが、この町では意味を変えているように感じてしまっていた。
それが、自分の方が変わってきているということにヨモギ自身が気づくには、まだ時間が必要なことだった。
天野が満足そうな顔をして出ていったのを見て、様子を見ていた一人の男が破顔した。
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