第七話・系譜からの逃亡(B)

 放課後、友人からの誘いを断って、ヨモギは一人町を歩き回っていた。

 日はまだ高かった。授業が早く切り上げられるようになっていたのである。

「なれない、な」

 どこともなく彷徨う。静町から出ることは今はできない。自警団が監視するようになっていたからだ。

 教室で見せた柔らかな表情は消えてなくなっている。

 自然と足が向かう場所があった。近くまで来て、ヨモギは足を止めた。

 道端の、どこでもない空間。ゴミ捨て場のようにガラクタの詰まれた場所にヨモギは腰をおろす。

 そこから見える建物の中に人の気配はない。

 ヨモギは力なく壁にもたれかかった。どうにも力がわかないのだ。

「教室でのあれ、微笑ましかったですよ」

 ふと、ヨモギに声をかける者がいた。

「朱塔さん。もういいんですか? ひっぱりだこなのに」

 体勢を変えることもせずにヨモギは答えた。

「転校生なんて一週間もすれば飽きられますよ」

 朱塔はヨモギのいる学校へ転校してきていた。正体を隠したままで。

 最初は警戒していたヨモギだが、朱塔の目的がわかるにつれて、少しずつだが気を許していた。

「なにか用ですか? どうせ肝心なことは教えてくれないんでしょ?」

「ずいぶん嫌われたもので。それに、教える必要のあることなんて、ありますか?」

「ありますよ。いくらでも」

 朱塔の目的は、区長と関わっている王都の人間を見つけることだった。朱塔は区長のことを知っていたのである。

 区長の行動はあまりに人道に反し、それに王都の人間が加担することは許されることではなかった。ガーディアンは、これを解決する義務があると朱塔は言う。

 朱塔がなぜ遠回りなやり方をしていたかと言うと、どうどうと行動するには隔離地域は適していなかったからだ。敵陣のようなものなのである。ましてや、区長の行動は王都側からの要請であった可能性もあったため、これ以上ないほどに繊細にならざるをえなかった。

 単純に内偵だからという理由もあった。

「あなたは強いですね。あれだけのことがあっても、もう立ち直っておられる」

「そう見えます?」

「いいえ。ですが、そう見せているんでしょう?」

「……やっぱりわたしにはなれないんなんです」

「なにに、ですか?」

「いいえ。ただ、無理なんだなって、思うだけですよ」

「ふむ、そうですか。まあ、お疲れなのも仕方ありません」

「なにか用なんですか?」

「説明しにきたんですよ、現状を。そういう義務がありますから」

「ああ……」

 要するに、これが仕事だということで、朱塔は簡単に説明をはじめた。答えではない、一方的な説明を。


 隔離地域を悪用しようとする者がいる。

 それにガーディアンの一部が関わっている。

 区長と影の七星が実行していた。

 朱塔はそれを止めにきた。

 車庄吉を利用したのは朱塔だ。

 フォールがいるとは知らなかった。

 フォールのせいで区長を捕えるという目的は失敗したが、フォールのおかげで朱塔も尻尾をつかまれずにすんだ。

 城砦事件は区長側の者達がもみ消した。

 今は静町の自警団と協力体制を結んでいる。


 こういったことだったが、これですべてではない。

「朱塔さん一人じゃないんですよね? 区長を捕えようとしていたガーダーって」

「あー、ええ」

「簡単に言ってますけど、これってとっても大きなことですよね。ガーディアン同士で仲間割れしてるんですから」

「んー」

「しかも、区長側がメインの人達なんですよね? だってガーディアンを動かしてる奴らなんですから。王都の偉いさんでしょ?」

「ふうむ」

「フォールがここにいることは知らなかったけど、それって最初だけでしょ? 知ってからかなり経ってるんじゃないですか?」

「まあ」

「フォールって誰なんですか? 何者なんですか?」

「そうですねぇ」

 ヨモギはユリアから聞かされたことをもとにして疑問をぶつけた。朱塔は口ごもったが、しかし、本気で困っている様子でもない。もとから話す気などないのだ。

「ほら、結局それじゃないですか。聞かせるだけ聞かせるけど、自分から話す気はない」

「隠さず言えば、おっしゃるとおりですね。しかし、ですよ? フォールについては、もううすうす勘づいておられるのではないですか?」

「なにがですか?」

「誰なのか、です。だからあなたはこんな場所にいる」

「…………」

「あのフォールが何者か、については答えようがありませんね。なにを目的にしているのか、なんて知りようがないじゃありませんか。エスパーじゃないんですからね」

「……そう、ですか」

「ただ、そう、一つだけ教えましょう。『落伍者』です」

「え? 落、伍?」

「『フォール』は、『落伍者』や『堕落者』という意味なのです。あのフォールだけが唯一のフォールではない。裏切り者の脱走兵を意味する言葉なのですよ、これは」

「じゃあ……」

「あれはもとガーダーです。それも第一世代のテクノクラス。歴代9番目のフォールとされている者でしょう。フォールはガーディアン最大の不祥事ですので、存在しないものとして扱われています。ですが、消去法からそうなるんです」

「よくわかりません。けど、でも、あの人は、どうして?」

「あのフォールは、『五人の最前線』と呼ばれたダリア隊に所属し、『百戦鬼』と呼ばれるほどの人物でした。ですが、五年前のある作戦中に失踪しています。原因は不明。逃亡の道中で追っ手のガーダーを何人か殺害しています。その後、二年ほど行方がつかめていませんでした。私が知っているのはそれだけです」

「……」

「目的は私が知りたいぐらいですね」

 ヨモギはあまり動揺はしなかった。朱塔が言うように、ある程度のことは予想できていたからだ。

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