第31話 ドS勇者と不定の神
このまま勝てる、そんな気さえしていた。
だけどやっぱり、すべてが順調にいくほど世界は甘くないらしい。
「おいおい、冗談だろ……?」
セリアーノはひっきりなしに飛来する凶器をすべて切り払っていた。
それだけではない。
剣舞が繰り返されるたびに、風を纏っていったのだ。
その勢力は留まるところを知らず――
「ぬおおっ!」
首からかけていた対魔のアミュレットが砕け散り、僕の体がひとりでに浮き上がっていく。
咄嗟に階段の手すりに捕まるが、僕の体は風に囚われたままだ。
「魔人って、ここまで人をやめてんのかよ……!」
渦巻く風がセリアーノを中心にどんどんひろがって、屋敷の屋根を吹っ飛ばし、ロビーの調度品をはるか空へと巻き上げていく。
ああ、そうとも、これは竜巻だ。
個人の力で起こせるとは想像もできなかった大災害。
あるいはエルフの大魔術師であればそんな魔法を行使できるかもしれないが……断じて魔法の魔の字も知らないような剣士が操っていい人災ではない!
「もう少し、粘れると思ってたんだけどな……!」
僕が掴んでいるてすりの基部が、バキバキと音を立てて軋んでいく。
崩壊は一瞬。
あっという間に巻き上げられた肉体が天へと昇る。
一緒に瓦礫や剣が僕の全身をバラバラに引き裂いていった。
不幸中の幸いなのか、痛みに一喜一憂するような余裕はなく、僕は窒息して気絶した。
何もない空間。
そうとしか形容しようのない場所に僕はいた。
「僕は……死んだのか?」
《王道殺し》は……発動しなかった?
参ったな。何度か死ぬのを前提に作戦を組んでたんだが……あれでおしまいなのか。
「やっほう、久しぶりー」
僕が悔しさを噛み締めていると、目の前に『何か』が現れた。
「お前は……」
形があるようでない。
姿が明らかなようでいて不定。
ほんの数秒前でさえ記憶に残らないような。
そんな何かが僕の目の前に現れた。
「神だよー。あっちの世界では何故か完全創造主とか呼ばれてるやーつ」
ああ、そうだ。
確か前にもこんなことがった。
僕をあの世界に勇者として送り込んだ神が、そういやこんなだった。
「お前には言いたいことがいっぱいあるけど、僕を生き返らせて戻してくれない? これじゃ、あいつを殺せない」
「なんにも心配いらないよ。《王道殺し》はちゃんと発動するからねー。ただ、せっかく死んでインターバル入ったから、ちょっと話しておきたくてー」
つまり、僕は神の都合でほんの少しの間だけ呼び出されたというわけか。
だったら戦いは終わっていないわけだ。とはいえ、タイバーデン伯の屋敷をこうも簡単に攻略されたとなると、残る手段は――
「実を言うと、君の死体は転落してから落ちてきた瓦礫に埋もれてるんだ。このまま生き返っても圧死するよー」
「ああ、そういうことか……」
元から僕は《王道殺し》による無限復活を過信してない。
神の言うように、生き返っても動けないでそのまま死んでしまうのでは意味がないのだ。
初見の相手なら不意打ちのチャンスを一回作れるかどうか……そういうものだと思っている。
「だから《王道殺し》の完全復活について、もうちょっと正確に教えておこうと思ってねー」
「そいつは助かるけど、何かデメリットがあるんじゃないのか?」
「んー? デメリットがあるかどうか、それは君の感じ方次第なんじゃないのかな? まあ、聞けばわかるよ」
引っかかる物言いだけど、僕の復活に関わることだ。
聞き逃すわけにはいかない。
「《王道殺し》による復活は、共犯者が現世にいる限り必ず発動できる。何があろうとね。だけど今みたく普通に生き返るだけじゃ駄目な場合もあーる。だからね、復活の仕方は君自身が選べるんだ」
「どういうこと?」
「今回の場合なら、生き返る場所を変更することで問題を解決できるってこと。他にも生き返る時間を変えたり、別人として転生したり……おおよそすべての不都合を覆して復活できるんだー」
「本当にとんでもないな……」
つまり、僕か考えている以上に使いようがあるってことか……。
「ただし、死ななければ発動はできない。これだけは変わらないよ。殺さなければいいと敵にバレたら、自殺を封じられた上で永遠に閉じ込められて、おしまいだからねー」
「言われるまでもないね」
生き返る場所を変更したり、別人に転生したりできる。
だったら、あの手が使えるかも。使う予定だったギフトを節約できるかもしれない。
「別の誰かに転生したとして。僕の魂はどうなる?」
「安心して。君は何一つ変わらないよー。転生先の魂は君に吸収されて消えるから。あ、魔人への乗っ取り転生は無理だけどね」
そうか。
なら何も問題はないな。
「わかった、やってくれ」
僕が言うと、神が首? を横に振った。
「違うよ。生き返ることを選ぶのは君。《王道殺し》を使うのは自分の意志」
「なるほどね」
なら、もう聞くことはないか。
《王道殺し》を改めて発動しようとして。
ふと、頭に疑問が浮かんだ。
「お前……僕に何をさせたいの?」
「んー?」
神が首? をかしげた。
「させたい? んんー? 僕が君にさせたいことなんてないよ」
「だったら、なんで僕を勇者なんかにしたんだ」
世界を救わせるため?
単に面白かったから?
神の意図がどうにもわからない。
僕の疑念をよそに、神は至極当然のように言った。
「――だって君は『生きたい』んだよね?」
その言葉に、少なからず衝撃を受けた。
「だったらそれを助けるのは、当たり前のことだと思うけどなあ」
なんとなくだけど理解した。
いや、理解はしてないけどわかったことにした。
こいつは僕と同じで……もう、そういう奴なんだろう。
ただ、それだけ。僕が勇者として転生したことについて神に意図はない。
「ああ、そうか。つまり何も変わってないってことか」
「そうだよー」
僕の考えは何一つ変わっていない。
勇者だからといって魔人のように魂を変質させたり、改心したりもしてない。
前世のまま、悪の魂を引き継いで、今を生きている。
「それにしても……前のとき、君は転生に文句タラタラだったのにねー。今回は終わりにしないで生き返ることに前向きなんだね」
かつてに僕は転生に懐疑的だった。
どうせ同じだと。
自分が変われないなら、何も変化はないと思っていた。
何か、そう。
僕の中で変わったんだとしたら。
「ただ単に気が変わったんだ」
「そっかー」
神らしきものが、ほがらかに笑ったように見えた。
「いってらっしゃーい。また面白い死に方をしたときに会おうね」
縁起でもないセリフに見送られながら、僕は《王道殺し》を発動した。
目が覚めたとき、僕は姉さんの前に立っていた。
姉さん? 違う。この憎き魔人はセリアーノ。僕の愛する人だ。
「どうしたの、フォル」
今すぐにでも殺してやりたい衝動に駆られながら、愛おしさのあまり、彼女の肢体を抱擁する。
「姉さん」
「フフ、姉さんはやめろといつも言っているだろう?」
「ああ、そうだった。愛しき人」
僕はセリアーノの服を脱がしにかかった。
「セリアーノ。ここでいいかな?」
「もちろんだ。ここには私とお前しかいない」
瓦礫の上で、僕らははばからず愛し合う。
……なんで僕はこんなことを?
ああ、フォルガートを魂ごと吸収したから……セリアーノがフォルガートにかけた魅了も取り込んでしまっているのか。
まあ、《恋慕のギフト》に比べたら……こんな術は児戯に等しい。
「がッ……!?」
僕はセリアーノの無防備な双丘の中心にダガーを突き立てる。
「フォル、何を……」
「僕のために死んでくれないか、姉さん」
僕が笑いかけた瞬間、セリアーノの目がすわった。
「お前はもうフォルガートじゃない」
いつの間にか裸体のセリアーノの両手には愛刀が握られていた。
躊躇のない斬撃がフォルガートの、つまりは僕の首を斬り飛ばす。
「ああ、首を斬られてもしばらく生きているんだな……」
噴き出た血に打ち上げられてクルクルと空を舞うフォルガートの生首。
激痛がむしろ笑えて、僕は新たに《王道殺し》を――
「なんなんだ。いったいどうして……」
それは僕のセリフだと思うけどな……。
セリアーノが茫然としたまま、自分が殺したフォルガートの死体を見下ろしている。
「どうでもいいけど服を着なよ」
『瓦礫の上』に復活した僕は、裸の女に声をかけた。
「貴様は? 何故生きて――」
「ねえ、どんな気分? 自分の手で恋人を殺した気分は」
「恋人? いや、こいつは私の愛するフォルガートではなかったんだ。偽物だ。だから殺した!」
僕にはこれっぽっちもわからない理屈を並べたてながら、わめき散らすセリアーノ。
「本物のフォルはどこだ? ああ、どこにもいない。愛する人よ!」
……フォルガートにセリアーノを攻撃させる。
当初の計画とは違う形でだけど、達成できた。
まさか、いともあっさりフォルガートを斬り捨てるとは思わなかったが……そこは魔人。
認識する世界と現実とに不整合があるとき、魔人は力を使って辻褄を合わせる。
「ああ、そうだ」
曲刀をひと振りして裸体に風を纏うと、次の瞬間にはセリアーノが新たな衣を装着していた。
またも新たな改変を行なうべく、僕に向き直る。
「貴様で妥協しよう。新しいフォルになれ」
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