第30話 ドS勇者と蘇る老狐

 先に動いたのはセリアーノだ。

 どうやら、その場で曲刀を振るったらしい。

 らしい、というのは動作の始まりから終わりまでがまったく見えなかったから。

 かろうじて視認できたのは踊り場に立ち尽くす僕に迫り来る風の刃のみ。


「すごいな」


 セリアーノのレベルはピゥグリッサと同等か、それ以上!


「だが無駄だ」


 風の刃は僕の目の前で霧散し、そよ風のように僕の髪を揺らした。


「むっ、対魔のアミュレットか?」

「それだけじゃないがな」


 手持ちのマジックアイテムはもちろんのこと、盗賊ギルドに保管しておいた使えそうなアイテムはだいたい持ってきている。

 魔人の特殊攻撃は基本的に魔法のたぐい。セリアーノが風の刃を使うのはわかっているのだから、当然の対策だ。


「ならば、直接斬り捨てるまでだ!」


 踏み込みから先、一気にトップスピードにまで駆けてくる。

 これがソグリム剣士の真骨頂。エクリアの騎士ように重い鎧をまとわず、最小限の防具だけつけて軽やかに舞い踊る。

 ましてや“双円”とまで謳われた曲刀二刀流から繰り出される怒涛の斬撃は、鎧の隙間を素早く正確に通り抜けていく。


 僕とセリアーノの間にはロビーから二階と三階にまで移動できる吹き抜けの大階段のみ。入り口付近のセリアーノから踊り場の僕のところまでは一直線。

 屋敷は無駄に広いのでそれなりの距離が開いているが、セリアーノは段差をまるでただの平地のように駆け上ってくる。

 目の前に立たれたら、鎧はおろか上着すら脱いだ僕の貧弱な体などバラバラにされるまで一秒とかからないだろう。


 だけど、それは辿り着けたらの話だ。


「なっ……!?」


 セリアーノが踏み込んだ階段の段差がガクンと下がる。

 足場が急に変化したためにバランスを崩し、滑り落ちていく。


「言い忘れていたけど、タイバーデン伯爵はかなりの偏執狂でね。屋敷の主を守るために中は罠だらけなんだ。ほら、コンボが行くよ?」


 階下で転倒したままのセリアーノに向かって柱が倒れてくる。


「チィッ!!」


 しかし、さすがは戦争の英雄。

 咄嗟に転がり回ることで柱を避けると、ついた勢いを殺さずに上半身のバネだけで跳ね起きて、こちらを睨みつけてきた。


「今のを避けるとは大したものだよ。戦闘に関してだけは、まごうことなき一流だね」

「卑怯者め! 勇者として堂々と戦え!」

「卑怯者? 勇者として? ハハッ、そんなの君の考える勇者像だろう? 僕のは違う」


 普通に戦ったらどうしたって勝ち目なんてない。

 そして勝ち目のない戦いに向かうほど僕は酔狂ではないのだ。

 だから僕は、万が一迎え撃つならここで待つのが最良だと判断した。


 パチンと指を鳴らすと、壁に飾られていた無数の剣や槍が浮かび上がる。


「なんだそれは……これが勇者のギフトか?」

「まさか、そんなわけがないだろ。エクリア人が力を、ソグリム人が速さを重んじるように、エルフは魔法を重んじる。エルフの貴族は魔力の高さによってその地位を得るんだよ。タイバーデン伯爵が例外だと思うか……?」


 セリアーノに見せつけるように右手を誇示した。

 

「その指輪は……何故、お前が!」

「だから言っただろう。実質的な家主は僕だと」


 僕の右手中指にはタイバーデン伯爵から頂戴した魔法の指輪が輝いている。

 すなわち、タイバーデン伯爵自慢のセキュリティ制御装置が。


「エルフ貴族の屋敷に踏み込んで家長と戦うことの意味、その身をもって味わえ」


 僕が合図をすると無数の剣や槍が切っ先を向け、四方八方からセリアーノめがけて発射された。





 ユエルとセリアーノの戦いが始まる少し前。

 カルザフはギルド支部の一室に連れてこられていた。

 バリンガスが壁に向かって何やら操作すると、壁がスライドして通路が現れる。


「おい、なんだよこれ……初めて見るぞ」

「お前だけじゃない。この先を知っているのは俺だけだ」

 

 それ以上の説明もなく、ランタンを掲げて闇を祓いながら先を進んでいくバリンガス。

 カルザフもおっかなびっくりついていく。

 やがて、大きな空間に出た。

 そこに鎮座していたのは――


「おい……これってまさか!」

「ああ。


 それはカルザフが子供の頃に何度となく目に焼き付けた絵と、瓜二つの姿をしていた。

 狐の頭部のような鋭角的なラインをした、古代文明の魔法技術で空を飛ぶ機械。


「《フライングフォックス号》! それにあっちにあるのは……ああ、嘘だろう! 《ナイトローダー》まであるじゃねえか!」


 失われた古代ドワーフ技術を盛り込んだ二輪駆動の騎乗機械を見て、子供のように興奮するカルザフ。

 事実、彼は童心に帰っていた。


「ってことはバリンガス……!」

「もう引退した身だ」


 ――ナイトフォックス。

 盗賊ギルド伝説のボスは実在したのだ。


「マジかよ、信じらんねぇ!! 俺はずっとアンタのファンだったんだぞ!」

「ああ、知ってるよ」


 昔を懐かしむように《ナイトローダー》のボディに触れるバリンガス。


「だけどな、ナイトフォックスはずっと昔に死んだんだ。知ってるだろ。俺の指のことは」

「ああ、そうか……そういやそうだったな」


 バリンガスは過去に警備の魔犬に腕を噛まれて、指をボロボロにされてしまった。

 治療はうまくいったが《宝物庫の合鍵》とまで呼ばれた鍵開けスキルは失われてしまったのだ。

 最近では歳も壮年を迎えたこともあって、往時の覇気を失っていた。


「若い頃は俺もヤンチャだった。知ってるか? 幻想博物館から古代竜インシュバアルの頭骨を盗み出したのは俺の仕事なんだぜ」


 バリンガスの自慢げというより過去に縋る老人のような語り口に、カルザフは悲しい気持ちになった。


「だが、死んでいたのは俺の魂だけだったんだ。ナイトフォックスの魂だけは今でも受け継がれていた」

「バリンガス……どうして俺をここに?」


 カルザフの問いに、バリンガスは何かを投げてよこす。


「こいつは……」


 カルザフがキャッチしたのは、ナイトフォックスのキーホルダーがついた鍵だった。


「そいつらを使ってユディを助けてやれ。必要になるかもしれない」

「おいおい、冗談だろ!? 俺はただのチンケな盗賊で――」

「違う」


 バリンガスが拳を作って、カルザフの胸を軽くたたいた。


「お前ナイトフォックスだ」

「あ――」


 カルザフの胸中にさまざまな想いが駆け巡った。


 カルザフの中にはシアードに仕込まれた盗賊としての臆病さがある。

 ユーディエルの言っていたように、それも必要な要素だ。

 だけど、カルザフが盗賊を志したきっかけは……。


 情熱を、長らく忘れていた。

 あの日あの夜、ユーディエルが狐の影絵にコインを咥えさせていたのを見て、全身が震えた。

 胸を打った鼓動の正体は、果たしてなんだったのか。


「さあ、後輩のところに行ってやれ。今からこいつらの使い方を――」

「なあ、バリンガス」


 颯爽と《フライングフォックス号》に乗り込んだカルザフがキーを差し込み、エンジンをかける。

 カルザフの心臓と同じく永い眠りについていた老狐が、ドルンドルンと激しい音をたててよみがえった。


「俺が何回、ナイトフォックス物語を読み返したと思ってんだ?」


 カルザフが浮かべた笑みに、バリンガスも無言で笑い返した。

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