第32話 ドS勇者とゆかいな手駒たち
「新しい、フォル……?」
僕はセリアーノの言葉の意味がまったく理解できず、オウム返しした。
「そうだ。いなくなったのなら、誰かをフォルにすればいい。今度はお前がフォルだ」
セリアーノの目が輝く。
フォルガートにもかかっていた魅了の術だ。
この力を使って、あの女は唯一の肉親を肉欲に変えた。
僕の中の意識が書き換えらていく。
目の前の女は愛する女、セリアーノ。
でも、だから何?
愛しているからと言って僕の殺意が衰えることはない。
殺したいほど愛してると言い換えてもいいだろう。
先と同じく《恋慕》ほど強烈ではない……よって、戦闘の続行は可能だ。
「とはいえ……」
無防備に生き返ってしまったが、何か手があるのか……と言われると正直あんまりない。
奴がこの街を去ってから生き返った方が、よっぽど賢明だったと思う。
いっそこのままセリアーノについていって、チャンスを伺うべきかもしれない。
今はクールタイムの関係で使えないが、新たな従徒を作って殺させれば《魂の檻》に捕らえて使い魔にできる。そうすれば自害させることだって可能かも。
この街は全滅するかもしれないが、盗賊ギルドは生き残る。時間さえかければ再起は必ず――。
そんな風に僕が『妥協』しようとしたときだった。
(まだ諦めるのには少し早いわよ)
セリアーノに向かって、どこからともなく矢が飛んできた。
「ヴェルマ!」
完全な死角からの狙撃だったにもかかわらず、無造作に振るわれた曲刀が矢を切り払った。
「また、邪魔か」
うんざりとつぶやき、発射地点に向けて風の刃を飛ばすセリアーノ。
なんとか影に潜って回避できたようだが……。
(よせ、お前に勝ち目はないぞ!)
狙撃を得意とするヴェルマと風を操るセリアーノとでは、相性が悪すぎる。
だから僕は、彼女を戦わせるつもりなんてない。
なのに、どうして僕の思惑を無視して攻撃を?
僕の強制力をヴェルマの忠誠心が上回っているのか?
あるいは僕の危機を救うことを使い魔として最優先させているのか。
「貴女、同族の私から見てもかなりイカれてるわよ。自覚ある?」
なんだかわからないが、ヴェルマはやる気のようだ。
姿こそ見えないけど、声だけは響いてセリアーノを嘲弄する。
「うがああああっ!!」
うわっ、セリアーノが刀すら振るわずに、暴風を纏い始めた!
さっきの竜巻といい……こいつ、どんどん力が強まってるんじゃないか!?
「いったいどれだけ私とフォルガートの恋路を邪魔すれば気が済むのだ! もはや私とフォルは兄弟ではない! つまり自由恋愛! 何一つ文句を言われる筋合いはないはずだーっ!!」
この女……どこに隠れているかわからないヴェルマを周辺もろとも吹き飛ばすつもりか!
『フォルガート』であるはずの僕がいても、おかまいなしに!
(聞いて、マスター君!)
ヴェルマからの思念が飛んでくる。
(魔人の最大の弱点は、魔人に成るに至った《《起源)》そのものよ! 貴方なら……貴方のギフトならそれを揺さぶれる! 考えて。あの女を倒す方法を――)
「死ねえええええええええええっっ!!!」
セリアーノを中心に巻き起こった風は、もはやただの爆発だった。
衝撃波で粉みじんに吹き飛んだ僕は、再度死ぬ。
「さあ、フォル。行こうか」
何事もなくセリアーノの隣で復活した僕に何一つ悪びれることなく笑顔を向けてくるセリアーノ。
(ヴェルマ……応えろ、ヴェルマ!)
返事がない。クソッ……!
起源……起源だって?
セリアーノの魔人としての起源は……間違いなくフォルガートだ。
だけど、僕があれほど罵倒してもなにひとつ揺らがなかったんだぞ。
そんな強固な妄執をどうやって……!
「愛してるよ、フォル」
「……ああ、僕もだ」
一度死んで魅了の術は切れたが、再びかけられた。
僕のうつろな呟きに満面の笑みを返してくる魔人。
そう、こいつは相手がフォルガートでさえあれば誰でもいい。
元の弟じゃなくても、見た目が違かろうと構わない。
吐き気を催す在り方だが、見方を変えればフォルガートへの想いだけは一途と言えるかもしれない。
そこを僕のギフトで揺さぶることができれば……?
僕が思考の袋小路に入りかけた、そのとき。
「ユエル様ーっ!!」
……それは聞こえてはいけない声だった。
馬鹿な、何故来た!?
「……エルフか」
セリアーノが物騒な声色でつぶやく。
まずい、今のティーシャの姿はエルフに《偽装》されている!
躊躇いなくティーシャを殺しにかかってくるぞ!
「逃げるんだ、ティーシャ!」
「大丈夫!」
ティーシャらしからぬ不敵な笑みを浮かべながら、エルフの少女がセリアーノに向かって駆ける。
「ほざけ、小娘ェッ!!」
ああ、もう、終わりだ。
ティーシャが殺される。
ほら、今まさに風の刃がティーシャの腕に巻き取られて。
………………ティーシャが風の刃を巻き取った?
「ぬるいぞ人外。“双円”の名は
ティーシャはさらに弧を描くように腕をグルンと回すと、風の刃が少女の腕に小さな竜巻のような形で文字通りに巻き取られた。
そして大きく開いていた距離を、たった一歩で詰めてセリアーノの懐に潜り込み。
「フンッ!!」
かわいらしくも気合の入った声とともに、セリアーノの胸のあたりに強烈な突きを繰り出した。
唖然としたままだったセリアーノは、巻き取られた風もろとも吹っ飛ばされて瓦礫に頭から突っ込んだ。
「無事か、少年!」
「……はへ?」
ティーシャが目を丸くしたままの僕に手を差し出した。
「ん? ああ、まだわかっていないのか。うーん……ああ、こうすればいいかな」
手を引っ込めたかと思うと、ティーシャがいきなり抱き着いてきた。
「むぎゅっ!?」
ティーシャのバストでは有り得ざる圧力に顔面を包み込まれる。
く、苦しい……《王道殺し》が発動しちゃう……。
あっ、この感触には覚えが!
「ぷっは……ピゥグリッサ、さん!?」
必死こいて顔を上げると、そこには頼もしい笑みを浮かべるピゥグリッサがいた。
「ど、どうしてここに。街から出たはずじゃ。それに、なんでティーシャに《偽装》して……」
「いいから話は後だ! あいつは私が相手をする。向こうで本物のティーシャが待っているからな! 今すぐに向かえ!」
「うわわっと!」
背中を思いっきりバンと叩かれて、たたらを踏む。
わけがわからずピゥグリッサの方を振り返ってみたのだが……。
「いいから走れ、少年!」
「はいぃ!」
ピゥグリッサの凄まじい剣幕に、僕は言われるがまま駆け出すのだった。
暴風で瓦礫を吹き飛ばすなり、セリアーノが喚き散らした。
「フォル! フォルはどこだ。お前か? お前がフォルを隠したのか?」
「なるほど、これが今回の魔人か。
すぅーっ、と大きく息を吸い込むピゥグリッサ。
ピンと狼耳を立てて、白手袋を嵌めた拳を強く握り、腰を落として構えを取る。
「私の名はピゥグリッサ。“
「フォルを返せえぇぇぇっ!!」
問答無用とばかりに全身台風と化したセリアーノが、ピゥグリッサに襲い掛かった。
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