第17話 ドS勇者のギルド入り

「よーし、そこそこ集まったね!」


 買い物袋を宿の部屋に置いてきた後、僕たちは早速夜の闇の中へと繰り出した。


 結果から言うと《偽装》による泥棒はうまくいった。

 ロックピッキングの技術はまだないので鍵は雑貨屋で買ったハンマーで破壊して侵入したけど、誰にも気づかれることなく家屋や店舗に侵入できた。


「はぁ……すいません。ユエル様のためだと思えば辛抱できますが、人の物を盗むのはやっぱり罪悪感が……」

「いずれ慣れる……とは言ってあげられないけど、勇者とは人の家のタンスを漁って中に入っているアイテムを持って行っていい者のことだって完全創造主が言ってた気がするよ」


 うん、たしかそんなようなことは言ってた。


「完全創造主様が……勇者だけは例外ということなのでしょうか?」

「そうなんじゃない? 知らないけど」

「勇者だけは例外……ユエル様は例外……」


 ティーシャはいい子だ。

 世界のすべてを恨んでも仕方ないぐらい、ひどい目に遭ってきたはずなのに。

 きっと共有されたギフトも僕の指示なしでは使えないだろう。

 僕とは逆に、善の魂を持って生まれてきたのかもしれない。


「それはそれで大変なのかもな……」

「ユエル様?」

「ごめん、なんでもないよ。それにしても、やっぱり平民の家や店舗から盗んでも雀の涙だね」

「それはそうですよ。10000ゴールドっていったら、ちょっとした家なら建てられる金額ですし……」

「串焼きが5000本って考えると、大した金額じゃないように思えるのになあ」


 もちろん、どれだけ大変な金額を吹っ掛けられたかは理解している。

 だけど、これは僕をギルドに入れたくない盗賊さんとの男同士の勝負なのだ。

 あそこで引くわけにいくか。


「やっぱり貴族の屋敷を狙うしかないね」

「えっ……それはさすがに危険では!」


 わかっている。

 奴隷商人タグリオットの屋敷ですら、魔法セキュリティの嵐だったのだ。

 もちろん奴の場合は後ろ暗い秘密があったからだけど、貴族の屋敷ともなればギルドの盗賊だって相当な準備をしてから仕事に取り掛かる。

 それでも失敗することがあるくらいだ。


「そこは大丈夫。僕にいい考えがある」





 ――約束の日の夜。

 初めて会った空き地で、僕は盗賊さんを待つつもりだった。


「別に宿にいてくれても良かったんだぜ」

「うーん、なんとなくここがいいかなと思いまして」


 盗賊さんはあの空き地に先に到着していた。

 どうやらこちらが待たせてしまったようだ。


「周囲はギルドの者が見ている。ここなら誰にも見咎められずに取引できるぞ。そういうわけだ、早速お前の成果を見せてもらおうか」


 僕は無言で頷くと、ナップザックの中身を広げて見せた。


「これは……っ!」


 盗賊さんが目を見張る。

 中には三種類の宝石の設えられた銀のネックレスや、ダイヤモンドをちりばめられた金の指輪などがこれでもかと入っていた。


「小僧、これをどこで……?」

「タイバーデン伯の屋敷です」

「タイバーデン伯のだと……?」


 信じられないとばかりに首を横に振る盗賊さん。


「そいつは不可能だ。あそこはギルドも狙っているが、まったく隙がない。外から入り込むのは絶対に不可能だ」

「はい。確かにすごかったですよ。タグリオットの屋敷なんかより、よっぽど警備がしっかりしてました。外側から入り込む穴はなかったと思います。だけど――」


 指を立てながら、少しばかりわざとらしく笑みを浮かべる。


「内側からの手引きがあれば、話は別です」

「……内側からの手引きだと?」

「ご存じだと思いますが、タイバーデン伯の屋敷では男好きの伯爵令嬢が謹慎を食らっています。だけど、令嬢は未だに夜になると屋敷をこっそり抜け出して市井で放蕩を続けている……その証拠をタグリオットは掴んでいました。まあ、令嬢が未だに遊び歩いているところを見るに、脅迫材料としてはまだ未使用だったみたいですけどね。でも……令嬢は、いったいどうやって完全警備の屋敷から抜け出せていると思いますか?」

「……そうか、抜け道があるのか!」

「はい。屋敷の地下に緊急時に貴族が逃げるための隠し通路があるんです。ただ、それはタイバーデンの血族が身に着けている指輪がないと外側からは開かないから、彼女の協力が必要だったわけです」


 タイバーデン伯爵令嬢を落とすのは簡単だった。

 何しろ自分から警備を抜け出して、街に出てきてくれているのだから。

 タグリオットの掴んでいた証拠には、令嬢の人相とよく行く店もはっきりと書かれていたので、彼女を見つけるのは難しい仕事ではなかった。


 令嬢に会いさえすればこっちのもの。魔法のアラームセキュリティも彼女には一切反応しないし、めぼしいお宝を彼女に持ってきてもらうだけだ。


 《友誼》でも充分だったかもしれないけど、令嬢のことは今後のことも考えて念のため従徒にしてある。

 どうせまだ枠は余ってるんだしね。


 いともたやすく事が運んだように見えるけど、これもタグリオットから証拠を手に入れていなければ取れないオプションだった。

 やっぱり大切なのは情報だ。


「いったいどうやって伯爵令嬢をたらしこんで……いや、そのあたりの手口を聞くのは盗賊同士でもご法度だな。大事なのはここに宝があるって事実だ」

「たぶん足りているとは思いますけどね。見ますか?」

「ああ」


 ごそごそとナップザックの中を漁る盗賊さんに、僕は念のために注意喚起をする。


「ちなみにネコババしてあとで金額が足りないとか言っても、無駄ですからね。目録も作ってありますから、何が足りなくなってるかはわかります」

「いや、これだけあればひとつふたつくすねたって、10000ゴールドに足りてないってことはねえだろ。そんな馬鹿なことはしねえよ」


 ふぅ……これで攻略完了かな。


「じゃあ、認めてもらえますか?」

「まあ、他のギルド員が誰もできない仕事を成し遂げられちゃな……」


 渋々といった様子だったが、盗賊さんは僕に敬意を示すようにまっすぐ向き合った。


「お前を盗賊ギルドの一員と認めよう。改めて名乗らせてもらう。俺はギルド内じゃカルザフで通ってる」


 盗賊さん……カルザフが自分のことを指し示すように自分の胸を親指でトントンと叩いた。


「知っていると思うが、俺たちはお互いを本名で呼び合わない。小僧、お前の盗賊名はどうする? やっぱりナイトフォックスか?」

「ははは、まさか。ユーディエルでお願いします」

「ユーディエル? 何か由来でもあるのか」

「いえ、特には」


 ふーん、ユーディエルの名前がギルド内に知れ渡ってないってことは……ラグナールは盗賊ギルドとは無関係ってことか。


「じゃあ今からギルドに案内するが、支部長以外に丁寧語はよせ。先輩後輩はあっても同じヒラ盗賊同士だ。舐められるぞ」

「わかりまし……わかったよ、カルザフ」

「ああ、よろしくな小僧」

「あっ、僕の盗賊名は呼んでくれないんですか!?」

「ほれ、見たことか。言葉が抜けきれてねえぞ、小僧」


 僕の抗議に、カルザフは愉快そうにケラケラと笑うのだった。

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