第18話 ドS勇者とギルド支部長

「いくらなんでも人生クソ過ぎんだろうがよぉぉっ!!」


 ユエルが盗賊ギルド入りを決めたのと同じ時刻。

 いつもの店でラグナールがやけ酒をかっくらっていた。


「うるせえ、黙って飲みやがれ!」

「お前こそうるさいぜジジイ! いいから酒の追加だ!」

「チッ……」


 舌打ちしながらも店の主人は注文された酒だけはしっかり出す。

 もちろん、金のために。


「ちくしょう、どいつもこいつもクソだクソクソ! 俺がいったい何をしたっていうんだよ……!」


 奴隷売買の仲買人などというな仕事をしているのを棚に上げて、ラグナールはいつもの如くクソを連呼した。


 いい話だと思っていた。

 200ゴールドという格安な価格で奴隷を買い取れた。

 本当なら、今頃は奴隷を売り飛ばして大金を手にしているはずだったのだ。


 だけど、ラグナールはいつの間にか気絶していた。

 ピゥグリッサに殴られたのだが、ラグナール本人は気づいていない。


 気づいたときには奴隷もピゥグリッサもいなくなっていた。

 ピゥグリッサからは支払いをもらってない。

 つまり、200ゴールド丸損だ。


 もちろん、ピゥグリッサに文句を言いに所定の連絡所――当然ながらラグナールはタグリオットの屋敷には入れてもらえないので――に行ったら、そこで驚愕の事実を告げられた。

 今朝、タグリオットが殺されたいうのだ。

 話によるとピゥグリッサに殺されたらしい。


 わけがわからなかった。

 確実なのは奴隷の代金の支払いはおろか、今後の商売相手すらもいなくなったということだ。


「うまい話だと思ったんだ。ピゥグリッサもユーディエルの野郎とグルだったに違いねえ……俺は嵌められたんだ! あのハーフエルフが売れていれば5000ゴールドにはなったろうによぉ……!!」


 普段なら仕事のことは酔っても口にしない。

 だけど、このときのラグナールは奴隷仲買人としての自分は終わったと思っていたので、思わず口走ってしまったのだ。

 それが、彼の運命を決定付けた。


「そこのお前。今、ハーフエルフって言ったのか?」

「あぁん……?」


 ラグナールに声をかけてきたのは女だった。

 体に布を幾重にも巻いていて、腰には曲刀シミターを帯びている。

 如何にも東方のソグリム人といった出で立ちだった。クアナガルでは見かけるのは奴隷でも珍しい。


「ア、アンタにゃ関係ねぇ話だ」

「それはこちらが決める」


 テーブルの向かいの席に勝手に座った女がラグナールを睨みつけた。

 所詮はチンピラ。色気などまったくない剣呑な眼力に圧倒されるしかない。


 ここで初めてラグナールも自分の迂闊さが新たな厄介事を引き寄せたことに気づいた。


「おい、酒を注文しねえなら出ていけ」

「この男に一番安い酒を。とびっきり強くて、目が覚める酒をな」


 酒場の主人が助け船を出してくれたと思ったのも一瞬。

 ラグナールの前に新たな酒が出された。

 そして主人は注文さえあれば文句はないとばかりに奥へ引っ込んでいく。


「お、俺は急用を思い出したんで」

「まあまあ、そう言わずに」


 立ち上がりかけたところをガシッと両肩を押さえつけられて、そのまま元の椅子に座らされるラグナール。

 目の前のソグリム女の仕業ではない。


「ゆっくりお話しましょう。酒代は全部、こちらが持ちますから」


 背後からニコリと笑いかけてきたのは褐色肌のソグリム人の男だった。 

 紳士的な態度に見えるが、未だに掴まれた両肩にはギリリッと力が込められている。

 もう逃げ場はなかった。


「貴様の犯してきた罪のことと、ハーフエルフの話もだが。ピゥグリッサとユーディエル。まずはこの二人が何者なのか聞こうか?」


 テーブルの上で両手を組んで口元を隠しながら女がニヤリと笑った。

 ちなみに女の名前はセリアーノ。男はフォルガート。

 本来ならクアナガル管理帝国にいてはいけないエクリア王国騎士団の姉弟である。





 迷路のような下水道をカルザフの先導で進んでいく。

 次から案内はないので、しっかりルートを覚えなくちゃいけない。

 もちろん小さな目印が壁に書かれているので、迷わないような配慮がされているが。


「気をつけろよ。ここにはヤク中、病人、乞食……いろんな連中が住み着いてるからな」


 盗賊たちはそいつらに気づかれないよう、こっそりと出入りしているのだという。

 僕にも《偽装》があるのでその点は問題ない。


「さあ、ここだ」


 扉をくぐると、そこには酒場があった。

 バーテンダーと、何人かの盗賊と思しき黒い革鎧の男たち……訂正、女もいる。

 一斉にこちらを睨んでくる……なんてこともなく、各々酒やギャンブルに興じていた。


「バリンガス」


 カルザフが気楽な調子でカウンターでグラスを磨いているバーテンダーに手をあげて挨拶する。

 普通の挨拶に見えるけど、きちんと盗賊同士でしか通じない符丁がやりとりされているはずだ。


「よう、カル。奥で支部長が待ってるぜ。で、ナイトフォックスかぶれのガキってのはそいつか」

「違う。僕はユーディエルだ」

「バリンガスだ。よろしく、ユディ」


 たったそれだけのやり取りで、僕はカルザフとともに奥の扉へ通された。


「今のバリンガスが盗品の買い取りと情報管理とを一手に引き受けてる。機嫌を損ねるなよ。仕事がやりづらくなるからな」

「わかった」


 それ以上は無駄口を叩くことなくカルザフについていく。

 通路の途中にいくつか扉はあったけど、ひらすらまっすぐに進んでいくと一際豪華そうな扉が見えた。

 あそこが支部長の部屋か。


「入るぞ、シアード」


 カルザフが一声かけてから扉をノックもなしに開いた。


「例の奴だ。名前はユーディエル」

「そいつか」


 支部長室で僕たちを待ち受けていたのは、壮年の男だった。

 カザラフのものより若干良さそうな灰色の革鎧に身を包み、如何にもベテランのオーラを醸し出している。


「話は聞いてる。手土産もある。裏切り者も見つけてくれた。なにひとつ文句はないってわけだ。ここでは掟に従え。いいな? 以上だ」


 うん、うん……。

 あれ、それだけ?


「シアード。何か忘れてるんじゃないか?」


 僕が何か言おうか迷っていると、カルザフが横から助けてくれた。


「あん? ああ、そうだな……ユーディエル。盗賊ギルドにようこそ。我々はお前を歓迎しよう」


 あー、うーん。

 なんというか、えらい淡白な人だな。


「早速だが、新人。お前に一つギルドの仕事を任せたい」


 おう?


「おい……まさか、ストゥーニーの件を回すつもりじゃないだろうな」


 むむ、カルザフの焦った口ぶりからして、厄介そうな臭いがプンプンするんだけど。


「しょうがない。奴はしくじった。後任は決まってない。なら、新進気鋭の新人にここはひとつ期待させてもらおうじゃないか」


 酷薄な笑みを浮かべるとシアード支部長は僕を値踏みするように、蛇のような視線を向けてきた。


「最初に教えておこう。俺たちには今、正体のわからない敵がいる。そいつが盗賊ギルドを攻撃している。タグリオットをそそのかした何者かだ」


 ほむほむ……あの奴隷商人をそそのかした? そんな奴がいたんだ。

 タグリオットは何も言ってなかったけど、まあ本人がそそのかされたと思ってなければ言わないか。


「まだ何者かはわかっていない。だが、タグリオットの屋敷でやり取りした手紙を見つけた。ギルドを裏切って販路を広げられるとか、そんな内容だった」


 そんな手紙があったのか。

 まあ、屋敷の全部を探し切れたわけじゃないからな。


「そいつが盗賊ギルドを攻撃してる。ギルドの味方を先に潰しているんだ。実に賢いやり方だ。お前には、おそらくそいつにそそのかされたと思われる元味方のところへ行って、話を聞いて来てもらいたい」


 ふむ……ふむ?


「わかったのなら返事だ」

「いや、できればもう少し詳しく――」

「聞き間違いだな? お前は新人だから、やり方がわからないんだろう。俺が何かを言う。お前が『はい』と答える。それですべてスマートにうまく行く。理解したか?」


 あー、オーケオーケー。

 ここの支部長はそういう系か。

 こっちとコミュニケーションする気なしってわけね。

 理解したよ。


「わかりました」

「よし。詳しい話はバリンガスに聞け。話は以上だ」


 そこんとこは部下に丸投げかい。

 ま、いいけどさ。


「あ、そういえば手紙を見つけたってことはタグリオットの屋敷にあった宝も盗んできたんですよね? 情報提供したんで取り分が欲しいってカルザフに言っておいたんですけど、あれはどうなってます?」

「ほう? あれはギルドへの上納金だと聞いていたが、取り分が欲しかったのか? まあいいだろう」


 そう言うと、シアード支部長は僕に向かって金貨を一枚投げてよこした。


「もういいな? 俺は忙しいんだ。出ていけ」


 こうして僕とシアード支部長の最初の面会は終わった。


「わかっただろう。だから俺は止めたんだ。今の盗賊ギルドはこういうところなんだよ。どうだ、嫌になったろ?」


 カルザフが僕に気を遣って声をかけてくれる。


「とんでもない。やる気がモリモリ湧いてきたよ」


 ギルドの支部長から新たな仕事をもらった。

 まだ詳細が不明だけど、前任者が失敗した任務を成功させれば、僕のギルドでの評価も上がるはず。


 それに……。


 そう、それに……新たな従徒候補も見つけられたしね。

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