第16話 ドS勇者と王道殺し
それから僕はティーシャを街に連れ出した。
僕はティーシャの手を引いて、さまざまな店舗を練り歩く。
不安そうにしてたティーシャが普通に接客してくれる店員たちに驚いていた。
それどころか男の店員は鼻の下を伸ばして、さまざまなサービスを提供してくれる。
《偽装》でティーシャがただのエルフに見えているからだ。
「みんないい人……」
「これが普通なんだよ」
この間までの奴隷みたいな服装だったらともかく、今の服装ならティーシャだって街の中に溶け込める。
……いや、溶け込むにはちょっと顔が良すぎるか。
ティーシャみたいな美人を僕が連れ歩くのは噂になっちゃうかもしれないけど、盗賊ギルドに入りさえすれば多少目立ったところで情報をやり取りされる心配はなくなるし。
それに何より、ティーシャがみんなの目を引いてくれている間は……。
「なんだか、すごい買いこんじゃいましたね」
「そうだねー」
僕とティーシャの帰りは抱える袋で大荷物になっていた。
「あれ、こんなの買いましたっけ?」
「ああ、それはティーシャが試着してる間に僕が買ったんだ」
ティーシャにみんなの視線が行ってる間に《偽装》を使って、めぼしいアクセサリや小物をちょろまかしてきたのだ。
とはいえ、値札を見る限り100ゴールドにも満たないけど。まあ練習って感じ。
「あっ、きれい」
ティーシャが足を止めて、紅く染まった空を見上げる。
夕日が山向こうに沈んでいくところだった。
「……ユエル様の言う通りでしたね。わたし、街での買い物がこんなに楽しいものだなんて知りませんでした」
ごくり、と生唾を飲み込む。
やや憂いを帯びた横顔に見惚れそうになったのだ。
「ユエル様」
ティーシャがこちらを振り向く。
浮かんでいるのは笑顔なのに、どこかうつろで。
とても僕好みだった。
「願わくば、わたしに光を見せてください。そしてよろしれば、どうかお仲間に加えてください。どこまでもお供いたします」
ああ、でも……。
僕とティーシャの認識には、まだ隔たりがある。
僕が進むのは、王道ではない。
「最初に言っておく。僕は君が思っているような善人じゃない。悪人なんだ」
ティーシャが真剣な顔で見返してきた。
黄昏時の夕闇があたりを薄暗く包み込んでいく。
「完全創造主は僕に啓示を下したとき、この世界で僕が行なうあらゆる行為を免罪すると言ってた。僕の
そう、あいつは言ったんだ。
顔も思い出せないし、そもそもそんなものがあったのかさえ定かではないけれど。
「もっとも完全創造主が赦してくれるからといって、何かが変わるわけじゃない。世界に住まう人々は僕らを法で縛る。完全創造主の名のもとに悪事を行えば、偽の勇者だとレッテルを貼って断罪してくるだろう。でも、僕は証明したいんだ。勇者って外面の免罪符さえあれば、悪人でも世界が救えるってことを。そんなことはないって盲目に信じている連中を嘲笑ってやりたいんだ」
「それだと、他の方々はついてこないのでは……」
当然ティーシャも、当たり前の事実を指摘してくる。
「だから騙す。もうわかったでしょ? 万人が望むものさえ見せてあげれば簡単なことなんだ。本性を見せなければ、誰もが勇者を心がきれいで誰かのために命を投げうてる立派な志を持った若者だと考える。いいや、勝手にそうだということにする」
仮に魔王を倒せば、僕は高潔な勇者として語り継がれてしまうだろう。
だからといって悪逆非道を表立ってやらかせば、魔王退治の偉業は誰か他の奴の手柄にされる。別の勇者が僕を倒した、という『善が報われたストーリー』を用意されるだけだ。
世界を救ったのが善人のフリをしている悪人だったという事実は、僕の魂だけが知っていればそれでいい。
自己満足で充分なのだ。
「僕は他人の命をなんとも思ってない。盗みだって平気でやる。生まれつき、そういう魂なんだ。誰かの嘆きや絶望だけが、僕の心を癒してくれる」
僕の本性を誰かに発露するのは今生だと、これが初めてだ。
前世で僕の本性を受け入れる者はいなかった。
だけど、不思議と不安はなかった。
ティーシャは、どこか悲壮な決意を秘めた瞳で僕を見ている。
僕は、彼女に問いを投げた。
「僕のために盗める? 僕のために殺せる?」
「ユエル様がそれをお望みでしたら」
さほどの間を置かずにティーシャは答えてくれた。
手駒なら、これだけでいい。
だけどティーシャには僕の共犯者になってもらいたい。
彼女の言葉が魂の奥底から誓ったものかどうかは、今からわかる。
「僕は君のために盗める。僕は君のために殺せる。誓おう。我が魂を汝に預ける」
僕は《王道殺しのギフト》を発動した。
《王道殺しのギフト》は一生で一度しか使用できない。
ギフトの効果がかかっていない使用者に忠誠を誓った
使用者は共犯者が生きている限り、不滅の存在となる。
使用者が死亡した場合、共犯者が既に死亡していない限りどんな状態であっても何度でも完全な形と記憶、魂を保った状態で蘇生できる。
共犯者はボーナスとして使用者と同じギフトを使用できる。使用回数は使用者と共犯者とで別々にカウントする。また《王道殺し》を含むあらゆるギフトの効果は共犯者にも即座に知識として共有される。
ただし使用者と共犯者が誓いを破った場合、誓いを破った方は即座に魂が消滅して死亡する。
「……こ、これはっ! ユエル様!?」
「これでギフトは成立した。じゃあ、早速だけど――」
「なんでですかっ!」
ティーシャが僕に食って掛かってくる。
「どうしてこんな大切なギフトを、わたしなんかにかけたんですか! 一生に一回だけなんですよ!? もっと強くて……誰にも負けないような人にかけないといけないのにっ……!!」
ティーシャにはすべてのギフトの効果が共有されている。
《王道殺しのギフト》はたった一回しか使えない切り札だ。
実際、僕も使うのはまだまだ先のことになると思い込んでいた。
「いいや、ティーシャじゃなきゃ駄目だ」
僕も一方的に利用できそうで勇者の肩書に心酔してくれそうな愚か者を共犯者に仕立て上げようと思っていた。
だけど、違う。
このギフトはそんな使い方をするためのものじゃなかったんだ。
「僕は絶対にティーシャのことを裏切れなくなった。魂の在り方に関係なく……いや、僕だからこそ絶対に裏切れない。今まではその気になれば切り捨ててしまえたけど、その選択肢は完全に封じられたんだ」
「そ、そんな……」
ティーシャにとってはメリットしかない話のはずなのに。
何故かティーシャは眩暈でもあるかのように、頭を抑えてくらくらと後ずさりした。
「ティーシャ、大丈夫?」
「……あ、はい。大丈夫……です」
《王道殺しのギフト》のせいかな?
僕は何ともないけどな。
こっちの魂をバックアップとしてティーシャに預ける形になるから、その後遺症かな?
「ちょっと休む?」
「いえ、平気です」
ティーシャが毅然と胸を張ったので、その言葉を信じることにした。
「ティーシャには元気でいてもらわないと困るよ。僕が盗賊ギルドに入るために、犯罪の片棒を担いでもらわなきゃいけないんだから」
「犯罪……いったい何を?」
僕はグッとサムズアップした。
「リアル・ナイトフォックスごっこ!」
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