第13話 ドS勇者と夜の狐

 エクリア王国にはとっても有名な盗賊の話がある。

 ナイトフォックス物語だ。


 ナイトフォックスは神出鬼没で盗めないものは何ひとつないといわれている、長きにわたって裏社会の夜を支配してきた盗賊ギルドのボスだ。

 もちろん架空の話……とは思うのだが、盗賊ギルドは実在する。

 ナイトフォックス物語の中で盗賊ギルドは仲間内では互いに盗みを働かず、時に有力な情報を共有するが……裏切り者には必ず報復するとされている。

 もちろんすべてが事実ではなかろうが、盗賊ギルドはメッセージをさまざまな場所に残しており、人々に自分たちのことを思い出させる。


 彼らは常に街のざわめきに聞き耳を立てているのだという。

 露店商、物乞い、女たちの井戸端会議。

 そしてそこから、どこかで眠っているお宝の臭いを嗅ぎつけるのだ。


 心せよ、我らに知らぬことなし

 心せよ、我らに盗めぬものなし

 しかし我らは不殺ころさずの義賊、明日を嘆く者からは奪わぬ。

 だが忘れるな、掟を忘れ不実うらぎりに走る者、これを決して不赦ゆるさず


 あー、今でもナイトフォックス物語の冒頭を完璧に暗唱できるや。

 昔のユエル……僕は盗賊になりたくてなりたくて、ひどく親を困らせた。

 ナイトフォックスごっこ、今だと懐かしく感じるなあ。


 さて、そんな話はともかく。


 僕がこのタイミングで盗賊ギルドに接触を図る最大の理由は、盗賊ギルドの動きそのものを知ることにある。

 なにより僕の動きがあずかり知らぬところで勝手に売買されたりするのは、ものすごく困る。

 今となっては盗賊になるつもりはないが、最低でも盗賊ギルドの会員になって、僕の情報が勝手にやりとりされないようにしなくては……。


 今回は組織を乗っ取るとか、そんな大それたことは狙わない。

 最低でもギルド会員になるために、今が旬の情報を売り込まねば。


「とはいえ、本当に接触できるのかは賭けなんだけど……」


 僕の知識はナイトフォックス物語で何度も練習した符丁だけだ。

 盗賊ギルドに接触したいときは、地面に金貨を置いて、月の光で狐の影絵を作り、狐の口の部分でコインを何度も咥えさせる。

 これを同じ場所で1時間以上続けるのだ。


 さて、これを今みたく実践していると……空き地でひとり、子供と呼ぶにはちょっとばかり育ちすぎた僕が一人遊びをしてるって絵ができあがっちゃうわけで。

 こんなところを誰に見られたりしたら、ものすごく恥ずかしい。

 ティーシャに見られた日には、もうお婿に行けないかもしれない。


「はあ、僕はこんな歳にもなって何を――」


 3時間ほど粘って、もう諦めようかと思っていたとき。


「ははっ、今時ナイトフォックスの符丁とはな。久しぶりに見た」

「えっ……?」


 突然僕の目の前に、影が差した。

 見上げれば、そこにいたのは黒く塗られたなめし革鎧を着た男。

 フードを目深に被り、目元は闇に隠されて見えない。


 シーッ、と口に指を立てる黒装束男。

 僕もシーッと真似をする。

 すると、今度は黒装束男が周りに誰もいないことを確認するかのようにゆっくりとあたりを見回し、今度は耳に手を当てながら誰かが潜んでいないか聞き耳を立てる。

 こ、この一連の動きはナイトフォックスの……!


「こんな時間まで夜更かしとは悪い子だ。何か俺に盗んでほしいものでもあるのか、小僧」


 主人公の子供がナイトフォックス物語で最初に言われるセリフ!!


「まさかナイトフォックス!?」

「そんなわけないだろ」

「じゃあ、ただの盗賊さん?」

「あんまり大きな声を立てるんじゃない。幸運が逃げちまうぜ」


 再びシーッと指を立ててくる。

 僕も再びシーッとやる。

 ウンウンと頷く盗賊さん。


 こ、この人。粋……!


「……えっと。やっぱりナイトフォックスはいないんですか?」


 今度は小声で訊いてみる。


「そりゃそうだ。あんなもんはおとぎ話だよ」


 ガーンだ……。

 ちょっぴり期待してたのに。


「だが小僧。そいつを遊び半分にやってたわけじゃないんだろう?」

「み、見てたんですか?」

「ああ、一仕事終える前に一回、終えて一回、駆け付け一杯やってから今って感じだな」


 うごごご、恥ずかしい。


「お前の様子からして、よっぽどの事情があるんだろう。口利きぐらいはしてやる。目的は?」


 この人、いいなあ。

 僕が大好きなタイプ。

 かっこいい悪党だ。


 ようし。

 こんなに恥ずかしい想いをしてまで、ようやく接触できたんだ。

 迷いなく最大の目的を口にする。


「盗賊ギルドに入らせてください」

「……言葉の意味はわかってるか? 手土産は? ナイトフォックス読んでるなら知ってるだろう?」

「えっと、ちょっと待っててくださいね」


 持ってきたナップザックから取引に使おうと思っていたものを地面に並べていく。


「なんだこりゃ?」

「えっと、これがタグリオットがエルフの奴隷売買をしてたっていう証拠の名簿と裏帳簿」

「……は? ちょ、待て小僧」

「こっちはタイバーデン伯爵の娘のスキャンダルで、えーっと、ああこれは衛兵副隊長の物資横流しの証拠だったかな。他にもいくつか。まあギルドでも共有されてるレベルのものあると思いますが」

「ストップ。小僧、ストップ」

「それと今だから価値のある情報です。明日の朝には、当局がタグリオットの屋敷に踏み込むと思います。この通り証拠は回収してあるんで盗賊ギルドとタグリオットとのつながりがバレることはないですが、手付かずの宝が当局に回収されると思います。アラーム魔法や警備の位置も全部提供できるんで、盗み出して僕に一部取り分をください。あ、それと盗賊ギルドの会合を密告したのはタグリオットでした。ギルドの裏切り者は奴です。まあ、たぶん今夜あたりにギルドとは無関係に殺されると思いますが……」

「お前!」


 盗賊さんが僕の口を覆い隠して、これ以上しゃべるなとばかりに再び指を立てる。

 だけどそれは、さっきみたいな芝居がかった感じではなく、切羽詰まった様子で。

 

「こんな情報どうやって……! いや、それよりお前、いったい何者だよ!」


 この様子なら……《友誼》を使うまでもなさそうだ。

 いや、いつもギフトに頼っていては駄目なのだ。

 そのことを嫌というほど思い知ったからこそ、僕は盗賊たちからその技巧を盗まねばならないと思ったんだ。


 トントン、と僕の口を覆う盗賊さんの手を叩く。

 ゆっくりと解放してくれる盗賊さん。

 僕は最大限友好的な笑みを浮かべて両手で狐の影絵を作り、床に転がったままの金貨をくわえさせた。


「どこにでもいるナイトフォックスのファンですよ、盗賊さん」

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