第12話 ドS勇者とおっぱいむぎゅー
大変遺憾ながら、僕はタグリオットからすっぱり手を引くことを決めた。
あれは無理だ。使えない。
遅かれ早かれ奴は破滅する。
盗賊ギルドは手を出しちゃいけない相手だってことぐらいエクリア人なら子供でも知ってる。クアナガルではそうじゃないんだろうか?
「礼を言うぞ、少年。おかげでタグリオットに血の代償を払わせることができる」
「いえいえ、全部ピゥグリッサさんのおかげですよ」
案の定、タグリオットの屋敷には対魔法のセキュリティがこれでもかというぐらい張り巡らされていた。
《偽装》は効果を発揮してくれなかったけど、ピゥグリッサが部屋の前まで同行してくれたおかげで怪しまれずにタグリオットのところまで行くことができた。
そして寝る前だけはタグリオットが護身用の対魔アミュレットを外すと教えてもらったからこそ、奴に《友誼のギフト》をかけることができたのだ。
《友誼のギフト》は1日1回まで使用できる。
何らかのクラスレベル10以下の人型生物(人間、エルフ、獣人など)の対象が僕のことを『同族の友人』だと錯覚する効果を持つ。
対象は友人に対して可能な限りの助力をおこなう。
効果はマインドベンダーのクラスレベル1ごとに1時間。つまり今は7時間だ。
僕が対象を攻撃したり殺そうとした場合には即座に効果が切れる。
自然に効果時間が終わった場合、『友人と出会った』という記憶しか残らない。
このギフトを使って、僕はタグリオット本人からやらかしてきた悪事を洗いざらい教えてもらった。
彼自身の証言をもとに証拠をかき集めてたときも屋敷内の警備やセキュリティの場所を事前に教えてもらっていたからこそ、《偽装》で誤魔化せそうもない番犬や魔法のアラームを回避できたんだしね。
本当に、ピゥグリッサ様様だ。
「それで、ティーシャ。奴隷の首尾はどうだった?」
「はい! そっちもうまくいきましたよ、ユエル様!」
ティーシャが嬉しそうに報告してくる。
「君が手に入れてくれた解除コマンドが決め手となってな。全員ではないが、私の同族はみんな勇者のために戦うと言ってくれている」
「そうなんですか……」
図らずも、僕のために命を賭けてくれそうな人たちが手に入ったのか。
んー、なんか思ってたのとだいぶ違う気がするけど。
「君に頼まれた通り……ユエル君が勇者だと言ってないぞ。お忍びの事情があるのだろう?」
「そうですね、助かります」
「ただ、彼らはこの街にはいられない。今はスラムに隠れているが、当局が動き出す前に街を脱出しなくてはな」
違法のエルフ奴隷はともかく、それ以外は合法だしなぁ。
一端は当局預かりになって、別の奴隷商人に引き取られるだろう。
正直、僕はそれでもよかったんだけど……ピゥグリッサがどうしてもというので、彼女の協力を得るため仕方なく従属の首輪の解除コマンドを聞き出してきた。
「私が責任をもって彼らを導く。だから君とともには行けないが……重ねて礼を言わせてもらう。ありがとう。この恩は必ず返すからな」
もちろん、お尋ね者となるピゥグリッサさんとはここでお別れだ。
奴隷を引き連れて街を脱出なんて、とてもじゃないけど付き合いきれないしね。
従徒化できればものすごい戦力になる気はするけど、一緒にいると……なんというか命がいくつあっても足りない気がする。
「ああ、それと――」
ピゥグリッサが咳払いをした、ところまでは見えたんだけど。
そこから先は反応できなかった。
「むぎゅっ!!?」
いきなり巨大な何か顔面に押し付けられた。
やわらかく、すっぽりと包み込んでくる。
……い、息ができない。
さらに首をがっしりと絞めつけられて、これっぽっちも身動きがとれない!
死ぬ、死ぬ、このままじゃ死ぬぅー!!
「ううっ……ここまでだ!」
「…………ぷはーっ!」
ようやく解放された!
必死に全身に空気を取り込む。
もう駄目かと思ったよ……。
どうやら僕はピゥグリッサさんに思いっきり抱きしめられていたらしい。
じゃあ、さっきのやわらかい感触は……。
「じ、じゃあな!」
ピゥグリッサさんは風のようにぴゅーんと去っていった。
……おっぱいむぎゅー。
楽しむ余裕なんて、ぜんぜんなかった。
「やっぱりユエル様はおっきい方が好きなんだ……」
自分の胸をぺたぺたと触りながら涙目で下唇を噛むティーシャに気の利いた言葉をかける余裕など、あるはずもなく。
「疲れた……今日は本当に疲れた……」
僕は全身を脱力させながら、汚れるのも構わずその場に大の字になるのだった。
宿に帰った僕たちはそれから丸一日、何もせずに過ごした。
部屋に引きこもって、のーんびり。
エルフ語を勉強したり、アイテムを整理したり、情報を吟味したり。
ティーシャが何やら色仕掛けというか、子供っぽいアプローチをかけてきてた気もするが……特に何か間違いが起きたりすることもなく。
いや。
「ティーシャ、僕は間違っていたよ」
「え? なにがですか?」
「僕は自分の力を試したいばかりに焦りすぎてた」
奴隷商人を介することで人を操り、ギフトをレベル上げしていこうなんて虫が良すぎた。
大事なのは、とにもかくにも情報だ。
焦ってすぐに成果を上げようとしても失敗する可能性が上がるだけ。
計画はもっとじっくりと進めるべきだったのだ。
時間制限があるわけでもなし……いや、魔王軍がエクリア王国を攻めてるから、あるっちゃあるんだけど。
別に見知らぬ他人がどれだけ死んでも胸は痛まないけど、さすがに故郷の村を焼かれるのは気分が良くない。
「今回はピゥグレッサさんのおかげでどうにかなったけど、一歩間違えば首輪を嵌められてた」
「そうですね……」
今回のことで収穫がなかったかというと、そうでもない。
タグリオットのところからちょろまかしてきた未使用の従属の指輪が3セットと、対魔アミュレット。
貴族や当局のスキャンダラスな証拠の数々。
それとお金が結構な額。
貴金属の類は盗品を売却する伝手がないから手をつけないでおいたけど、少しぐらいはもらってもよかったかな。
ああ、そうだ。
それで思い出した。
「ごめん、ちょっと出かけてくる。留守番お願いしてもいい?」
このままティーシャと何もせずのんべんだらりと過ごしたり、夜に抱き枕にする生活を続けるのもいいけど。
後のことを考えたら今動かないわけにはいかない。
「大丈夫ですけど……こんな夜更けに、どちらへ行かれるのですか?」
少し心配そうに尋ねてくるティーシャに、僕はやや憂鬱な気分で答えた。
「盗賊ギルド」
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