第11話 ドS勇者と奴隷商人

 今にも停止しそうな思考を必死に回転させる。

 これは、いったい何が起きているんだ?

 どうしてピゥグリッサがラグナールを吹っ飛ばす?


「えっ……これは?」


 ティーシャが口元を抑えながら目をぱちくりさせている。 


「ん? もちろん、君たちを助けるつもりだが。何か問題が?」


 ピゥグリッサが、わけのわからないことを言う。


 助ける?

 僕たちを?

 何から?


「どうして……あなたは奴隷商人さんの部下なんじゃ」

「ついさっきまでな。もう違う」


 ティーシャとピゥグリッサの会話が聞こえてくる。


 ええと、ピゥグリッサに《服従のギフト》を使ったら、従属の首輪と同じ形のチョーカーが割れて……。

 あ。

 あーあーあー!


「貴女も奴隷だったんですか!」

「そうだ。見てわからなかったか?」


 トントン、と首元を指で叩きながら笑い返してくるピゥグリッサ。


 そうか、さっき首を抑えてたのは従属の首輪がなくなって……自由の身になったことに気づいたって場面だったのか。

 どういう作用なのか不明だけど、従属の首輪と《服従のギフト》は相殺し合ったということらしい。

 それぐらいしかギフトが通ったのに従徒になってない説明がつかないしな……。


 って、ことは……まずい。

 この人が僕たちを助けるって言ってるのは……!


流通路そのひところさないでください!」


 僕の叫び声を聞いたピゥグリッサの獣耳がピンと立って、完了しようとしていた動作を中断する。

 今まさにラグナールに拳を振り下ろし、とどめを刺さんとしているところだった。


「そうはいかん。口封じをしておかなくては……」

「お願いです!」


 ギフトも何もない。

 ひたすら頭を下げて頼み込む。


「……わかった。縛っておくだけにしておこう。それでいいか?」

「はい! ありがとうございます!!」


 あっぶねええええええっ!!

 ここでラグナールまで殺されたら、僕の計画が完全におじゃんだ。


 いや、でもこの状況……リカバーできるのか?

 《服従》も今日の分は使ってしまった。

 しかも、ピゥグリッサを従徒にするどころか解放してしまっている。

 今更、あいつが死んだところで……。


「ユエル様……まさか、ここまで考えて?」


 ティーシャがキラキラした視線を向けてくる。


「ああ、計画通りだよ……」


 余裕の笑みを浮かべてみせるけど……そんなわけないだろ。

 ティーシャの目には、どんだけフィルターがかかっているんだ。


「よし、これでしばらくは大丈夫だろう。ここを離れるぞ」

「はいっ!」


 ラグナールを拘束し、周囲に人がいないことを確認し終えたピゥグリッサが僕たちを手招きした。

 ティーシャが元気よく追随する。

 この状況では、僕もそれについていくしかなかった。





「奴隷をすべて彼のものに?」

「はい、そうなんです。ユエル様はそうおっしゃっていました」


 人気のない裏路地に僕たちを連れてきたピゥグリッサが、僕たちから事情を聞き出そうとティーシャにあれこれと質問していた。

 僕は先ほどから黙秘を貫いている。


「様……か。ユエルといったな。彼は貴族の出か何かなのかね」

「えっと……その、とにかく立派な方で! わたしのことも山賊から助けてくださったんです!」

「ほう、彼が?」


 値踏みするように目を細めて僕を見るピゥグリッサ。


 ……いつまでも失敗を引きずっていても仕方ない。

 考え方を変えよう。

 ピゥグリッサがタグリオットと切れたというなら、彼女から情報を引き出せる。


「僕なんかのことより、ピゥグリッサさんに聞きたいことがあります。貴女は奴隷商人……タグリオットの奴隷だったんですね?」

「ああ、そうだ。数年前、奴にペテンにかけられてな……」

「僕たちはそのタグリオットに会うために、奴隷にされるフリをしていたんです」

「なるほど。先ほどの話からして、奴隷をなんとかしてやろうという魂胆だったか」


 いえ、奴隷をすべて僕のものにするつもりでした。

 なんて正直に答えようものなら、首から上がなくなるだろうな。

 大事なところはぼかしながら、ティーシャに話した内容と矛盾のないよう言葉を選ばなくては。


「なんとかして奴隷の所有権を僕にできれば、彼らに力になってもらえると思ったんです」

「ふむ……?」


 ピゥグリッサの表情は変わらないが、獣耳が片方だけぺたんとなる。

 眉をひそめてるみたいなニュアンスかな。


「よくわからんな。何故、君が奴隷を?」

「ピゥグリッサさんと同じですよ」

「……私と?」

「ピゥグリッサさんも何のゆかりもない僕たちを助けようとしてくれたじゃないですか」


 僕の言葉にピゥグリッサがはっとする。


「そ、それは君たちを抱き込んだ方が今後に都合がよかろうと……」

「はは、そんな打算的な行動には見えませんでしたよ」


 彼女は僕とは違って善人だ。

 言葉の端々と、何より行動から見て取れる。

 それならば彼女に同調し、あたかも僕がピゥグリッサと同じ善人だと錯覚してもらうことで仲間てごまとして引き入れあやつることができるかもしれない。


「ティーシャ、彼女には話そうと思う」

「……はい。それがユエル様のご決断でしたら。ピゥグリッサさんでしたら大丈夫だと思います」


 あたかも決意を固めたような口調で言うと、ティーシャは頷いて賛意を示してくれた。


「なんだ? なんの話をしている?」

「ほんの少し前に完全創造主さまから啓示を受けました」


 僕はピゥグリッサの質問を無視して、奴隷に見えるようにと思って着ていたボロボロのチュニックを強引に引きちぎる。

 胸の部分を露出して紋章を見せると、ピゥグリッサの目が驚愕に見開いた。


「僕は勇者です」




 

「ピゥグリッサめ、ずいぶんと帰りが遅いな」


 奴隷商人タグリオットは典型的なクアナガルのエルフだと思われている。

 選民思想に囚われ、エルフ以外のすべてを下等種族であると見下していて。

 むしろ奴隷としてエルフのために役立つことこそが彼らにとって救済になると確信している。

 そんな、どこにでもいる普通のエルフであると見られていた。


 他のエルフと違うのは金儲けのセンスがあることと、運がいいことだ。

 同業者のエルフ売買が露見したり、犯罪集団との関係が取り沙汰されたり、何故かライバルが勝手に自滅していってくれるのである。

 そういうときに救いの手を差し伸べて奴隷商人の事業を統合していたら、いつの間にかこの街で一番の奴隷商人となっていた。


 さて、では彼自身に後ろ暗いところは何もないのだろうか?

 本当に運がよかっただけなのだろうか?


 もちろん違う。

 タグリオットは盗賊ギルドの会員なのだ。


 同業者の犯罪が明らかになるのは、ギルド員に偽の犯罪の証拠を彼らの金庫に入れたりして当局に通報させていた……それだけの話である。

 本当に同族売買をしたり犯罪集団と結びついたりしているのはタグリオット自身。

 しかし、当局や貴族の弱みすら握っている彼が逮捕されることなど有り得ない。


「いやあ、すまんな友よ。仕入れに出向いた者がなかなか帰らんでな」

「いえいえ、滅相もない。待たせてもらっている間、なかなか面白い話を聞かせてもらいましたよ。他にも秘密はありますか? もっと聞かせてください」


 タグリオットは夜遅くまで『友人のエルフ』をもてなしていた。

 突然の訪問にもかかわらず、嫌な顔ひとつせずにご馳走を提供している。

 彼がそれだけ大切な友人だからだ。


「そうさな。二週間ほど前のギルド会合でガサ入れがあったんだがの。実はな、情報を流したのは私だったりするのだよ。おかげでいい金になったわ」


 笑うタグリオット。

 しばしの沈黙。


「…………なるほど。あなたは盗賊ギルドまで手玉に取っているわけですか」

「そうなのだよ。ギルドといっても所詮は賊の集まり。どうということはない」

「いろんな意味で、すごいですね。その胆力だけは見習いたいものですよ。ちなみに裏帳簿はどこにあるんでしたっけ? エルフ売買の」

「ああ、あれか。私室の本棚、四段目の右から二番目の本の中だ。なんだったら見るかの?」

「それには及びませんよ。場所さえわかれば充分ですから」

「そうかそうか」


 タグリオットは疑問に感じない。

 自分がどうしてペラペラと秘密をしゃべっているのか。

 大切な友人に話すことは当然だから何一つ問題ないのだ。


「それにしても、あなた自身はレベル10に達していないどころか、エルフには珍しい肥満体だったんですね。まさしく成功者の証です」

「ほほっ、そうかの。照れるわい」

「いやはや、最初からこうしていればよかったですよ。まあ、ピゥグリッサの情報提供と手引きがなければ、あなたまで辿り着けなかったでしょうが……」

「おお、ピゥグリッサのことを知っておったのか。あれは強いぞ。だが頭の方はからっぽでな! 同じ部族出身の奴隷を解放してやると言ったら、引き換えに従属の首輪をあっさりつけおった。もちろん、あの女の仲間は解放したフリをしてこっそりと売り払ってやったがの!」

「……いやはや、大した悪人ですよ。本当に。僕などは日々、未熟さを痛感しております」

「うむ、うむ。大事だからの、そういう謙虚な心がけは!」


 『友人』が帽子を被り、席を立った。


「さて、長居いたしました。そろそろお暇しなくては。今回のお話は大変面白かったので、知り合いに投書してもよろしいでしょうか?」

「そうしたいのであれば、そうするがよい、友よ! 今日はよき日であった!」

「本当にいい勉強になりました」


 他にやっておくべき野暮用を済ませてから屋敷を辞した『友人』は、少しばかり残念そうに呟いた。

 

「それにしても、まさか盗賊ギルドを敵に回していたとは。とんでもない地雷案件だったな。しかも裏切り者を探さず放置してくれると本気で考えているなんて。残念だけどタグリオット……あなたの肥満体は僕のポケットには少しばかり入りきらないみたいだ」


 その二日後。

 通報を受けた当局の衛兵が屋敷に踏み込んだとき、タグリオットがベッドの上で原因不明の変死を遂げていたことは言うまでもない。

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