第6話 ドS勇者とレベル
僕らの旅は極めて順調だった。
予想どおり《偽装のギフト》はとっても便利だ。
山賊はもちろんのこと、危険な肉食獣などにもまったく遭遇しない。
死体偽装のように何か別のものに見せかけたりすると、違和感から幻影を破られる可能性が高くなる。
だけど、見られても気にならない存在になっておく分にはリスクがほとんどない。
よっぽど僕個人を特定して探しているような奴じゃないと、偽装を見破るのは不可能だろう。
「このあたりの道はグッチャグチャですね……」
「だねー。転ばないように気を付けながら、ゆっくり行こう」
クアナガル管理帝国との国境が近くなってくると、雰囲気が物々しくなってくる。
エクリア王国は敗戦条約の関係で国境近くに駐留できる兵士の数を制限されているため、このあたりの治安維持に回す余裕がないらしい。
だから旅人も滅多に通らないし、街道も荒れ放題。
石畳もめくれあがっていたりするし、雨で変形した土なんかもそのままだ。
「んしょ、んしょ」
背負ったナップザックを揺らしながら、ティーシャがぴょんぴょんとでこぼこ道を跳んでいく。
結構な重さのはずなのに、その足取りはまるで衰えない。
ハーフでもエルフの敏捷性をしっかり受け継いでいるみたいだ。
「そろそろ休もっか」
「わたしはまだまだ平気です!」
ティーシャがニコッと笑いながら、こちらを振り返る。
違うんだよな~。
休みたいのは僕なんだよな~。
でも、さすがに重い方の荷物を持ってるティーシャが元気なのに、男の僕が先にヘバるのは沽券にかかわるしな~。
山賊砦で調達した物資のおかげで、食料と水に困ることはしばらくない。路銀もそれなりにある。
でも、それだけに荷物は結構多い。
これでもユエル君は森を駆け回る健脚少年だったのだけど。
「あっ……やっぱりちょっと疲れてきたみたいです。あそこで休みましょう!」
ティーシャが街道沿いの木陰を指差した。
「そ、そうだね。そうしよっか」
ああ、僕の疲れをティーシャに察されてしまった。
一生の不覚。
僕らはナップザックから取り出したチーズの欠片を摘まみながら、のんびり休憩していた。
「このあたりは戦場だったんでしょうか……?」
ティーシャがところどころに落ちている折れた矢や剣を見ながら言った。
「うん。ここらの丘陵地帯ではクアナガル軍とエクリア軍がしょっちゅう小競り合いを続けてたんだ」
「さすがはユエル様。詳しいんですね!」
「いや、それほどでもないよ。ただ『観』てただけだし」
前世を思い出す前も僕は相当なヤンチャさんだった。
退屈な薪割りをほっぽり出して、数日間サバイバルしながら遠出することもザラだったり。
このあたりでは、よく戦場を見学したりしたもんだ。
響き渡る怒号。降りかかる血しぶき。両親や恋人の名前を叫びながら死んでいく兵士たち。
スペクタクルで胸躍る光景に自分の本質をまだ知らない僕はわけもわからず興奮していた。
戦争が終わったときは心底落胆したっけ……。
あれ。そういえば前はユエル君の記憶は別人みたいに感じられていたけど、今は違うな。
ひょっとして神の言ってた魂の融合っていうのが進んでる?
確か、勇者のレべルが上がったらって少しずつって話だったけど。
「んー……?」
そういえば、勇者のレベルってどうやって上がるんだろう?
敵を倒したりすれば上がるもんだって当たり前みたいに考えてたけど、僕がこの手で殺した敵って山賊一人ぐらいだしな。
まだレベル1のままだと思うんだけど……。
「っていうか、レベルの確認ってどうやるんだろ」
なんとはなしの呟きにティーシャが真っ先に反応した。
「レベルですか? 自分のでしたら『レベル確認』って念じれば見えますよ」
「え。ティーシャ、わかるの?」
「わたしはレンジャーの『クラスレベル』が3の冒険者ですので!」
「えっ!? 冒険者!?」
「はい。まだ駆け出しですけどね!」
そ、そうだったんだ。
てっきり、何の脈絡もなく登場した取り柄ひとつない足手まといの戦災孤児か何かだと思ってたよ。
いや、戦争自体は少し前に終わってるんだし、自分の力だけで生きていくなら冒険者になるのも立派な選択肢か。
レンジャーは野伏……弓が得意で自然環境の中での活動にボーナスのある『クラス』だね。
道理で僕より旅慣れてると思ったよ。
ちなみに『クラス』というのは、この世界特有の法則のことだ。
兵士ならウォーリア、戦士ならファイター、魔術師ならソーサラー、僧侶ならプリーストとか、そんな感じらしい。
ユエル君も親に聞いただけだから、僕もそんなに詳しくは知らない。
ちなみに村人とか農民とか、非戦闘員の一般人にクラスはないらしいよ。残念!
「えへへ。勇者様なのにレベルの確認方法を知らないなんて。そこはわたしの方がちょっとだけ先輩だったんですね」
なんがそんなに面白いのか、くすりと笑うティーシャ。
かわいい。滅茶苦茶にしたい。
僕に裏切られたらどんな顔をしてくれるんだろうなぁ……。
「ユエル様? わたしの顔に何か……?」
「い、いや。なんでもない」
いや、さすがに駄目駄目。
欲望に忠実に生きるって言っても『信者』をむざむざ使い捨てるのは馬鹿のやることだ。
弄ぶのは、もっとどうでもいい奴ら……僕の敵になる連中にしておかないと。
「よ、よーし。レベルの確認をするよ」
「はい! 頑張ってくださいね、ユエル様!」
うぐぐ。レベル確認なんかで応援されると、さすがにむずがゆいな。
頭の中で念じるだけでいいなら、すぐにわかるはず……うん、見えた!
でも、これって……?
「マインドベンダー……レベル7?」
「聞いたことないクラスですね。勇者様ですしユニーククラスなのは当然なんでしょうけど……レベル7ですか。さすがですね!」
神に選ばれた勇者にはユニーククラスというものが付く。
世界にたったひとつだけのクラスとのことで、さまざまなギフトを使えるようになる……というのが勇者らしい。
それにしても僕の魂から派生したユニーククラスがマインドベンダーって……人心を操り弄ぶことに特化したクラスってことか。我ながら酷いな。
いや、そんなことよりも。
「……なんでレベルが7なんだろ?」
心当たりは山賊砦でのギフト使用ぐらいしかない。
使ったのは《口実》《偽装》《服従》《狂乱祭》の4つだけど、こんなに上がるものなのか。
いや、実験してみないとはっきりとはわからないけど……《服従》と《狂乱祭》の成果が大きかったせいかもしれない。
《服従》は僕より明らかにレベルの高いドルガルを操ることができたし、1か月に1回しか使えない《狂乱祭》では僕が想定していたより多くのフォレストウルフをバーサークさせられたし。
ていうか、レベルが7なら《服従》も2体まで従徒をストックできるのか……ドルガルを使い捨てたのは早計だったかな?
「あっ、わたしもレンジャーのレベルが4に上がっています! きっと隠密スキルを使ったおかげですね」
ティーシャの説明によると、ユニーククラス以外のベーシッククラス……つまりレンジャーみたいなクラスは関連スキルが上昇することで経験点が入ってレベルが上がるらしい。
《偽装のギフト》を頼ったとはいえ、山賊にバレずに捕虜を救助する行為に隠密スキルを使ったということだろう。
「うーん……できることがかなり増えてるな。ちょっと確認してみる」
「はい。私もそうしますね」
僕たちはのんびりと互いの成長を確認した。
日常の1ページを切り取ったような優しい時間をまったり過ごす。
ハーフエルフの美少女と二人っきり。
誰にも邪魔されない自由な旅の途中。
こんなシチュエーションは、きっと勇者にしか許されないんだろうな。
こうして戦場跡でうららかな日差しと生暖かい風を頬に受けていると、今にも無念の死を遂げた人々の怨嗟の囁きが聞こえてきそうだ。
生きたかったのに苦痛の中で命を失うしかなかった魂たちを差し置いて、幸せを満喫できるなんて……なんて最高なんだろう。
みんなが不幸なのに自分だけが幸せという状況は、僕の悪の魂にとっては癒やしだ。
我ながら、なんともおぞましい在り方だけどね。
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