第5話 ドS勇者と半血美女
とある村で見つかった勇者が迎えの使者の馬車ごと行方不明になったという報を受けた王は事態を重く見て、ふたりの騎士と従騎士20名を派遣した。
たかが数名の行方不明者を探すには過剰戦力だと大臣に反対されたが、魔王軍や隣国の仕業の可能性も鑑みた王の決定は覆らず。
街道を進んでいた捜索隊は狼煙のあがっているのを発見し、その『惨状』を目撃するに至った。
「これはいったい……どういう状況なのだ?」
捜索隊の隊長である女騎士セリアーノが茫然と呟く。
褐色肌で砂漠地方出身の彼女は王国騎士としては、かなりの軽装だ。
シミターの二刀流で踊るように戦う、いかにも異国流であったが……その強さは王の信頼を勝ち取るに足りていた。
数多の戦場で魔物を討伐してきた歴戦の猛者であるセリアーノがそんな呟きを漏らしたのは、その砦跡の状態があまりに異様だったからである。
ところどころフォレストウルフの死骸がうず高く積み上がっており、食い散らかされたと思しき人間の赤い肉片がこれでもかといわんばかりの悪臭のハーモニーを醸し出している。
従騎士の何人かがゲーゲーと吐いていたが、セリアーノは責める気にはなれなかった。
「姉さん! 中も凄まじい悪臭だよ! 入らないほうがいいって!」
「フォル! 公務中は隊長と呼べとあれほど!」
「ごめんよごめんよ! でも本当に酷いんだ!」
斥候とともに砦内部を偵察していたのはセリアーノの実弟、フォルガートであった。
戦闘はどちらかというと不得手で、今のような先行偵察が得意な騎士である。
今回の捜索隊編成も彼の斥候としての腕が買われた形であり、戦力的不安をセリアーノが埋める形で隊長となっていた。
……まあ、実際には何かと弟を溺愛するセリアーノが弟と引き離されると後が面倒だからなのだが。
「そういうわけにもいかん。中はひょっとしたら危険かもしれんし、お前は充分に働いた。もう下がるのだ」
「ええっ、でもまだ1階部分しか――」
「下がるのだ!」
ちなみに、ふたりが禁断の関係にあるという噂はまことしやかに宮廷雀によって囁かれているが、ある意味でそのスキャンダルは真実だったりする。
まあ、一方的に姉のセリアーノがフォルガートに求愛しているだけで、弟は至ってノーマルである。
「僕も騎士なのに。姉さんはちっとも認めてくれないや……」
などとブツブツ呟きながら肩を落としている弟を後目に、砦の内部へと入っていくセリアーノ。
「クッ、これは本当に酷い……」
フォレストウルフの死骸が外以上にギッシリと詰まっている。
獣臭がとにかく凄まじい。鼻を摘まみながらでなければ呼吸もままならなかった。
「とにかく撤去するぞ!」
かくしてセリアーノの号令でフォレストウルフの撤去作業が始まった。
この任務に就かされた従騎士たちにとってはまさしく悪夢のような時間だったが、それでも夕刻には作業が終わった。
「この砦で一体何が起こったのだ?」
「どうなんだろうね。まったくわからないよ、姉さん……」
ここが山賊のアジトだったことは間違いない。
かろうじて原型の残っていた死体が手配中のドルガルだったことは、先ほど確認できている。
状況からしてフォレストウルフの襲撃に遭ったドルガルが狼煙をあげていた。
しかし、近くには彼らを救援にこれるような山賊の分隊がいないことは確認できている。
何もかも奇妙であった。
「隊長! 地下に生き残りがいます!」
「すぐに向かう!」
地下牢には捕虜が複数人いた。
かなり状態の酷い者たちだったが、従騎士たちはかろうじて証言を取ることができた。
「ハーフエルフ?」
その単語を聞いたセリアーノは露骨な嫌悪を隠そうともしなかった。
「はい、隊長。拷問にかけられていた彼らを牢に入るように指示してきたのはハーフエルフの少女だと」
「山賊の一味なのか?」
「いえ、なんでも彼らと同じく牢に囚われていたはずだとか。しかし、件の……フォレストウルフの襲撃があったときに少女は牢の外にいて、山賊たちに不審がられる様子もなく、彼らを牢に誘導していたと……みんなが助かるためには必要なのだと全員に訴えていたとか」
「……現状の最重要参考人だな。見つからないのだな?」
「はい。また、勇者様が囚われていた痕跡もなく証言も取れませんでしたが、これが見つかりました」
「この衣装は……王国の使者が身に着けるものだ。勇者様を襲撃したのはドルガル一味で間違いないわけか……」
セリアーノは思案する。
証言を聞く限り、ハーフエルフの少女は生きているらしい。
だが、フォレストウルフが突然死んだあと……煙のように姿を消したのだという。
「彼らには早急に暖かい食事と寝床を用意してやれ!」
「はっ!」
勇者を見つけられなかったことには忸怩たる想いがあるが、希望はある。
幸いにしてフォレストウルフが食い荒らした死体の中に、勇者と思しき青年は発見できなかった。食われていたのは、すべて山賊だ。
手がかりはほとんど残っておらず、今のところは例のハーフエルフの足取りを追うしかない。
「それにしても、ハーフエルフなどと……」
セリアーノにとって、エルフは村々を略奪した憎き敵だ。
ましてやハーフエルフなどという者たちは彼らに孕まされた女どもがこの世に産み落とした汚点そのものである。
「この世界は人間のものだ。エルフなどすべて根絶やしにせねばならん……」
魔王が出現してからエルフと人間は共闘しているが、それも一時のこと。
あの野心を隠さぬ高慢種族は我々の背中を狙っているに違いない……セリアーノはそう考えていたし。
それは、あながち間違いと言い切れなかった。
「姉さん」
「フォル……聞いていたのか」
「もしもこれがエルフの……クアナガル管理帝国どもの陰謀だとしたら……」
フォルガートの推測は完全に的外れで、ハーフエルフの少女が現状をかき乱した挙句にいなくなっていたというだけの……状況証拠すらない完全な言いがかりだったのだが。
「ああ。可能性はかなり高いな」
過去の憎悪と弟への愛情から、セリアーノも間違った結論を導き出した。
……この世界は根深い憎悪に彩られている。
疑心から目は曇り、真実は覆い隠され、人々は耳障りのいい妄想を真実だということにしてしまう。
歴史は学ばれず、恨みだけが継承され、民衆の記憶もいともたやすく改竄されていく。
そんな時代の勇者としてユエルのような逸脱者が選ばれるのは、ある種の必然だった。
「いやあ、なんとかなったねぇ」
「はい、なりましたね!」
僕とティーシャは隠し通路から砦を脱出し、ついに街道へと出ることができた。
砦で調達した地図を見ながら太陽と星の位置から方角を確認。おおまかな位置関係を確認する。
それにしたってティーシャは満面の笑顔だ。世界で一番不幸ですって感じのオーラを纏っていた美少女はいったいどこに行ってしまったのだろう?
「それでユエル様、これからどちらへ向かわれるのですか?」
「えーっと、そうだねぇ……」
東に向かえばエクリア王国の王都がある。
僕が向かうはずだった場所だ。
神殿で真の勇者であるかどうかを諮問を受け、認められれば王への謁見……という予定だった。
「とりあえず西に行こうと思ってるよ」
「えっ……本気、なのですか?」
ティーシャが目をまん丸にした。
「西は……クアナガル管理帝国の国境がありますよ?」
「うん、だからそっちに行くんだよ。たぶん、僕はあの砦で死んだことになったし。今更王国に行くこともないかなって。それに、確かに僕は勇者だけど……使者の口ぶりからして取り込もうって意図が見え見えだったからね。きっとあそこで魔物を倒せ、あそこで魔王軍と戦えって指示出しされることになる。僕はそんなの御免被るよ」
無論、それは表向きの話だ。
その気になれば僕はいくらでも自由に動けるし、何なら権力中枢に食い込めればやりたい放題できる。
王国を裏から操る……なんて真似だってできるかもしれない。
しかし、現状のエクリア王国にはリスクを負ってまで陰謀の糸を垂らすだけの旨味はないだろう……というのが僕の推測だった。
かつてのユエル君が伝え聞いた話の記憶だけでも、かなり疲弊しているはずだ。
なにしろかつては西のエルフたち……クアナガル管理帝国には不利な敗戦条約を結ばされた挙句、今度は魔王の出現ときたもんだ。
王はかなり頑張っているが、門閥貴族をはじめとした内部構造が腐りきっている。
「でも、クアナガルは……」
「うん。エルフからも
「……いいえ。両親も、もう……」
何となく予想したけどティーシャは天涯孤独で、帰る場所もないみたいだ。
まあ、こんな時代だもんねぇ。
僕みたいなよっぽどの辺境育ちでない限り、誰もが戦争の被害を受けていると神が言ってた気がするし。
本当にどうにかできなかったのかよ、完全創造主とやらは。
「だから、よろしかったら……ユエル様の、その。お供として連れていただければと……」
「んー、実際それは助かるけどさ。本当にいいの?」
「はいっ! 如何ようにでもお使いください!」
「そ、そっか」
うんうん、やっぱりティーシャがあの砦の最大の収穫だな。
僕に与えられたギフトには、自分自身を強化するようなものはこれっぽっちもない。
基本的には他人をだましたり、他人を利用したり、他人を陥れる方向性に特化している。
強力なのも多いんだけど使用回数制限の多いギフトが目白押しだ。
だから僕の能力に関係なく、裏切る心配のない従者は本当に貴重だ。
ティーシャなら目の保養にもなるし、もうちょっと育てばベッドのお供にもなってくれるだろうしね。ムフフー。
残念ながら今のところ守備範囲外かな。
「……ところで、なんで僕のことを様付けするの?」
今更という気もするが、一応確認してみる。
ティーシャはさも当然ですとばかりに、あんまりない胸を張った。
「それはユエル様が真の勇者様だからです!」
あー、若いころは恋に目も眩むこともあるだろうけどさ。
きっと昔から騙されやすい性格なんだろうな。
チョロい。ユルい。そして何より僕にとって都合がいい。
完璧な三拍子が揃ってる。うん、最高だね!
「じゃ、そーゆーわけで。クアナガル管理帝国、行ってみよっか!」
「はいっ、行ってみましょー!」
こうして、僕とティーシャの二人旅が始まるのだった。
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