第4話 ドS勇者の山賊退治
砦に迫るオオカミの群れ。
部下と入れ替わった商品の死体。
こんなタイミングで現れる、にこやかな笑みをたたえる青年。
ドルガルは直感的に理解した。
「全部テメェの仕業かぁ!」
背負った大剣を大上段に構えて、青年に襲い掛かろうとする……が。
すんでのところで、それができないことに気づいた。
青年は……何故か牢の中にいたのだ。
確かに洞窟にも奴隷候補を屈服させるために死体処理の様子を見せるための牢を用意してあったが……。
「そんなとこに、どうやって入りやがった!? いや、そもそもどうして……!」
「いや、ほら。ここが一番安全そうだからね。それに鍵はほら。ここにあるからさ」
じゃらじゃらと鍵束を見せつけてくる青年にイラっとしたドルガルは、部下の一人を怒鳴りつけた。
「おい、あの牢の鍵の予備は!」
「う、上の階……かしらの部屋です!」
舌打ちする。
今更、あそこには戻れない。
まだルートは残っているかもしれないが、時間が惜しい。
業腹だが、オオカミどもが迫っている……今はとにかく逃げるしかない。
「クソガキが! 覚えてろよ……必ず見つけ出して殺してやるからな!」
ドルガルは屈辱を胸に、隠し通路への道を開くべく仕掛け扉のあたりを見た……そのときだった。
「待ってください。あなたはここで僕を守るんですよ」
「あぁん? 何言ってやが――」
青年の言葉が響いた瞬間、頭の中がとろけそうな快楽を覚えた。
ああ、とても心地いい。
「……そうだな。俺は、主人を、守らなきゃ……?」
いや、何かがおかしい。
あのガキは俺の主人なんかじゃ……。
「うーん、まだ効きが弱いかな? それなりに精神的ショックを与えて、入り込む隙間は作れたはずなんだけど。念じるだけじゃなくて、はっきりと声に出しておこうか」
くすりと蠱惑的で邪悪な笑みを浮かべたかと思うと、青年はさらなる言の葉をつづった。
「《
その瞬間、ドルガルは体の隅々までを何かに支配されていく感覚に身を委ねた。
絶対的存在に己が身を任せる快楽の波に自我が飲み込まれていく。
「……我が名はドルガル。どうか、なんなりとご命令を。我が主」
「ふふっ、うまくいったみたいだね」
青年……ユエルがドルガルに用いたのは《服従のギフト》だ。
使用された対象の自我を奪い、絶対服従の
従徒は自分の命が危機に晒される命令にも無条件で従う。
1日1回しか使えず、人間やエルフなどの人型生物及び動物にしか効果がない。
さらに自分よりもレベルの高い強い相手に対しては、心に隙を作る必要がある。
同時に従徒にできる数はレベル÷5(端数切り上げ)体まで。
「お、おかしら!? どうなっちまったんだ!」
「……さて、と。レベル的にストックはひとりが限界だからね。悪いけど君たちを生きたまま
「な、何を言ってやが――」
「ドルガル、命令だ。そいつらを皆殺しにしろ」
「はい、ただちに。我が主よ」
ドルガルの大剣が幾度となく振るわれる。
大した戦闘力もない、死体を相手にしてきた山賊どもは為すすべもなく惨殺されていく。
信じてついてきた頭領に裏切られて殺される姿はいっそ滑稽ですらあり、ユエルのこの上ない娯楽成分として消費されていった。
部屋から逃げていった山賊たちをドルガルが追撃しようとするが、その動きをユエルは制止する。
「もういい。奴らはどうせオオカミどもの餌食だ。ドルガル、次は隠し扉の開け方を教えろ」
「かしこまりました」
ユエルは抜かりなく、しっかり情報を手に入れた。
奴隷売買の情報、取引書類の保管場所など……知りたい情報のすべてを。
「さて、と。予想以上にすべてがうまくいっちゃったな」
というより、あまりにも事がうまく運びすぎてしまった。
勇者のギフトを前提とした、半ば行き当たりばったりの作戦だったというのに。
もうひとつのギフトの効果を確かめるために死体処理場を観察していたら、まさか頭領に《服従のギフト》を使えるチャンスが巡ってきて、しかも成功してしまうとは。
逆に何か見落としがあるんじゃないかと不安になる。
「主よ。他に御用件は」
うやうやしく
こいつは、もはや用済みだ。
貴重な従徒枠を山賊の頭領なんかで埋めておくつもりは毛頭ない。
どうせ、こいつは王都に連れて行けば縛り首だ。
処分方法は既に決めてある。
「砦の一番高い塔の上に狼煙をあげろ。邪魔する者は全て殺せ」
「御意」
保身のためなら誰であろうと殺すドルガルが、喜んで僕なんかのために死地へと赴いていく。
偽りの主のために死ねる幸福を胸に、華々しく損耗するのだろう。
栄光もなく、栄達もなく。もちろん吟遊詩人のサーガに名前が詠われることもなく。最期の瞬間まで正気に戻ることなく、使い捨ての駒として。
「まあ、僕らのような外道にはそういう死に方こそがお似合いだよ」
やや自重気味に笑った後に僕は牢から出て、ひどい血臭の漂う死屍累々の空間から
「あっ、ユエル様!」
ティーシャが牢屋越しに目を輝かせて僕を出迎える。
……って、様? まあ、勇者と名乗りはしたけどさ。
「もう、全員牢に入ってるの?」
「はい、ご指示通りに。聞いてください、本当に誰にも見咎められることなく助けられたんですよ!」
ひとつくらい失敗した方が面白かった気もするけど、どうやらティーシャの捕虜救助作戦もうまくいってしまったらしい。
僕が彼女にかけたのは《偽装のギフト》だ。
透明になる能力、とかではなく……当たり前のものとして認識させたり、別のものに見せかけたりする効果を持つ。まあ、一種の幻術だ。
死んだ山賊を僕とティーシャの自殺死体に見せかけたり、ティーシャが他の山賊に見咎められることなく奴隷候補たちを保護できたのは、この能力によるものである。
僕がいつでも逃げられると余裕をぶっこいていたのも《偽装のギフト》があるからだ。
幻術に対する知識がある奴に疑われると見破れてしまうらしいけど、これといった使用制限もない。
個人的には神から授けられた能力の中では、これがおそらく最強クラスに反則で、汎用性も高いとみている。これからも大いに助けられることだろう。
今回はティーシャに「本当にみんなを助けたいならやってみればいい、その勇気があるなら」……と、鍵の一部を渡して牢の外にいた奴隷候補たちを全員、牢の中に『保護』するように仄めかしたのだ。
効果が不明瞭な能力の実験台にされたとは露知らず、ティーシャが僕に向けてくる眼差しは純真な憧れに満ち満ちていた。
「それでその……『牢の外だと生き残れない』とおっしゃっていたのは、どういうことなのですか?」
「もうじきわかるよ……ああ、ほら来た」
僕がティーシャの入っていた牢にお邪魔して鍵をかけるのと同時に、遠吠えが砦の中に響き渡った。
「きゃあっ!? こ、これはっ!?」
血に飢えた獣どもが地下へと乱入してくる。
ついに砦の内部にまでオオカミの群れが侵入してきたのだ。
そして彼らは僕の姿を確認すると、まっすぐに僕のいる牢に向かってくる。
次々と体当たりしてくるが、砦の牢はかなり頑丈に作られておりビクともしない。
僕が使ったのは《狂乱祭のギフト》だ。
一か月に一回しか使えず、自分を中心としたかなり広範囲の『僕のレベル+5までの肉食獣』を対象として使用。彼らがバーサークして『僕めがけて』向かってくるという能力、らしい。
てっきり自殺志願者が使う能力なんじゃないかと思っていたけど、自分の安全を確保してから使うと、思っていた以上に強力みたいだ。
僕のレベルがもう少し高かったら熊かなんかも混ざって、牢が破壊されていた可能性もあったけど……その心配はしていなかった。とはいえ、予想よりも多いオオカミの数に少しびっくりしたけど。
ちなみに狂乱したオオカミたち……彼らは狂乱祭の効果時間が切れると同時に死んでしまう。
そして、僕が思っていた以上にオオカミたちの命はもたなかった。
ほどなくギフトの効果時間が終わると同時に、彼らは何の前触れもなく静かに事切れたのである。
ありがとう。まったく無関係な僕のために命を燃やしてくれて。
これっぽっちも哀れみなんて感じないけど、それぐらいの供養は心の中でしておこう。うん、心にもないけど。
迫りくるオオカミの群れに恐怖していたティーシャが急な静寂に、ぽかんと口を開いた。
「こ、これ。ひょっとして冒険者ギルドで討伐対象になってるフォレストウルフなんじゃないですか? 最近増えすぎて駆除も間に合わないっていう話でしたが……」
「そ、そうなんだ」
割と怒られるの覚悟で使ったんだけど、害獣退治もできちゃったってこと?
それって僕に都合が良すぎやしない?
……ああ、でも。なるほど。これが神に選ばれるってことの意味なのか。
なんというか……僕が言うのもなんだけど、酷い話だね。
もたざるものはどこまでいっても、もたざるもので終わるというのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます