第3話 ドS勇者の計画

 さて、予定よりだいぶ早く脱出できちゃったけど……どうしようか?

 まあ『戦利品』は充分なものが手に入ったわけだし、牢にいる間はどうせ情報収集もロクにできなかったから、これでいいのかな。


「あ、あの。ここにいても、わたしたちが逃げたってすぐバレると思うんですけど……」

「ん? ああ、大丈夫。しばらくの間は誤魔化せるよ」


 僕とハーフエルフ少女は山賊砦の地下倉庫と思しき場所に身を潜めていた。

 地下から上がろうとすれば、どうしても山賊の目についてしまうからだ。

 ここで食料と水を調達しつつ、作戦を練っているのである。


「ほ、他の人は助けてあげないんですか?」

「助けたいの?」


 僕の問いかけにハーフエルフ少女がこくりと頷いた。

 いい子だね。この状況下で随分なお人好しだ。

 きっと、夜の街でもこういう子が愛されるんだろうね。


「わかった。ただ、後回しだね」

「ど、どうしてですか……?」

「今助けても殺されるだけだから」


 僕の事もなげな答えにハーフエルフ少女が絶句する。


「牢に入れられるまでにざっと見ただけだけど。ほとんどが無力な人みたいだし、今のところは武器もないし。反乱を起こす気骨のある人がどれだけいるかな? 戦闘経験のある捕虜なら、手足の腱を切られているかもしれないしね」


 僕からすれば助けたいという気持ちはこれっぽっちもないけど、解放した人たちが混乱を起こせば陽動として利用できると思う。

 ただ、あまりいい方法とは思えない。山賊砦が一斉に警戒態勢に入り、僕たちも見つかりやすくなるからだ。


「もし助けるなら、救援を呼ぶのが一番だよ」

「救援……でも、どうやって……?」

「そうだね。いくつか考えられるけど、えっと……」

「……ティーシャです」


 僕が言い淀んだのをどう捉えたのか、少女がいきなり名乗った。

 そういえば名前を聞いてなかった。


「ティーシャはどうするのがいいと思う?」

「ええと、狼煙のろしをあげる……とか?」

「そうだね、悪くはないと思う」


 本来なら僕はとっくに王都に到着していてしかるべきだ。

 勇者を護送する使者が行方不明……となれば、捜索隊が出されていてもおかしくない。


「じゃあ、それもやろう」

「それ、……?」


 きょとんとして小首を傾げるティーシャに、いつもの無害スマイルを返した。


「実は、僕にいい考えがあるんだ」





「ったく。まさか、舌を切ってくたばりやがるとは……」


 山賊の頭領ドルガルは、苛立ちを隠しもせずにそれらの死体を見下ろしていた。

 と、向かいの牢のが揃いも揃ってしていたのである。

 こうならないよう、部下たちにも余計な躾を控えてさせていたというのに。


「なあ、おかしら。あの女の方はよう、俺らが使ってもいいか?」

「……好きにしろ。俺は遠慮しておく」


 死体処理を担当する部下のひとりの発言にあからさまな嫌悪感を覚えながら、ドルガルはぶっきらぼうに指示を飛ばす。

 そっちの趣味に関してドルガルは比較的ノーマルである……あくまで山賊の範疇においてだが。


「使い続けて壊れたら殺して、腐る前に焼くか埋めるかする。それが供養ってもんだと思うんだがなぁ……」


 ドルガルの呟きは対等の人間に向ける言葉ではなく、道具に捧げる感謝だ。

 そう、女はドルガルにとって自らの欲望を満たすための道具である。例外は商品だけだ。商品も金になる道具だが。

 そんなドルガルでも、山賊としてはノーマルな方なのだ。本当に。


「男の方も一応持っていくぜ、へへへ」

「いちいち言うな、好きに処分しろ!」


 こんな連中でも、自分に従っているうちはかわいいものである。

 魔王が現れてエクリア王国の力が衰え、あらゆる地方に貧困と山賊のはびこる時代……そんな中で、ドルガルはどこにでもいる典型的な山賊だった。

 普通と違うのは、昔のツテのおかげで人身売買で金を稼ぐことができる点だ。

 山賊を引退したら、手が後ろに回る前に稼いだ金で悠々自適な生活を送る……山賊であれば誰もが語る夢を、彼も懐いていた。


 だが、その夢はこの日を境に儚く散ることになる。


「お、おかしら! 大変だぁ!」

「なんだ、どうしたぁ!」

「オ、オオカミだ! オオカミの群れが砦に向かってるんだ!」

「オオカミだぁ……?」


 どうでもいいことに煩わされた気分になったドルガルは眉間にしわを寄せた。


「適当に脅して追い払えばいいだろうが! いちいち報告に来るんじゃねえ!」


 オオカミは馬鹿な動物じゃない。

 群れで行動し、弱った相手を集団で狩る。

 魔物と違って火も恐れるし、こんな人間のたくさんいる砦に入ってきたりはしない。


「そ、それが……違うんだおかしら!」

「何が違うってんだ! はっきり言え!」

「ひとつやふたつの群れじゃねえんだ! 本当にとんでもない数のオオカミが、この砦に向かっているんだぁーっ!!」

「んだとぉ!?」


 ドルガルはすぐさま砦跡の高台にのぼり、部下にいわれるまま周囲を見る。


「なんだありゃ……」


 オオカミだ。

 オオカミの群れだ。

 確かに部下の言う通り、とんでもない数の群れが四方八方からこちらに向かってきている。


 だが、あれは……本当にオオカミなのだろうかとドルガルは思った。


 砦の周囲には……無数の赤色が爛々らんらんと輝いていた。

 それらがオオカミたちの目だと気づけたのは、向かってくる群れの数のちょうど倍程度だったからである。

 ドルガルの背筋にただならぬ悪寒が走った。


「なんだかわからんが、とっととずらかるぞ!」

「えっ、でも商品と蓄えが!」

「そんなもんは命あっての物種だ!」


 山賊の頭領としてそれなりに長生きしてきたドルガルの経験が、すぐさま逃げるべきだと警鐘を鳴らしている。 


 あれはダメだ。

 関わっちゃいけない類のものだ。

 とにかくここから逃げなくてはならない――!


 ドルガルの決断は最速に近かったが、それでも遅すぎた。

 高台塔を降り始める頃には既に砦の外側にオオカミが迫ってきていたのだ。

 砦といっても破壊された外壁はそのままだし、閉める門もない。

 オオカミが周囲のかがり火を恐れることなく、壁の内側へと突入して、数匹がかりで部下を押し倒していく。

 彼らの悲鳴はオオカミどもの騒音にかき消され、群れは絶えることなく砦を押し流さん勢いで雪崩れ込んできていた。


(地下の隠し通路を使うしかねぇ……!)


 高台塔の窓から状況を確認したドルガルは、そのまま螺旋階段を降り続けて地下階へと向かった。

 幸い、砦の屋内には扉がついていてかんぬきもかけられるから、まだ少しの猶予があるはずだ。

 外の部下は見捨てるしかない。せいぜいオオカミどもの腹を満たしてくれることを祈るばかりだった。


「まったく、なんなんだよいったい……!?」


 何が起きているかはわからないが、普通のオオカミでは有り得ない行動だ。

 まるでどいつもこいつも狂乱して見境がなくなっているようではなかったか。


「お、おかしら大変だぁ! し、死体が……!!」

「邪魔だぁっ!!」


 進路を妨害してきた死体愛好家の部下を殴り飛ばしながら、ドルガルは走る。

 部下どもが知らない隠し通路はこの先だ。

 いざというときに部下を囮にして自分一人が逃げるための切り札。

 まさか王国の騎士団ではなく、あんなオオカミども相手に使う羽目になるとは思わなかった。

 ああ、そういえば死体処理に使っている砦の破損部分から伸びた自然洞窟の先に隠し通路もあるのだったか……。


 このときのドルガルの頭からはすっかり抜け落ちていたが、彼の目的地は死体専門の連中のお楽しみの場でもあった。

 自然、おぞましい行為に耽っているはずの彼らと遭遇することになるわけだが……。


「ひ、ひいぃっ! な、なんでなんだ……!」

「あ、おかしら! 来てくれたのか!」


 まだオオカミの襲撃を知らないはずの部下どもが、慌てふためいた様子でこちらを見る。

 まあ別に隠し通路はひとり用ではないのだから、こいつらもついでに逃がしてもいいか……自分ひとりでは今後の襲撃もままならなくなる。

 そんな山賊の頭領としての一瞬の思考が、彼の足を止めさせた。


「どうした、こっちでは何があった!?」

「ガキどもの死体が、いきなり変わって……!」


 連中が群がっていた床には死体がふたつあった。

 時系列から考えて、ここにあるのは自害した商品たちのはずだが、そこにあったのは……。


「なんでこいつらが……!?」


 部下の死体、だった。

 牢番のふたりだ。よく商品に手を付けようとしていたから顔も覚えている。


「なんなんだ、これは……なんなんだ!」


 すぐに逃げなければならない状況だったにもかかわらず、あまりにもワケのわからない事態の応酬に……ドルガルの頭は一瞬だけ真っ白になった。


「ふーん、なるほどね」


 その間隙に入り込むように。

 まるで、魔法か何かのように。

 その声は、スルリと……ドルガルの脳の中に心地よく響いた。


「ここにすっ飛んできたってことは脱出路はこっちにある……ってわけだったんだ、ね」

「テメェは……!」


 ドルガルが声のした方を振り返り……驚愕に双眸を見開く。

 そこにいたのはあろうことか、死んだはずの商品。

 その片割れの青年だった。

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