第7話 ドS勇者とアンデッド
いやあ、油断した。
さすがに戦場跡で野営するのは迂闊だったね。
あとは《偽装のギフト》を過信しすぎた。
「来てる!?」
「まだ追ってきます、ユエル様!!」
背後から切羽詰まったティーシャの声が聞こえてくる。
他にも、生者を恨んでいそうな呻き声が複数。
ちらりと肩越しに振り返れば、あら大変。
うすぼんやりとした光のような人影がいくつも僕たちを追いかけてきているではありませんか。
ゴースト……魔王が出現してから現れるようになった魔物の一種で、アンデッド……蠢く死者たちだ。
「そりゃ、あれだけ見せつければ怒るよねぇ!」
目の前で男女がイチャイチャしてたら、そりゃ僕でも「なんだコイツら」となる。
他者の不幸を踏みつけにして幸福を噛み締めるときは、それなりの報復を覚悟しなくてはならない。
やった方は一時のことでも、やられたほうは絶対に忘れないのだから。
だけど僕は謝らないぞっ。
「ユエル様、もっと速く走れませんか! このままじゃ振り切れません!」
「いや、本当に申し訳ない!」
ゴーストどもの追跡スピードはそんなに速くない。人間の早歩きぐらいのスピードだ。
だけどスタミナは無限……疲れることなく、どこまでも諦めずに追いかけてくる。
ティーシャだったら余裕で振り切れるだろうが、僕にはできない。
「ティーシャ、君だけでも先に!」
「できません! ユエル様を見捨てるだなんて、わたしには!」
逆の立場だったら余裕で見捨てる外道で本当に申し訳ない。
「アンデッドに効くギフトがあればなぁ……!」
生者のオーラに反応するアンデッドに《偽装のギフト》は通じなかった。
レベルアップを果たしたもののアンデッドに通用するギフト自体、まだ未取得だ。
クラスの特徴的にあるのかすら怪しい。
そして山賊から拝借した鉄製の短剣では非実体のゴーストにはダメージを与えられない。
すり抜けてしまうのである。
魔法が付与されているか、銀製の武器じゃないと駄目だ。
ティーシャも山賊砦で見つけた短弓を装備しているが、矢じりは鉄製だ。
どれだけ射ったって牽制にすらならない。
要するに、あのゴーストどもは本来だったら現段階で遭遇しちゃいけない敵なのだ。
とにかく今は逃げるしかない!
「くっそぅ、誰か通りがかってくれれば……!」
あのアンデッドたちを押し付けて戦ってもらえるのに!
「難しいと思います! それに、今は夜ですし……!」
ティーシャの言うとおりだ。
こんな夜更けにただでさえ利用されていない戦場跡付近に、人間なんているわけない!
いや、それでも今夜は月のある夜でよかった。
ハーフエルフのティーシャは夜目が効くけど、人間の僕は闇を見通せないし。
新月だったら何も見えなくて確実に死んでたや。
それにしたって本当に誰もいないのか?
ゴーストを倒せる武器を持っていて、居場所が確実に特定できて、使い捨ててもあと腐れのない戦力は……!
……あっ。
「ティーシャ、こっちだ!」
僕は逃げる方向を真横に変えた。
街道からは外れてしまったけど、月のおかげで方角はわかる。
「ユエル様っ、どちらへ!?」
「……僕にいい考えがあるっ!」
あそこなら確実にゴーストを討伐可能な戦力がそろっているはずだ!
「なんだあれは!?」
「ゴーストの群れだ!」
「消えろ、アンデッドめ!」
「クアナガルに屈服せよ!」
エルフの兵士たちが銀製の剣を掲げてゴーストたちに突撃していく。
僕とティーシャは彼らと行き違いに、そのまま走り抜けた。
「よし、うまくいった!」
作戦は非常にシンプルだ。
僕とティーシャに《偽装》をかけて、国境の検問に突撃しただけである。
ここにはクアナガル管理帝国のエルフ兵たちが駐在している。
アンデッドが出没する戦場跡付近に配属されているからには魔法や銀の武器を支給されているのは確実だと思っていたけど、よかった~。
「でも、明らかにゴーストの数の方が多いですよ。大丈夫でしょうか?」
「ああ、エルフ兵は精鋭だからね。きっと平気さ」
とは言ったものの、数の差は歴然だ。
エルフ兵がどれほど強いはか知らないけど、全滅するのは時間の問題だろう。
エルフの敏捷性だったら、何人かは逃げられるだろうし。
それにどっちみち敵になる予定だったから、排除する手間が省けてよかった。
「よし、僕らはこのまま進むよ!」
「は、はいっ!」
ゴーストのヘイトが完全にエルフ兵たちに向いたのを確認した僕はティーシャに一声かけて走り出した。
こうして、がら空きになった検問をあっさり突破した僕たちはクアナガル管理帝国内へと不法侵入するのだった。
勇者捜索隊は西のクアナガル国境に斥候部隊を送った。
戦場跡から離れた森の中で野営していたセリアーノは先行した弟……フォルガートの報告を待っていた。
「隊長、本当にクアナガルの仕業なんでしょうか?」
姉弟の仮説にやや懐疑的な従騎士のひとりが提言をする。
「さあな。それを確かめるための偵察だ。なに、フォルにはエルフどもを刺激しないようには伝えてある……そう心配するな」
部下を安心させようと優しく従騎士の肩を叩くセリアーノだったが、彼女の中には確信があった。
勇者が行方不明になったのはクアナガルの陰謀に違いない。
こちらが確保するはずだった勇者を手に入れて、何かを企んでいるのだ。
せめてハーフエルフの少女を確保できれば拷問して情報を手に入れられるのだが……。
セリアーノの思考はまるで見当違いで、見事な無能っぷりをさらけだしていたが……きちんと勇者ユエルに近づいているのは皮肉である。
「姉さん、戻ったよ!」
「隊長と呼べ。それでフォル、どうだった?」
「それが……」
弟からの報告を聞くにつれ、セリアーノの表情が険しくなった。
「クアナガルの検問部隊が全滅していただと?」
「うん、間違いないよ。さすがに近づいて調べるのは危険すぎるから遠目から見ただけだけど……」
自信なさげに肩を落とすフォルガート。
「いや、よくやってくれた」
愛する弟の労苦をねぎらうとともに笑みを浮かべるセリアーノ。
「これはきっと完全創造主様のお導きだ……」
セリアーノの頭の中には天啓が下りていた。
そもそも検問部隊の全滅があまりにも自分たちに都合が良すぎるわけだが、彼女の脳内では辻褄が合っていた。
セリアーノは自分が絶対に正しいと確信しているタイプの人物である。
そして、こういった者は特定の条件下で誰もが予想できないような愚かな決断を下す。
「よし……全員聞け。私とフォルは検問を超えて、クアナガル領内に潜入する」
「う、嘘だろ! 本気かよ姉さん!?」
「ああ、今この時をおいて他にない!」
従騎士たちの誰もがざわついて顔を見合わせる。
あまりにも無謀に思われたし、それは正しかった。
このまま下手を打って自分たちの活動がクアナガルに知られたら、相手側に戦争の大義名分を与えてしまうのは確実だ。
そのことに気づいていないのはセリアーノ、ただひとりである。
異国出身の成り上がり傭兵に過ぎないセリアーノに、政治のことはわからない。
剣の腕はたっても、頭のほうはからきしだった。
王はせめてフォルガートを隊長にして姉を副隊長に据えるべきだったのだが、彼女がここまで愚かだとは誰も知らなかったのだ。
姉弟に配慮した甘い人事が仇となった瞬間である。
「おそらく既に勇者はクアナガルへ移送されている。取り戻すにはもはやこれしか手がない。大丈夫だ、私とフォルならエクリア人ではないし、バレはせん。それに完全創造主様のお導きがあるのだからな」
このような盲目な思考ルーチンを持つ者は誰かの上に立ってはいけないのだが、前例は幾度となくある。
歴史を紐解いてみるまでもない。
「他の者は王への報告に戻れ。我々は検問部隊が補充される前にすぐ動く」
この決定により、姉弟の名がエクリア王国の騎士団から除名されるのは確定事項となった。
ギリギリ止められる可能性のあった従騎士たちはクアナガルへの敵愾心と上官への遠慮もあって、提言はせず。
ましてや常に姉の言いなりとなって流されてきたフォルガートに反対意見を言えるはずもなかった。
未来のユエルに言わせれば「愛らしいほど愚かで、近年稀に見る抱腹絶倒の喜劇」の下地は彼のあずかり知らぬところで、着々と進行していたのである……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます