第161話 婚約前夜 18
ポッケの杖から青い閃光が飛び出した。
自分の魔力の勢いがありすぎて、腕と体が飛ばされそうになる。
「うわっ!」
思わず杖を離しそうになると、ユーリが私の背中を支えるように立ち、一緒に杖を握ってくれた。巨大な青い閃光が、みんなの攻撃と重なって渦巻いた。薄暗い礼拝堂が、両者の攻撃から溢れ出る光で昼間のように明るくなり、積み重なる瓦礫から真っ黒な影が伸びる。
私の背丈ほどもあるジュダムーアの赤い閃光と、みんなの攻撃が合わさった私の青い閃光が激しくぶつかった。衝突した部分が熱を放ち、石の床が焦げ、地を揺るがす大きな大砲のような音が心臓に届く。もしユーリが一緒に握ってくれていなかったら、衝突の衝撃に耐えきれず杖を落としていたかもしれない。
初めは拮抗していた両者の光が僅かにこちらへ傾き、床の焦げが私たちへ近づいてくる。
「全員で……かかっても……ギリギリかよ」
歯を食いしばるガイオンの言葉の後に、薄気味悪いジュダムーアの笑い声が聞こえてきた。
「ボク一人を相手に、その人数でもこんなものか? やはり魔力こそ全て。魔力のないお前らなどここでひねり潰されるだけで、なんの価値もないではないか!」
私たちと違って、ジュダムーアはまだ余裕が残っているようだ。
イーヴォが「僕、もう……だめ」と言って杖を降ろしかけ、芽衣紗が手を添える。サミュエルの額からは汗が流れ、私の腕が痺れ始めた。
……もうだめかもしれない。
限界が近い私が「くぅっ」と小さく悲鳴を漏らした時、ユーリが耳のすぐ横で「シエラ、諦めるな!」と
気迫と同時に、私の手に重なるユーリの手からジワリと魔力のような力が流れ込む。それが私の魔力と合わさり、眠っていた力が揺り起こされる感じがした。
……そうだ、諦めるわけにはいかない。
私はみんなを守れる、ヒーローになりたいんだから。
自分を取り戻した私は最後の力を振り絞った。
「やあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
掛け声とともに、青い閃光が徐々に押し始め、ジュダムーアに迫り出した。
「くっ……なんだ……これは⁉︎」
劣勢になったと感じたのか、ジュダムーアが攻撃の方向を変え、巨大な魔力の塊となった私たちの閃光ごと横に跳ね飛ばし、壁や天井に大きな穴を開けた。
最上階にはジュダムーアの部屋があるのだが、あまりの威力に瓦礫は全て外に吹っ飛んだようで、礼拝堂にはほとんど落ちてこない。
この一瞬の隙に、大量の魔力を放出した全員が大きく息を吐いた。
一難去ったが安心することはできない。
私たちには、使える魔力は残っていないからだ。
息を荒げてよろける私を、ユーリがガシッと後ろから抱えてくれる。
「大丈夫か、シエラ」
一人で立てない状態を大丈夫と言っていいのか分からないが、私は「大丈夫」と息も絶え絶えに答えた。
横を見れば、床に突き刺した剣を支えに、肩で息をするサミュエルとアイザック。豪快に足を広げて床に座り込んでいるガイオン。イーヴォとバーデラックは背中を合わせて座り込み、芽衣紗はトワに抱きかかえられている。
……この中で、まだ動けるのはトワだけだ。
しかし、龍人の命令を聞いているトワが、芽衣紗を守るため以外にジュダムーアを相手にしてくれるとは限らない。もし、また同じような攻撃を仕掛けられたら、どうやって対抗したらいいだろう。
私が疲れた頭をフル回転させている時、異変が訪れた。
カランと、ジュダムーア杖を落としたのだ。
「な……んだ……? どういうことだ!」
ジュダムーアが目を疑うように、震える手を見つめていた。
そこに、子どもが実験に失敗したように残念そうな龍人が、両手を広げて壁ぎわから歩み出てくる。
「あーあ、残念。ダメだったか」
「龍人、お前……なにをした」
「なにもしてないよ。なにもしてない。ただ、タイムリミットが先に来てしまったんだ」
龍人が私の前で止まる。
「タイムリミット?」
私が疑問を口にすると、龍人がこちらを見て優しく言った。
「ジュダムーアのゲノム編集はまだ終わっていない。つまり、シエラちゃんの力で魔力による寿命の干渉は和らいだけど、もともと彼は体の限界が近かったから、単に寿命が来たんだよ」
「龍人……お前……ボクをだましたのか!」
事態の急変にみんながどよめく中、龍人が少し長めの前髪をかき上げ、ジュダムーアを一瞥した。
「やだなぁ、誤解しないで。だましてなどいない。僕は本当に、君と一緒に生きる未来を思い描いていた。ただこのゲームは、君の負けってだけさ」
「ゲーム…だと?」
「そう、国の未来を賭けた、最高に面白いゲーム。ま、どっちが勝ってもシエラちゃんが幸せになる未来は約束されているから、勝敗はどちらでも良かったんだけどね。僕はゲームがより面白くなる方の味方をしただけさ。結構盛り上がったでしょ?」
おちょくるような口調の龍人に、ジュダムーアがギリギリと歯を食いしばる。
「あははははははははははははは!」
「龍人きさまぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
龍人が狂ったように笑い、ジュダムーアが絶叫した。
その時、プツンと音がした。
私の髪の毛を結っていたゴムが切れたのだ。
ハラリと髪の毛が顔にかかる。
「このまま死んでやるものか……! 死ぬ前に、お前たちの一番大事なものを奪ってやる!」
ジュダムーアが震える手を私に向けた。
まずい。
自暴自棄になったジュダムーアが私を殺す気だ。
誰かが動くよりも先に、龍人が私の腕をつかんで引き寄せた。
そして後ろから私の首に腕をまわし、肘で締め上げる。
「う……ぐ……龍……じ……」
龍人は、みんなの顔が見えるように体の向きを変えた。全員が青ざめた顔でこちらを見ている。頭に血が集まり、私の意識がだんだんと遠くなる中、遠くからぼんやりと「服従の魔法だ」と言うガイオンの声が聞こえた。
「シエラ!」
サミュエルが剣を向けたのが見えた。
龍人を殺す気だ。
私は声を絞り出した。
「だめ……龍人を、殺さないで……」
「聞けない!」
サミュエルが一歩足を踏み出した時、弾丸のような影が飛び込んできた。
ドンと言う衝撃が龍人の体を通して私に伝わる。
「あっ!」
誰かが叫んだ。
私の肩に、生ぬるい感触が広がった。それが胸へ伝い落ちていく。
龍人の手が緩みゲホゲホと咳き込んだ私は、目を開けて自分の体が赤く染まっていることを知った。
……血だ!
はっとして頭を斜め後ろに向けると、龍人がゴボゴボと口から血を噴き出し、流れ落ちる血液が私の体を濡らしていた。
「龍人……!」
何が起きたか理解できないまま、私は命を繋ぎ止めたい一心で振り向き、龍人の姿を見た。
龍人の胸から真っ赤な手が突きぬけている。
背後にいたのは黒い服に身を包んだ女性。
「トワ……」
トワの腕が、龍人の胸を貫いていた。
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