第158話 婚約前夜 15

 瓦礫の間から、ジュダムーアが立ち上がった。

 血とほこりにまみれた長い髪。怒りと痛みで醜く歪んだ顔。月の光に照らされ、さらに不気味さを増している。


 ジュダムーアが、刺された脇腹を手でなぞった。

 すると、流れていた血が止まり、顔から苦痛が消え、かわりに恐ろしいほどの怒りを宿し、笑った。

 あまりの恐ろしさに全身の毛が逆立つ。


「効いてないのかよ……」


 ユーリが小声でつぶやいた。


 回復魔法はかなり力を必要とする。

 盗賊団のアジトでユーリを治したとき、私は死の淵をさまよった。先ほど、比較的長い時間をかけてイーヴォがサミュエルを治癒していたが、サミュエルの傷は回復しきっていない。

 それほど大変な魔法なのだ。


 ジュダムーアはユーリとサミュエルの渾身の攻撃を受け、かなりの深手を負っていたはず。

 それなのに……。


「こんなもの、ボクの力なら一瞬で治る。案ずるな。死ぬ順番が多少変わっただけだ。全員一緒に送ってやる」


 ジュダムーアの憎悪の瞳が、ユーリを睨みつけた。

 ユーリが腰にさした棒をビュンと振って、再び双剣を握る。


 ユーリと一緒に戦おうとサミュエルが立ち上がるが、足に力が入らず再び膝をついた。剣にもたれかかり、悔しそうに歯を噛み締める。

 それに気が付いたユーリが、ジュダムーアから目を離さずに言った。


「サミュエル、俺に任せてちょっと休んでろよ」

「しかし……」

「へへっ。そんなにボロボロになって、いっつも一人で背負おうとするんだから。俺は……俺はサミュエルの弟だろ。少しは頼ってくれよ」

「ユーリ……」


 ユーリの言葉に、サミュエルは嬉しいような、心配のような、複雑な顔をした。

 そのやりとりで見えない絆が見えた気がして、私はすっかり胸を打たれた。


「その通りだよ!」

「えっ? シ……シエラ⁉」

「シエラ、なにを考えている!」


 私は龍人のもとを離れ、ユーリに駆け寄って肩を並べた。

 ユーリがすっとんきょうな声を上げ、立膝のサミュエルが眉間に皺を寄せる。


「私だって、力になれるよ! なんてったって、ポッケと一緒にジャウロンを倒したんだから!」

「ぴ!」


 偉そうに胸を張る私と、頭の上のポッケにユーリがたじろいだ。


「おい、危ないからシエラは引っ込んでろって」

「ユーリの言う通りだ。ジュダムーアの相手は危険すぎる。頼むから下がっていてくれ」


 二人はおろおろしながら私を説得しようとする。

 しかし、私は小さい頃からずっと一緒にいたユーリの横にいることで、いつもより気持ちが大きくなっていた。今なら何でもできるような気がする。


「私はユーリとサミュエルの妹でしょ。少しは頼ってちょうだい!」

「……参ったな」


 自分が言ったことと同じことを返され、ユーリが顔をしかめる。


 私はなにを言われても引く気はない。

 この数時間、みんなが傷くのを嫌と言うほど見てきた。心臓が潰れそうだった。これ以上だまって見ていることは、もうできない。それに、今はユーリ以外みんな負傷している。ユーリ一人を矢面に立たせることは絶対にしたくない。


「きっと、今は私が一番魔力が強いはずだよ」


 どれだけの余力があるのか分からないが、みんなとの戦いでジュダムーアはかなりの魔力を使っている。そして、カトリーナの魔石を受け継いだ私は、きっとジュダムーアの次に魔力が高いはずだ。つまり、今はジュダムーアに匹敵する魔力を持っているだろう。

 正直、戦い方は良く分からない。

 だけど、ユーリと協力すれば、この場を何とか切り抜けられる可能性がある。


 私の思いが伝わったのか、ユーリとサミュエルが顔を合わせて小さくため息をつく。

 そこに、怒りを孕んだジュダムーアの声が聞こえてきた。


「枯れ木のシエラ、どけろ、ボクの邪魔をするな」

「やだ、どかない!」

「歯向かうなら容赦はしない。そいつらと一緒に殺されるつもりか」

「違う。誰も殺させないために立ってるの」


「誰も」の中に、ジュダムーアは入っているのだろうか。自分の言った言葉に戸惑いを感じる。

 思い通りにならない私に、ジュダムーアが明らかに激高した。


「なぜ言うことを聞かない! ボクの言うことを聞け! どうあがいても、お前たちではボクに勝てないんだ!」


 ジュダムーアが、威嚇するように私とユーリの間に閃光を飛ばし、床をえぐった。

 二人はとっさに飛び上がり、直撃を回避する。


「あぶないっ!」

「次は頭だ。大人しく言うことを聞け! 枯れ木のシエラァァァっ!」


 ジュダムーアが私に向かって閃光を飛ばした。ユーリがすぐさま私を抱え、ピョンと大きく飛び上がる。

 次の攻撃が来る前に、ユーリが早口で話し出した。


「シエラ、もしかしてなにか作戦でもあるのか?」

「ない!」

「……だと思った! 見た目は変わっても、鉄砲玉のシエラは健在だな」


 ユーリがほんのわずかに私のドレスに目くばせをした。

 正論を言われた私がぐうの音を漏らす。


「ぐぅ。でも私、ユーリと一緒ならなんとかなる気がするの!」

「ハハッ、確かにな」

「でしょ! ……ねえ、ジュダムーアって、やっぱり殺さないとだめなのかな」


 私を抱えたユーリが、大きな瓦礫の上にストンと着地した。


「……シエラ?」


 苦笑していたユーリの時が止まった。私の言葉に戸惑っている。

 言うべきじゃなかったのかもしれない。

 しかし、小さい頃から私のことをよく理解してくれていたユーリなら、私の気持ちを理解してくれるんじゃないだろうか。背中を押してくれるんじゃないだろうか。

 そんな期待を抱かずにはいられなかったのだ。

 だが、今は時間がなさすぎる。


 私のつぶやきにユーリがなにかを言いかけた時、ジュダムーアの杖が赤く光った。

 私とユーリが同時に身構える。


「言うことを聞かないのなら力ずくで支配するまで! 後悔するがいい!」


 ジュダムーアが赤い炎のような気をまとった。

 次は本気だ。


「シエラ! 来るぞ!」

「ポッケ!」

「ぴっ!」


 ここで殺されるわけにはいかない。

 ここで殺させるわけにはいかない。


 私はジャウロンの杖に変身したポッケを握り、攻撃される前にブンッと振った。

 ジュダムーアを止めて見せる!


「爆炎っっっ!」


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