第157話 婚約前夜 14

 ————六日前。


「えっ? 俺だけメンバーからはずれるの⁉」


 ユーリが突拍子もない声をあげた。

 その肩で寝ていた、黒猫のキングが迷惑そうに目を開ける。


「もー、突然大きな声出すなよ。せっかく気持ちよく寝ていたのに」

「ご、ごめん、キング」


 ガイオンは、申し訳なさそうに謝るユーリと、不機嫌そうに「ニャー」と鳴く猫を見比べた。キングの言葉はユーリにしか聞こえていない。


「ライオットの騎士はその方が良いんだよ」


 ユーリとキングを不思議そうに見ながら、ガイオンが話を続ける。


「魔力を持つ者同士なら力を相殺できるが、ライオットは魔力を持たないからな。いくら体が頑丈で、訓練を積んでいたとしても、真正面から魔法の攻撃をくらえばひとたまりもない。だから、ライオットの騎士は最初から最前線に出ることは少ないんだ。その代わり」


 ガイオンがキラリと目を光らせ、ユーリの鼻を指さした。


「敵にとどめを刺す一番重要な役目をまかされる。ベルタだってそうだ」


 シエラが龍人にさらわれたとき、ガイオンの父と一緒に協力してくれたイルカーダの副騎士団長ベルタ。

 彼女はユーリに、人種や性別をものともしない、凛とした姿を見せてくれた。

 ユーリは、ライオットの彼女と肩を並べたときに抱いた、尊敬の念を思い出す。


「ベルタが、一番重要な役目?」

「そうだ」


 つまり、自分がベルタと……あのかっこいいベルタと同じ役目を担うことになるのか?


 言葉の裏に隠れている意味を感じたユーリは、無意識に目を輝やかせた。


「魔力は無限に使えるもんじゃねぇだろ? 大きな魔法を使うか、繰り返し魔力を消費すればガーネットだってへばっちまうからな。分かるか?」


 ユーリは、屈強な騎士たちが力尽きていく中、悠々と戦場を駆け抜けるベルタの姿を思い浮かべた。


「見たことはないけど、なんとなく分かるよ」


 ユーリの声に興奮の色が混じっていた。

 それを、野生のカンで敏感に感じ取ったガイオンが、ニイッといたずらっ子のように笑う。


「魔力抜きで考えたら、ライオットが世界最強だからな。相手も味方もへばったタイミングで、身体能力が一番優れているライオットがとどめを刺す。これが一番勝利に近い戦略だ。イルカーダでは、ライオットは最強の切り札なんだ」

「そういえば……。会ったばかりのとき、トワも似たことを言ってた……気がする……」


 魔法が使えないライオットに生まれたことで、他の人種からさげすみの対象とされてきた。一人では護りたいものも護れないのかと、自分に落胆したこともある。


 でも、シエラと旅に出て、仲間と出会い、人生が大きく変わり始めた。

 今は元騎士団長のガイオンとアイザックが毎日稽古をつけてくれて、それなりに戦う技術もついてきた。

 そして、ベルタという目標を見つけ、今、自分が彼女と同じ役割を担おうとしている。


 嬉しそうに頬を赤らめてガイオンの言葉を噛み締めるユーリを、芽衣紗が肘でつついて茶化した。


「ひひっ、ユーリ、めっちゃ美味しい役じゃん!」

「ま、その前に俺たちがかたをつければ出番はねぇんだけどな」

「私もいるし、元騎士団長が二人そろえば出番はないかもしれないな。すまない」

「龍人さんの次に天才の私もいますからね。ユーリさんは安全な場所からゆっくり見ていてください」


 みんなにからかわれ、ユーリがたじろぐ。


「えぇぇぇっ、それじゃ困……いや、むしろその方がいいのか?」







 一瞬の出来事だった。


「やあぁぁぁぁぁっ!」


 どうして鳥に乗っていたのか、なんで初めからいなかったのか、そんなことはどうでも良かった。ユーリの姿を見ただけで、「きっと助けてくれる」、そんな信頼感が私を支配したからだ。


 私は、小さい頃からいつも守ってくれた、頼もしい兄の名を呼んだ。

 薄暗闇に、綺麗なオレンジ色の軌跡を残す双剣。

 月明りを背負うユーリがジュダムーアの背後へ落ちていく。


 背後に敵の気配を感じたジュダムーアが、すぐに身をひるがえした。

 表情までは見えなかったが、体をこわばらせ、不意を突かれて驚いているように思えた。


 ジュダムーアは体制が整わないまま、ガイオンに向けていた杖をユーリに向けた。

 赤い閃光が走る。ヒヤリと私の背筋が凍ったが、狙いが定まっていな攻撃は、ユーリの横をかすめて空へと向かった。


「はあぁぁぁぁぁっ!」


 間を詰めたユーリがコマのように体を回転させた。

 オレンジ色の光が薄暗闇に二重らせんを描き、ジュダムーアに切りかかる。

 攻撃を避けようとしたジュダムーアがとっさに両手を前にかざし、やいばを受けた。致命傷は免れたが肩と脇腹を切られ、流れる血で純白の髪が赤く染まる。


「おのれ、ライオットがぁぁぁぁぁぁっ!」


 怒りを爆発させるジュダムーアがユーリを逃すまいと、片腕を掴んで向かい合った。ユーリに向けられた杖に再び赤い光が灯る。

 負けじとユーリが自由な方の手で双剣を振りかぶった。


 近すぎる。

 どちらもよけきれない。

 私が二人を心配していると、下から黒い影が飛びあがった。

 その影が、勢いよくジュダムーアにぶつかる。


「がはっっ!」


 ジュダムーアが口から血を噴き出した。

 なにが起きたのだろう。


 ユーリとジュダムーアに気を取られていた私は、ジュダムーアの身になにが起きたのか一瞬理解できなかった。

 しかし、すぐに事態を把握する。

 ジュダムーアの脇腹をつらぬいていた剣が、緑色の光を帯びていたからだ。


 サミュエルが黒い長髪をなびかせ剣を引き抜き、ジュダムーアを思い切り蹴り飛ばすと、くるりと身をひるがえしてユーリと一緒に降りてきた。

 その直後、遠くに落下したジュダムーアが瓦礫に突っ込み、激しい音を立てた。

 私の手が無意識に口を覆う。


「……やったのか?」と聞くユーリに、「さあな」と答えたサミュエルが、よろめいて膝をついた。

 ユーリは双剣をただの棒に戻して腰に刺し、サミュエルの肩を支える。


 離れたところから「終わったのー?」と、ヘロヘロのイーヴォの声が聞こえてきた。

 ピアノの影から、イーヴォと芽衣紗が支え合いながら顔をのぞかせる。


 ……ジュダムーアは死んでしまったのだろうか。


 呼吸を止めていた私は、やっとのことで震える息を吸い、恐る恐る状況を伺った。

 そして、自分の体を拘束していた縄が消えていることを知る。


「あっ」


 ……ジュダムーアの魔法が消えたということは。


 勝敗が決した。

 ジュダムーアを倒した。


 ジュダムーアが……死んでしまった。


 そう理解した時だ。

 パラパラと小石が転がる音に混ざって聞こえる、低い唸り声。


「……ボクに傷をつけるなんて……ゆ……許さない!」


 瓦礫の間から、血にまみれ、怨霊のようなジュダムーアが立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る