第155話 婚約前夜 12
稲妻がサミュエルを飲み込もうとする。
私が叫び声をあげたとき、聞き覚えのある元気な声が耳に届いた。
「ひいぃぃぃやっほぉぉぉぉ! 女は度胸ぉぉ!」
「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
隕石のような黒い影がまっすぐに飛び込んできた。着地の衝撃で礼拝堂が揺れる。
そしてすぐに閃光がぶつかり、バーンという激しい音とともに爆風が吹き付けた。髪が逆巻き、眩しさで反射的に目を閉じる。
光と風がおさまり目を開けると、サミュエルの前にロボットに乗った芽衣紗とイーヴォがいた。
「芽衣紗、イーヴォ!」
私は二人の登場に驚きつつ名を呼んだ。
その後ろにいるサミュエルがわずかに動き、私は命が助かったことを知る。
「うひょー、めっちゃやばっ! もしかして今の、一億ボルトあったりして! ……ん-、残念ながらそこまではないか、人間だもの。芽衣紗」
「なに余裕かましてるの、狂ってるの⁉ うわぁっ」
ぐらりと揺れた機体に驚き、プルプル震えているイーヴォが芽衣紗の腕に絡みついた。
カトリーナの夫の攻撃で両方の前足が吹っ飛び、ロボットの機体がバランスをくずして傾いていく。
「ロボット壊れちゃってるじゃん! げっ、ガーネットだけじゃなくてジュダムーアもいるし、どうすんのこれ⁉」
「チッ、足を持ってかれた。バリアに改善の余地あり。でも大丈夫」
芽衣紗が機内のホログラムをポチポチ操作した。すると、ロボットが後ろ足で立ち、変形をはじめる。急に高さが変わり、隣に乗っているイーヴォが焦りを見せた。
「うわっ!」
「じゃーんっ、二足歩行もできるのだ! 四足に比べて操作が難しいけどね。でも大丈夫、芽衣紗様にかかればこんなの簡単に……」
敵が再び杖を構えたことに気づいたイーヴォは、得意げに説明を続ける芽衣紗の肩を連打した。
「ちょちょちょっ、いつまでしゃべってるの! 来る来る、来るってば!」
「あぁん、せっかちだなぁ。権力のあるガーネットさんでも、そんなんじゃモテませんよっとぉ」
芽衣紗がホログラムを操作しながら言った。
「イーヴォ、降りて」
横の扉が開き、イーヴォがギョッとする。
「はっ⁉ 無理やり連れてきて、何言ってんの? 僕を殺す気⁉」
「ちーがーう。後ろを見て」
サミュエルは自力で立つこともままならず、血だまりの床に膝をつけて剣にもたれかかっていた。
「うわ、サミュエル血まみれじゃん……大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないでしょ! サチュレーションが90%を切ってる。激ヤバ。私があいつを引き付けるから、速攻で治してあげて」
「うぇっ⁉ 僕はジャウロンの幻覚で疲労困憊なんだから、回復魔法なんて難しいの、できないよ! あれ、超魔力消費するんだもん」
「つべこべ言うな、なんとかなる! こっちも命懸けなんだから。行け、イーヴォ!」
芽衣紗がイーヴォを蹴り出した。女の子のような悲鳴を上げてイーヴォが転がり落ちる。
そして芽衣紗は、ロボットのアームをレンコンのような形に変形させ狙いを定めると、アームを回転しながら弾を乱射した。
対抗するようにカトリーナの夫が杖を振る。
すると、稲妻が豹の形を成し、光の速さで駆け抜け、ロボットの攻撃を片っ端から飲み込んでいった。
その様子を見ていた龍人がクスクス笑う。
「ふふふっ、作戦が丸聞こえなんだけど」
一連の様子をだまって見ていたジュダムーアが、抱えている私を龍人に押し付けた。
龍人は壁際まで移動し、ジュダムーアが吹き飛ばした長椅子の一つに腰を下した。そして私の唇から流れる血をハンカチでそっと拭う。
「イーヴォ。お前ではボクに勝てない。余計なことをするな」
脅すようなジュダムーアに詰め寄られ、青ざめたイーヴォが「いぃぃぃっ」と声にならない悲鳴を上げた。
その手はサミュエルの背中に当てられている。回復を試みているようだが、このままでは回復しきる前に殺されてしまいそうだ。
振り返った芽衣紗が顔をしかめるが、カトリーナの夫のが次々に雷を落とすせいでうかつに近寄れないでいる。芽衣紗だけで二人の相手は無理だ。
私が危惧していると、ジュダムーアの杖の先に赤い光が灯った。
まずい。
「イーヴォ!」
私は龍人の膝の上で叫んだ。
暴れる私が転げ落ちないよう、龍人の手に力がこもる。
「龍人、離して!」
「だめだよ、もう少しだから待って」
ジュダムーアが攻撃しようと杖を向けたとき、イーヴォの前に二人の人影が割り込んだのが見えた。
ガイオンとアイザックだ。
「まだいけるか、ガイオン」
「もちろん。イルカーダの男がこれしきでへばってられるか!」
二人の威勢の良い声が聞こえてきた。
昔の血が騒ぐのだろう。傷だらけだが、少しも引くことなくジュダムーアと向かい合う姿は、どことなく楽しそうにも見える。
元騎士団長二人が登場した隙に、イーヴォがすかさずサミュエルを肩に抱えた。こういうときの行動は早い。
ちょっと小柄なイーヴォには身長差が大きかったようで、ふらつきながらピアノの後ろまで逃げる。
すぐにガイオンとアイザックがジュダムーアと戦闘を始めた。
アイザックの氷の矢とガイオンの衝撃波が渦を巻く。ジュダムーアが赤い光を放った。両者の攻撃が衝突し、ビリビリと空気が震える。
軽々と攻撃を繰り返すジュダムーアは、二人を相手しながらも余裕の表情だ。反対に、ガイオンとアイザックが少しずつ後ろに押されていく。
このままではみんなが危ない。
身動きの取れない私は、震える声で懇願するように龍人へ訴えた。
「龍人、お願い助けて……みんなが死んじゃうよ……」
龍人は私を見ずに、戦況を伺いながら言った。
「なにか問題なの? 暴力によって勝ち負けを決めるって、そういうことでしょ。誰も死なないと思ってた? そんなわけないよね。だって、これは戦争なんだから」
無慈悲とも思える龍人の言葉に、心臓がドキリとはねた。
確かに私は、ジュダムーアに勝って革命を成功させようと決意して来たが、仲間が死ぬなんて本気では思っていなかった。心のどこかで大丈夫だと思っていた。
自分の甘さを突かれ、言葉を失う。
「僕はシエラちゃんのためなら全てを捨てても良い。きっと、サミュエルも、他のみんなも同じ気持ちだと思う。ただ、僕らは目的が違うんだ。だからこうして暴力で解決するしかない。みんな、シエラちゃんのために命をかけて戦っている。そして、結果として僕が勝つだけ」
龍人がまっすぐに私を見た。
「みんなが死んでも仕方がない」
「そんな……」
私はどの人種も平等に生きられる国で、幸せに暮らしたいと思っていた。
しかし、そのために仲間を失うかもしれない。それも、私がジュダムーアに気を許したせいで。
目の前で繰り広げられている死闘の原因は全て私にある。
その事実をはっきりと龍人に突きつけられた気がした。
龍人と話しているうちに、ジュダムーアが杖を振り、ガイオンとアイザックが吹き飛ばされた。
少し離れたところで、流れる血に額を赤く染めた芽衣紗が、ぴょんぴょん飛び跳ねて攻撃をかわしている。よけきれなかった一筋の光が、残っているロボットの足を吹き飛ばした。投げ出された芽衣紗に向かって、
震える私は、悲惨な光景に小さく悲鳴を上げ続けた。
「代償だよ」
どこかからトワがあらわれ、ギリギリの所で芽衣紗を抱きかかえ、横に飛んだ。豹がそれを追う。
妹の命の危機に、表情ひとつ変えない龍人が話を続けた。
「もちろん、僕だって死ぬ覚悟を持ってここにいるよ」
「でも……でも、龍人は死なないでしょ? だって……」
「致命傷を受ければ別だよ。僕と芽衣紗は永遠に若返り続けるベニクラゲの遺伝子を持っているけど、基本の構造は古代人と同じで体の作りが弱い。この中で一番簡単に死ぬのは僕と芽衣紗さ。だけど、そんなことはどうでもいいんだ」
あちこちでけたたましい音が鳴る。
しかし、なにも聞こえないかのように、二人だけの世界にいるかのように、龍人は私だけを見て穏やかに微笑んだ。
「シエラちゃんの幸せ以上に価値のあるものは僕にはない。そのためなら躊躇いなく、一万年を無に還そう」
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