エピローグ

 天気が良い昼下がり。

 子どもたちの賑やかな声を聞きながら、私は王妃の部屋兼孤児院のテラスで今までのことを思い出していた。


 私が王になって一ヶ月が過ぎたが、みんなが思っていた通り、ガーネットは「自分たちの上にガーネット以外の人間が立つ」ということをすんなりとは受け入れてはくれなかった。


 しかし、今だ血も涙もない冷酷人間と思われているジュダムーアと、その妹カトリーナが説得し続けてくれるおかげで、少しずつ不満を言う人も減ってきた。


 それに、私の仕事のほとんどをジュダムーアが手伝ってくれて、何の問題もなく政治が進んでいる。私一人では大惨事だっただろう。


「あの一瞬で龍人がここまで予想して計画をしたのかと思うと、本当に感心するよ」


 私がうなっているところにユーリがやってきた。

 午前中の訓練を終えたばかりで、まだ髪の毛が汗で濡れている。あれからイルカーダのベルタを目指して騎士団に入り、ユーリはすっかりたくましくなった。


「シエラ、頑張ってるな。まだ大分かかるのか?」

「お疲れ様、ユーリ。私ももうちょっとで終わるところ」


 私は、やっと訪れた平和を楽しみながら、自分が経験したことを本に書き記していた。


「お前も、よくこんなに長い話書くよな」

「だって、このあともずっとずっと私のヒーロー伝説を伝えてもらいたいもん」

「はははっ、シエラは昔っからヒーローになりたがってたもんな」

「心配しなくても、ちゃんとユーリも他のみんなもかっこよく書いてるから。尾ひれをつけて」

「出た! シエラ得意の尾ひれ! それ、サミュエルには言うなよ」


 ユーリが「俺はそのままで十分カッコいい」とわざとらしくサミュエルの真似をした。そっくりだ。二人で笑い合う。


 私とユーリが話していると、めんどくさそうに耳をほじるガイオンが重たい足音を響かせながら部屋に入ってきた。


「シエラ! 厄介なことが起きた」





 会議室。


 私を一番奥に、ユーリ、シジミちゃんを頭に乗せたサミュエル、龍人、イーヴォ、ジュダムーア、バーデラック、イオラが机を挟んで座る。

 そして私の正面に座るガイオンが問題の要点を説明した。


「どこから仕入れたのか、エルディグタールの長寿の噂が他の国に流れているようだ。しかも、国土と人口が一番大きい国に。俺の野生のカンだと、これから大量のスパイが紛れ込んでくるぞ。どうする?」


 言い終えたガイオンが、焦るどころか挑戦的に笑った。


「ふーん、新しいゲームか。思ったより早かったね。でももちろん、次も僕がパーフェクトにコンプリートするよ」

「ほっほっほっほ、私は龍人さんに賛同します」

「シエラに危険を及ぼすような奴は俺が全員叩き切ってくれる」


 すぐに物騒なことを言うサミュエルの右目が光った。


「あの国はアイザック将軍がいた時からずいぶん野心的だったからね。なにをしでかすか分からない。ボクも、シエラママを守るために全力を尽くすよ」

「僕は知らないよ。危ないことは向いていないからね。やるなら僕抜きでやって」

「イーヴォはなんでここにいるんだ。やる気がないなら失せろ」

「ひどいよサミュエル、僕もライオットオブゲノムの一員なのに、仲間はずれにしようとするなんて。分かったよ、そんなに言うならちょっとだけ手伝うよ」


 それぞれの意見を聞いてガイオンが豪快に笑う。


「がははは! 頼もしい奴らだ!」

「どこがだ! おい、お主ら。そろいもそろってまともに状況を整理するやつはおらんのか」


 呆れるイオラに、ユーリが加勢した。


「そうだよ、いきなり好戦的になるなよ。まずはちゃんと情報を集めないと。それに、ついこないだ戦いが終わったばかりじゃないか。俺はもうしばらくゆっくりしたいよ。な、シエラもそう思うだろ?」


 全員の視線が、両手に顎を乗せた私に集中する。


 ……新しい王として、ここはなにかカッコいいことを言わなくては!

 どうしよう。

 なにを言ったらいいんだろう。

 うーーーーーん……、あ、そうだ!


 名案を思いつき、気合いを入れた私はキリっと目を釣り上げて言った。


「ライオット オブ ゲノムの第二弾が始まりそうだね!」


 ユーリが「勝手に始めようとするな!」と怒り、理性的なイオラが「勘弁してくれ」と言って愕然とした。他の人たちは満足気な顔になっている。


 ……あれ、私なにか間違えちゃったかな。


 頭を抱えたイオラが「やはり、アイザック将軍に戻ってもらった方が良いのではないか?」とつぶやいた。すかさずユーリの助言が入る。


「だめだ、あいつはシエラのことになると龍人よりたちが悪い」

「龍人よりも……⁉︎ それは厄介だ。我らで対策を考えるしかあるまい」


 この時、唯一話の通じるユーリはイオラの右腕になった。

 楽しそうな龍人がニヤリと笑う。


「まずは情報が漏れた場所を特定しようか。そいつを利用して逆に敵国をじわじわ侵食してあげよう。それとも、嘘の情報を流してパニックに陥れてやろうか。くくく、どれも楽しそうだ」

「そうだな。じゃあ怪しいやつをジュダムーアの前に連れてこよう。みんな恐怖で震え上がってすぐ本音を吐くぞ!」


 ガイオンの提案に、元残虐の王ジュダムーアが困った顔をした。


「……やっぱりボクって、これからも恐ろしいキャラじゃないとダメなの?」

「もちろん!」


 元気よく答えたイーヴォに、怪しんだジュダムーアが「普段ボクの姿でなにをしてるの?」と詰め寄った。


 収集のつかなくなってきた会議に、イオラが大声を出す。


「静粛に! 長寿の情報が流れたのであれば、早急に二ヶ月後の頂上会談の対策も練り直さねばなるまい! 世界各国から要人が集まるのだ。どんな奴らが紛れ込むかわからん。シエラが初めて参加する会談でもあるし、問題は山積みだ」

「えっ、私、そんな大変な会談に出るの⁉︎」

「大丈夫だよ、ママ。ボクも付き添いで一緒に行くから。怪しい奴らはボクが睨みを効かせてあげるね」


 天使のようなジュダムーアが、一瞬で恐怖キャラを受け入れた。


「ふむ。僕も専属の医者として参加するよ」

「なんで会談に医者が必要なんだよ」


 ユーリの正論に、龍人がニヤリと笑った。


「それがダメなら婚約者として行くしかないね」

「だめだ。お前は息子だろう。息子は結婚できない」

「それを言うなら、サミュエルだってお兄ちゃんじゃないか。兄妹は結婚できないね。何より僕は、シエラママのファーストキスをもらったんだから、僕の方が上だ」


 バチバチ火花を散らす龍人とサミュエルが、みんなを巻き込んでまたしても誰が私と結婚するかで騒ぎ出した。

 ジュダムーアは「ボクは婚約しても良いって言われた」と、二人に油を注ぎさらに白熱させる。

 流石の私ももうお腹いっぱいだ。


「もう! そんなに喧嘩ばっかりするなら、私はみんなと結婚しちゃうんだから!」


 どうだ、参ったか。

 これだけ突拍子もない提案をすれば、あきれたみんなが大人しくなるはず。


「いいね!」

「そうでしょ! えっ⁉︎」


 大人しくならなかった。


「多夫一妻制か。確かに、どこの国も王族は一夫多妻制なんだから、シエラママが王となった今、複数の配偶者を持っても問題はない。むしろ、一番の良案だね」

「あの、あの……」

「なにっ、複数の夫だ⁉︎ ……シエラはそれがいいのか」

「ふーん、じゃあ、僕も立候補しちゃおっかなー!」


 やる気満々の龍人に、しゅんとするサミュエル、急に元気になったイーヴォ。なぜか赤くなったジュダムーアがモジモジし、ユーリとバーデラックまでなんだかソワソワし始める。大笑いのガイオンに、思考を停止させたイオラ。


「もー! ちがーう!」


 私は余計に騒ぎを大きくしてしまったようだ。


 これからも世界を巻き込んだ私たちの大冒険は続いていくのだが……


 のちに、変化を恐れぬものが動かしたライオットオブゲノムと呼ばれる時代は、ここで一旦幕を閉じることにする。

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