第170話 オリジン

「わぁ、ここに来るの久しぶり!」


 これから自由に外出できなくなる私は、イオラに留守を押し付……お願いし、みんなを引き連れてライオットの村に来ていた。住み慣れた孤児院と、サミュエルが住んでいた、そして私が生まれた山小屋にお別れを告げるのだ。

 と言っても、どちらも別荘として残しておけば良いのでなくなるわけではないのだが。


 孤児院の子どもたちは住み慣れた村の裏山が懐かしいらしく、ピクニック気分でワイワイしながらサミュエルの小屋へとたどり着いた。

 トライアングルラボから芽衣紗とトワも駆けつけ、私を見つけて早速飛びついてきた。


「シエラっちゃぁぁぁん! 寂しかったぁぁ!」

「芽衣紗、トワ……むぎゅ!」


 私はがっちり二人の胸に挟まれて身動きが取れなくなった。

 見かねたサミュエルがベリベリ二人を剥がしてくれる。

 そこに、久しぶりに芽衣紗と会う龍人が寄ってきて、頬を膨らませ腰に手を当てた。


「あ、芽衣紗! お前、なんてことをしてくれたんだ!」

「ん? なに?」

「僕がいないうちに、あかべこのホルモンを全部食べちゃったんだろ⁉︎」


 このあとみんなでバーベキューをするのだが、龍人が一万年かけて大切にとっておいたあかべこの牛ホルモンは芽衣紗が全部焼いてしまった。それを知った龍人が「ジーザス」と言ったきり立ち直れなくなったので、サミュエルが文句を言いながら一生懸命再現したのだ。本物そっくりの味に、ようやく龍人が立ち直ったばかりだ。


「あれはお兄ちゃんが悪いんだよーだ!」


 そう言って芽衣紗があっかんべーをする。

 仲良く喧嘩を始める兄妹を置いて、私は懐かしむように小屋の周りを歩き回った。


「あ、キッチンもあの時のままだ!」


 芝生の上に大きめの石がゴロゴロ並んだだけのキッチン。

 ここから全てが始まった。


 私は思い出に浸りながら、慣れた様子で物置を開け、次元固定装置からジャウロンの肉を出す。


「よし、これも焼いてもらおう」


 大量のジャウロンを出した私が小屋の方を見ると、扉を開けたサミュエルが少し寂しそうな顔で佇んでいた。


「サミュエル」


 私は、俯き加減のサミュエルに寄り添うように体を寄せた。


「シエラ」

「……大丈夫?」


 寂しそうな姿に、私は生命の樹で見たサミュエルの記憶を思い出し、その時に伝わってきた気持ちがよみがえってきた。

 もしかしたら、サミュエルも小さい頃の思い出を思い出しているのかもしれない。

 心配そうに見上げる私に、サミュエルが微笑みを返した。


「お前も知ってるだろうが、実は昔を思い出していたんだ。六歳の時、一人でここに戻ってきたときは世界中でひとりぼっちになった気分だったのに、今は全然違うなと思って」

「今はどんな気分?」

「……そうだな」


 耳を赤くしたサミュエルが視線を逸らした時、私の後ろからひょっこりとシルビアとアイザックが顔を出した。


「あの時のままですね、懐かしい!」

「本当だな。あの時はこんなことになるなんて夢にも思わなかったな」


 さらにひょっこり出てきたエーファンは「ここがシエラの生まれた所か」と、お上りさんのように中をのぞく。


 外ではユーリとカイトに追いかけまわされる子どもたちがキャーキャー走り回ったり、ガイオンの腕にぶら下がったりして遊んでいる。

 マイペースなイーヴォは自由に薬草を摘み、体力のないバーデラックはしばし休憩だ。


「生きていれば、なにが起こるか分からんもんだな」


 周りを見渡して苦笑するサミュエルに、私も笑顔になる。


「ふふふっ、本当だね。生きていればどうにでもなる! ……あれ、そういえば龍人は?」

「ジュダムーアもいないな」


 さっきまで芽衣紗と喧嘩をしていた龍人の声がしないし、姿もない。

 いるのは、ひなたで優雅に紅茶を飲んでいる芽衣紗とトワだけだ。

 嫌な予感がする。


 ジュダムーアは龍人の影響を受けたらしく、いろんなことに興味を示すようになった。放っておくとすぐに行方不明になって大騒ぎが起きる。昨日の夜も、いなくなったと思ったら龍人と二人でお城の屋根に乗っかって天体観測をしていたのだ。大慌てで捜索していた侍女が、落っこちそうになっている二人を見つけて泡を吹いていた。


「また余計なことをしないといいんだが……」


 私はサミュエルと顔を合わせた。


「もしかして!」


 行方の予想がついた私とサミュエルは、思い出話で盛り上がるアイザックたちをかき分けて二階に上がった。


「いた!」


 サミュエルのベッドの中に、龍人とジュダムーアがくっついて寝ていた。


「なにやってんだ、二人とも」


 呆れるサミュエルの声に、龍人とジュダムーアが目を開けた。

 久しぶりの長距離移動で疲れたのだろうか。

 そんなことを思っていたら、龍人がガバッと飛び起きた。


「ねえ! ここ、シエラママが生まれたベッドでしょ?」

「その通りだが」


 サミュエルの答えに、龍人の目が輝いた。


「やっぱり! このベッド、僕にちょうだい!」


 龍人の突然のおねだりに、サミュエルが片方の眉毛を上げた。それに構わず龍人が話し続ける。


「シエラママが生まれた場所でずっとサミュエルが寝ていたなんてずるいよ。だから今日からは僕が寝ることにした!」


 わがままを言う龍人の横で、ジュダムーアは幸せそうに布団にくるまっている。

 なんとか形成やら人格形成をし直したって言ってたけど、ジュダムーアに比べて龍人の愛情表現がゆがんでいるのは気のせいだろうか。

 これはまた喧嘩が始まるぞ……。

 私が危惧した時だった。


「良いぞ。今日からそのベッドは龍人が使え」

「えっ! 良いの⁉」


 予想に反してあっさり希望を通したサミュエルに、私も龍人も驚いた顔をする。


「もちろん良い。その代わり」


 サミュエルが私を抱きかかえた。


「今日から俺はシエラの横で寝るからな」

「ふぇっ⁉︎」

「だめだよ!」

「だめだ!」


 赤面する私、青ざめる龍人、そしていつの間にか部屋にいたアイザックの声がそろった。


「お前らの意見は知らん。もう決めた」


 そう言い捨て、サミュエルが二階の窓を開け放った。


 龍人が「あっ!」と手を伸ばした時には、私を抱えたサミュエルが指笛を吹いて、窓から飛び降りた。

 龍人が窓から顔を出す。


「大変だ! ユーリ君、サミュエルを捕まえて! シエラママを独り占めする気だ!」


 私を抱えて鳥に飛び乗ったサミュエルを見て、ユーリも指笛を鳴らす。

 すかさず芽衣紗が「トワ、負けるな!」と言ってトワを送り出した。

 地面を巻き上げながらすさまじい勢いで走るトワが、ユーリの鳥に飛び乗る。


「うわぁぁっ、危ないよトワ!」

「うふふ、大丈夫よっ! それより早く二人を追いましょう!」


 大きな鳥の背中に乗ったユーリとトワが追ってくる。


 見下ろすと、小屋の窓からわめく龍人とアイザック、その横で笑っているジュダムーア。バーベキューの準備をしているユリミエラ、リヒトリオ、シルビア、エーファン。子どもたちに囲まれているガイオン、バーデラック。ニコニコしながら薬草を積んでいるイーヴォ、拳を振り上げる芽衣紗が私たちを見上げていた。


「わぁっ、危ない! トワ無茶するなよ!」

「うふふ! 大丈夫よ、ちょっとくらい無茶しても!」

「やばい、サミュエル! トワがこっちに飛び移ろうとしてる!」

「ふん、猪口才な。シエラ、しっかり俺につかまってろよ」

「きゃぁっ! あはははっ!」


 なにも遮るものがない大空を、私たちは自由に飛び回った。

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