第166話 変化

 ———— 七日後、王妃の部屋。


「ちょっと、ローリエ待ちなさい!」

「きゃぁぁぁぁっ、シエラが追っかけてくるー!」

「このぉ、待て待てぇぇぇっ!」


 私に捕まった三歳のローリエが、ケタケタ楽しそうに笑う。

 広い部屋の向こうでは、ローリエと同じくらいにまで成長した龍人とジュダムーアが、仲良く戦いごっこを始めていた。

 木の枝を持った龍人が、短い腕を振り上げる。


「えーいっ!」

「お! 龍人、お前なかなか筋がいいな!」


 見ていたカイトが驚いた。


「そうでしょ! なんたって僕は、小さい頃に剣道を習ってたんだから」


 龍人がほめられたのを見て、負けじとジュダムーアも枝を振り回す。

 しかし力みすぎたようで、振り回すはずの枝に振り回され、後ろにコテンと尻もちをついた。顔を赤くして照れ笑いをしている。


 個人差があるのか、龍人の方が成長がやや早い。龍人のやることを、ジュダムーアがいつも真似をしている感じだ。


「こら龍人、ジュダムーア。危ないから家の中で木を振り回したらダメだろ。後で遊んでやるから、カイトと三人で部屋の探検でもしてろ」

「はーい!」

「はーい!」


 大きな荷物を抱えてやってきたユーリが注意した。カイトが「あっちになにかあるぞ、行ってみよう!」と、うまく二人を誘導してくれる。

 その後ろから、私のお父さんエーファン、ユーリのお父さんリヒトリオ、ガイオン、アイザックが次々と大量の荷物を運んでやってきた。


「おーうぃ、この荷物はこっちでいいのかぁ?」

「うん! 奥から二番目の部屋にお願い!」


 両肩に大きな箱を抱えた大男のガイオンが、大きな足音で奥に向かっていく。初めてガイオンを見たローリエが、手に持っていた人形を落として大きな目を開けた。


「まさか、王妃にあてがわれる部屋を全部孤児院にするとはな」


 ポッケを頭に乗せた私は、感心してため息をつくサミュエルからカップを受け取り、使い慣れた食器棚に並べた。

 サミュエルの横では、孤児の男の子エドとルイ、元盗賊の子たちも荷ほどきの手伝いをしている。みんな、ジャウロンを倒せるヒーローが大好きなのだ。


「だって、一部屋だけで孤児院と同じくらいの大きさなんだもん。全部合わせたら孤児院が五軒は入るよ。どうせ私用の部屋だし、好きにしちゃってもいいと思って」


 最初は地下だけを改装するつもりだったが、孤児院のみんなと離れたくない私は、だめもとで最上階の王妃の部屋の改築を提案してみた。すると、龍人が「種族の違いにとらわれない、この国の象徴にもなっていいんじゃない?」と後押ししてくれたのだ。

 その後「未来の夫が許可するよ」の一言で、サミュエルと喧嘩になりそうだったが。……もうなってたか。


 孤児院に戻ってみんなに話をしたら「お城に住めるの⁉︎」と大はしゃぎになり、みんながエルディグタール城に来ることを望んで今に至る。


「あ、あの辺の部屋は誰の部屋でもないから、サミュエルが使いたかったら好きにして良いよ」


 一番大きい部屋は、子どもたちと一緒に寝るために使うが、その他はあまり決めていなかった。子どもたちが成長したら一部屋ずつあげても良い。

 私がたくさん並ぶ部屋を指差してサミュエルに提案すると、男の子たちが一斉に顔を上げた。


「えー、サミュエルは僕たちと一緒に寝てくれるんでしょ?」

「またジャウロンを倒した話を聞かせてよ」


 子どもたちに囲まれて面食らっているサミュエルに、ユーリが苦笑する。


「あー、これはしばらく部屋なんてもらえないな」





 ————俺の隣にシエラがいないなんて考えられないよ!


 龍人にどうするか聞かれたとき、ユーリが答えた。


 ————シエラがガーネットの子どもだって知った時、もしかしたら一緒にいれなくなるのかもしれないって思った。でも、それは前の国の話だ。だから、俺もシエラと一緒にいる!





 私も、小さい時からずっと一緒にいてくれたユーリと離れるなんて考えられない。そう思ったら「王妃の部屋を孤児院にしてしまおう!」とひらめいた。


 もともとお城に住んでいたジュダムーアとイーヴォに加え、ユーリ、サミュエル、龍人、そして孤児院のみんなで一緒に過ごせるのだから、我ながら完璧な案だ。


 ちなみにガイオンは、「イオラとの愛の巣を作るんだ!」と、新居の建築に張り切っている。

 芽衣紗とトワはラボに帰ったし、この後アイザックは自宅に戻るけど、今までの国と違って会いたい時に会いに行ける。もうコソコソ隠れなくて良いのだ。

 住み慣れた孤児院を離れるのはかなり寂しいけど、別荘として残しておけば良い。

 そして……


「孤児院はマルベリーマッシュルームの収穫の時期に使うのだ!」

「シエラは収穫に行けないだろ」


 いつの間にか漏れていた心の声に、ユーリが反応した。


「えっ! なんでっ!」


 私の頭の上でポッケも「ぴっ!」と抗議する。


「なんでって、藪をかき分けて山菜を採る王様なんておかしいだろ。どんな顔で裏山なんか来るんだよ。騎士団を引き連れて山を登るのか?」

「えぇぇぇぇ……サミュエル……私って裏山に行ったらだめなの?」

「シエラの望みなら、俺がなんとかしよう」

「おいおい、サミュエル、お前までなに言ってるんだよ。ちょっと会わない間に変わりすぎだぞ」


 ユリミエラが今のサミュエルの姿を見て、幸せそうにクスクス笑いながら、衝立ついたての陰でローリエのおむつ交換を始めた。別の場所ではシルビアがジュダムーアを、私の次に最年長のファネルラが龍人のおむつを交換している。


 幸せな生活がはじまろうとしている中、小さい羽根を羽ばたかせるシジミちゃんが、テラスに括りつけてあるお城に帰ってきた。私がユーリと一緒に作ったやつだ。


「あ、シジミちゃん」

「シジミちゃん、ガタガタの家で居心地悪くないか?」


 窓を開けると、動物と話ができるようになったユーリが話しかけた。

 小さい頃から動物と話をしたがっていたユーリは、譲り受けた魔石の持ち主、サミュエルとは微妙に違う力が開花したらしい。一週間前、それを知った赤ちゃん龍人が「ジージャシュ! 新ちい検体の登場ら!」と、サミュエルの頭の上で大興奮して大変だった。


 ユーリの言う通り、一生懸命作ったお城ではあるが、急いでいたのもあってあちこち曲がってちょっと不恰好だ。私たちの家も新しくなったし、これを機にシジミちゃんのお城も作り直した方がいいかもしれない。


 シジミちゃんが小さい頭をクリンと傾げた。

 それを見て、クスクス笑い出すユーリ。


「シジミちゃん、なんだって?」

「住めば都だって」


 シジミちゃんは笑うように、「チチチ」と鳴いた。




 その夜……

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