第165話 改築工事
「なんで私が後始末をしなくてはならんのだ!」
「ひっ……」
イオラの怒号が、壁のなくなったエントランスを突き抜けた。
腕を組み、包帯だらけのガイオンを睨みつけている。赤ちゃん龍人がおぼつかない手つきで巻きつけたので、ちょっと……かなり不恰好だ。
よほど恐ろしかったのか、頭の上にいるポッケが髪の毛の中に隠れて震えだし、私が抱っこするジュダムーアも「フミャー」とか細い声で泣き出した。
「おー、よしよし、いい子いいこ」
孤児院の子どもで慣れている私は、ジュダムーアを揺すって機嫌を取る。
鼻をグスグス言わせて親指をくわえている姿からは、とてもさっきまで残虐な王様だったとは思えない。ふわふわした真っ白な髪の毛が可愛らしく、女の子と見まごうほどだ。
みんながイオラの剣幕に度肝を抜かれる中、ガイオンだけは慣れた様子で答える。
「だって、ジュダムーアもカトリーナも出られないんだから、その次に責任がある騎士団長のイオラしかいないだろう」
まさか、「ジュダムーアが二歳児になりました」なんて本当のことを言う訳にもいかない。その辺も、龍人がちゃんと言い訳を用意していた。
城が革命家に襲撃されたものの、ジュダムーアが相手を打ち負かしたので安全であること。しかし、怪我をしたので大事を取って二カ月程度の療養をすること。王不在の間、国を支えるためにガイオンが再び騎士団長に就任すること。
ひとまず、この三点を国民へ説明すると良いらしい。
その説明役をイオラに任せようと提案したのはガイオンなのだが、戻ってきていきなり重大な役目を押し付けられ、先ほどからずっとこの調子だ。
私とユーリが、ハラハラしながらイオラを見た。
「くっ……、それはそうだが! 他のガーネットやシルバーをまるめこ……ゴホン、説明するなど聞いていなかったぞ」
「大丈夫だ!」
「なにが大丈夫だ! 他人事だと思って。お主が説明すればよかろう」
「あん? ……騎士団長再就任の初仕事ということか? んー、それも悪くないな。よし、俺が説明してこよう!」
「待て! やはりだめだ! お主に説明などできるわけがない!」
カトリーナの娘のピンクの服を着た龍人が、サミュエルの肩の上で「僕が
イーヴォが「僕はやだよ!」と言うと、芽衣紗がすかさず「誰も頼んでないから」と言い放つ。
自分がやるしかないと腹をくくったイオラはため息をつき、騒ぎを聞きつけてボロボロの城の周辺に集まってきた国民の元へ向かった。
「よろしくな! 帰ってきたら、思いっきり抱いてやるからな!」
元気に手を振るガイオンに、イオラが「馬鹿者!」ともう一度怒鳴った。
アイザックが「子どもの前だぞ」と
「よし、これで今日の仕事は終わりだなっ。がははは!」
「……明日からが大変だな」
アイザックの一言に、イオラを送り出したガイオンが肩を落とした。
明日、体力が回復したら、大破してしまったお城の修復が始まる。
修復と言っても、時間を戻すだけで良いらしい。回復魔法の一種だ。もう一度建築し直すより、短期間で終わるそうだ。
しかし、大量に魔力を消費するので、実際に修復作業を行うのはゲノムにシエラブルーを持つ私たち。
派手に破壊してしまったので、かなり大変だろう。
それにしても……
「あーあ、サミュエルの足、元に戻っちゃったぁ。かっこよかったのに」
「こら、他人事だと思って。四六時中龍人と芽衣紗とつながってると思ってみろ。地獄だぞ」
残念がる私に、サミュエルが文句を言った。
そのサミュエルの長い髪を、龍人が手綱のように振り回して遊んでいる。
「いてて、やめろ、龍人。それにしても、修復しなきゃいけないって分かってたら、もう少し手加減したんだがな。そういうのは先に言っとけよ」
「
ため息をついたサミュエルが肩の上の龍人をヒョイっと持ち上げ、「弱みにつけ込みやがって」とブンブン振り回した。バーデラックがそれを見て慌てるが、当の龍人は楽しそうにキャッキャと喜んでいる。
なんだかんだ言って、サミュエルもきっと龍人が無事で嬉しかったのだろう。
私とユーリがクスクス笑った。
「ねえ、地下だけは修復じゃなくて、改築にしない?」
「改築?」
私の提案にユーリが首を傾げる。
「ふむ、
「良かった! 前に龍人が『地下の環境があまり良くない』って言ってたから、もっと風通しを良くしたいなって思って。それに、城で働いてくれる人は地下じゃなくて、もっとちゃんとした所に住んでもらいたい」
「もともとエルリクタール城の四階は、そのためのフロアーらったからね。ジュラムーアの甘い
赤ちゃん言葉の龍人が
「シエラママとユーリ君はどんな部屋にちたい?」
「えっ⁉︎ 私の部屋⁉︎」
「えっ⁉ 俺の部屋⁉」
龍人の提案に、私とユーリが驚いて顔を合わせた。
「あれ? シエラママは
「えっ? 私って、孤児院に帰れないの?」
「やっぱり、シエラはもう帰って来れないのか……?」
明るいムードが一変、私の心に暗い影が降りた。
「シエラママはもちろんお城に住むでしょ? 城に住まない王なんて聞いたことがないよ。それとも、始めの一人になる? 孤児院はかなり遠いから、色々不便が出てきそうだけど。もしそうしたいなら、僕がなんとか手配するよ」
龍人の赤ちゃん言葉が抜けてきた。
2カ月で大人になるらしいので、成長が早いのかもしれない。
私は、本心では前の生活に戻りたい。
王になんてなりたくない。
でも、そんなことも言ってられないのだろう。
心のどこかで分かっている。
「ねえ、サミュエルは、どうするの? 小屋に戻るの?」
「俺はシエラと離れる気はない。どこを選んでもお前の側にいるから、好きにしろ」
私の問いに対して迷いなく答えるサミュエルに、ユーリが驚いた。
そうか、ユーリはここでサミュエルと過ごした時のこと……サミュエルが私をどう思っているかを知らないんだ。
ユーリの様子に気が付いた龍人が、サミュエルの肩の上から挑戦的にユーリへ問いかける。
「もちろん僕も、永遠にシエラママと離れるつもりはないよ。ユーリ君はどうする?」
私の腕の中のジュダムーアが、不安そうに「ママ」と言って上目遣いでしがみついてきた。
戸惑うユーリが私を見て言いよどむ。
「お、俺は……」
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