第164話 サプライズプレゼント

「うわっ……な、なに⁉︎」


 腕の中の龍人が、衝撃に打たれたかのようにドクンと跳ねた。驚いた私の声が裏返る。

 そして、動揺する私をさらに驚かせる変化が始まった。

 龍人の体重が軽くなっていき、どんどん体が縮んでいったのだ。


「わわっ! 龍人が消えちゃう! どうしよう、芽衣紗!」

「うぇっ⁉︎ なにが起きてるの……どう言うこと? お兄ちゃん!」


 隣にいる芽衣紗もなす術がなく、私と一緒にあたふたする。


「……龍人さん、あなたは一体どんなトリックを仕掛けたんですか⁉︎」


 龍人大好きのバーデラックが、驚きと感動で声を荒げた。そして、血とほこりにまみれた姿で、興奮気味に髪を振り乱しながら、四つん這いで迫り来る。


「ひっ……」


 ……ちょっと怖い!

 じゃなかった。

 そんなことよりも龍人は⁉︎


 あっという間に、私の腕の中には龍人の白衣だけが残された。


「あわわわわ! 龍人! 龍人が消えてなくなっちゃったぁぁぁぁぁっ!」

「お兄ちゃん!」

「……火葬の手間が省けたな」

「ギャー! サミュエルなんでそんなこと言うのぉぉぉぉ!」


 珍しく興味深げに近寄ってきたサミュエルがひどいことを言った。

 パニックの私が泣きながら抗議すると、「すまん、心の声が」と言って頭をぽりぽりかいた。

 ユーリは困った顔でジュダムーアを抱え座り込んでいる。ガイオンはポカーンとしているし、アイザックはまだ龍人を疑っていたことを悔やんでいる。誰も事態を把握できそうな人がいない。


 ……そうだ、龍人のホログラムは⁉︎

 もしかして、次の指示があったりするかも!


「ちょっと…龍…!」


 救いを求めるようにホログラムに目を向けるが、全てを語り終えた龍人はすでに消えていた。


 ……そんな。

 これじゃなにが起きたか分からない。

 それに、体が消えちゃったら、ちゃんとお別れもできないじゃない!


 絶望感が私を襲う中、四つん這いのバーデラックが、「タネは何か」と興味津々で龍人の白衣をまさぐりはじめた。


「龍人さん、今度はどんな奇跡を起こしたんですか! 龍人さ……ん?」


 バーデラックの動きが止まった。

 なにかタネでも見つけたのだろうか。

 私と芽衣紗も、バーデラックにならって白衣に注目する。


 すると、もぞもぞとなにかが動いた。

 軽くなったから何もないと錯覚したが、なにかがあるようだ。

 ドキドキしながら白衣をめくると、中から生き物の頭がニョキッと飛び出した。


 そして叫んだ。


「ジィィィジャァァァァァッシュ! はっはっはっは! 思った通り、パーフェクトらぁ‼︎」


 中から出てきたのは、全裸の小さな子どもだった。


「……子ども⁉︎ どうなってるの?」

「うぇっ⁉︎ ……ま……まさか!」


 私が目を丸くしていると、ハッとした芽衣紗が口に手を当てた。サミュエルは嫌な予感がしているのか、腕を組んで難しい顔をしている。


「芽衣紗、一体なんなの?」


 芽衣紗が私の質問に答えるより早く、子どもがもぞもぞと動き出した。

 全員の視線が私の腕の中に集まる。

 腕を組んだ子どもは考えるように天井に目を向け、口をもごもごさせた。


「うーん、上顎じょうがく第二乳臼歯だいににゅうきゅうち萌出ほうしゅちゅしているということは、推定しゅいてい二歳というところか。すばらちい!」


 裸の子どもが白衣からぽてぽてと這い出して、こてんと転んでしまった。

 呆気に取られていると、一瞬で子どもの顔がクシャっと歪む。それを見た私の胸がドキリとする。この顔は……。


「びえぇぇぇぇ!」


 ……やっぱり!


 激しく泣きだしたので、いつものクセで私は咄嗟とっさに子どもを抱きかかえ「よしよし」と言ってあやした。

 サミュエルは「なんだ、こいつは……」と言って眉間に深いシワを寄せる。


「シ……シエラ……たんは、やっぱりやしゃしいね」


 子どもがスリスリと私の胸に顔をうずめた。

 それを見たサミュエルが激怒する。


「おい、こいつ、十中八九龍人だぞ!」

「うえぇぇっ、龍人⁉ この子が⁉︎」


 サミュエルは、子どもの姿になったのを良いことに、思いきり私に甘える龍人の首をつまもうとした。

 それに気づいた龍人が私にしがみついてサミュエルを睨む。


「わっ! こわい! シエラママ、たしゅけて!」

「誰がママだ! この、ペテン師が!」

「ま、待ってサミュエル、まず何が起きたか確認しよう!」


 私が止めると、サミュエルが不機嫌そうにあぐらをかいて座り、龍人を睨んで頬っぺたをつまんだ。


「くそっ、その姿でまんまとシエラを味方につけやがって」

「びえぇぇっ!」


 私がサミュエルの手を払うと、泣き止んだ龍人が満足げにニヤリと笑った。


「記憶は前のままだけど、体と情緒は二歳にしゃい児なんだじょ! だからあんまりこわい顔しないでよ。じゃないとまた泣くからにゃ!」


 真っ青なサミュエルが「それも計算ずくか?」と絶望した。

 私は「寒いだろう」と思い、裸んぼうの龍人を白衣でおくるみのように包む。


 ……汚れてるけど、なにもないより良いよね。


 体を包まれて安心したのか、龍人が私の顔を見てニコッと笑った。

 中身は龍人でも、やっぱり子どもはかわいい。


 私がつられて笑い返すと、ユーリの驚く声が聞こえてきた。ユーリの膝の上でも同じことが起きていたのだ。ジュダムーアが子どもになっている。


「おい、龍人。どういうことか説明しろよ」


 ユーリが頭をポリポリかいた。

 再び現れたホログラムの龍人が、手を叩いて注目を集める。


「さて、そろそろサプライズも終わった所かな? 予想だと、僕とジュダムーアは乳幼児の姿をしている。なぜだか分かるかい?」


 ガイオンが「わかんねーよ!」と言うのと同時に、ユーリも「わかるわけないだろ」と文句を言った。


「もしかして、ポリプ?」


 芽衣紗が言った。


「ポリプ?」


 芽衣紗以外の頭の上に、はてなマークが浮かぶ。


「ヒントはベニクラゲだ」


 龍人が出したヒントの意味が全く分からない。首を傾げた私は、横であぐらをかいているサミュエルと目を合わせた。


「ベニクラゲは、一定の条件を満たした状態で死にかけると、ポリプと呼ばれる状態、つまり子どもに戻ることができるんだ。体にあるリセットボタンを針で刺すことでも、ポリプ化できることが分かっている。そして二カ月かけてまた成体へと成長するんだ。とは言っても、ベニクラゲになった人間は僕と芽衣紗しかいないから、前例はないんだけど。でも僕の13265回の検証実験では……」


 龍人が説明を続け、ガイオンは耳をほじりだした。


「つまり、化け物ってことだな」

「サミュエルが僕のことを化け物って言ったぁぁぁ!」


 アイザックが「前よりも厄介じゃないか?」と困惑している。

 赤ちゃん龍人がサミュエルと仲良く喧嘩しているうちに、説明をし終えたらしいホログラムの龍人が締めくくりに入った。


「ということで、もし上手くいっていれば、生育過程と人格に大きな問題がある僕とジュダムーアは、愛情たっぷりのシエラちゃんのもとで愛着形成をして、ついでに人格形成をやり直すことができる。二か月後に僕が大人になったら、生育過程に同じく問題があるサミュエルも、ベニクラゲにして乳幼児に戻してあげても良いよ」

「誰が!」

「じゃ、シエラママ、僕とジュダムーアをよろしくね」

「へっ! 私? 私が育てるの⁉」


 ユーリが、きょとんとしているジュダムーアを私の膝の上に乗せた。

 右手に龍人、左手にジュダムーア。

 龍人の策略で、なぜか私は未婚の母になってしまった。


 サミュエルは、「こうなると分かっていたんだな!」と怒りながら龍人に迫り、龍人は「シエラママのファーシュトキチュを分けてあげようか」などと言って唇を突き出し、さらにサミュエルを怒らせている。バーデラックは感動で言葉を失い、アイザックは前言を撤回して「元の姿なら八つ裂きだ」と怒っている。

 酷く驚いている私の顔を見て、ユーリがケタケタ笑った。


「ちょっとユーリ、笑い事じゃないよ!」


 疲れたのか安心したのか。

 私の腕の中で、龍人とジュダムーアが仲良くすやすや眠り出した。

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