第163話 終焉
「死んでおいて、祝えはないだろう。これもお前の計画通りって言うことか? 看取られたかったのかなんなのか知らんが、引っ掻き回しておいて勝手にも程がある」
不機嫌そうなサミュエルは、いつもの口癖のように「だから龍人と関わるのは嫌なんだ」と言って腕を組んだ。
そんなサミュエルをホログラムの龍人が楽しそうに振り返った。まるで、この場が見えているかのように。
「そうそう、僕からサミュエルへプレゼントがある。僕の研究室に、完璧な状態で君の右足が再生されている。もう一度生やすのではなく、組織をくっつけるだけなら簡単だろう。もし義足が気に入ったならそのままでもいいけどね。案外便利だったでしょ?」
龍人の提案に、サミュエルが驚いた顔をした。
これも想像していたのか、龍人がクスクス笑って言葉を続けた。
「次はカトリーナについて。これから彼女は、彼女の娘の安全を守ることを条件に、全面的にシエラちゃんを支持してくれることになっている。王位継承権を持つ彼女はこの後に必要な役者の一人だから、あとで迎えに行ってあげてほしい。今は自己血輸血をしながら医務室で眠っている。ここまではいいかな?」
ヘロヘロになって座り込んでいたイーヴォが「ずっと一緒にいたのに、こんなことを考えていたなんて全然気づかなかった」と首を横に振っている。
聞こえているわけないのだが、得意げな龍人は人差し指を立てながら勿体ぶって歩き出した。
「最初は、この国を破滅へと導く現体制を崩し、シエラちゃんが楽しく一生を過ごせればそれで良いと思っていたんだ。でも、途中で気持ちが変わった。そう、シエラちゃんをさらった、あの馬車の中で。争いを起こして勝利すれば、確かに変化が起きるだろう。しかし、それでは不十分だ。あの時計画に、シエラちゃんをこの世で一番幸せにするというタスクが追加されたからだ」
「龍人が死んだら意味ないじゃん……」
私は龍人も一緒に暮らせる未来が欲しかった。
じゃなきゃ、私は幸せとは言えない。
龍人なら、そんなこと分かっているはずなのに……
私の気持ちを知ってか知らずか、龍人が私の隣に座って、穏やかに微笑みかけた。
「シエラちゃんの幸せって、みんなで幸せになることでしょ?」
「そうだよ。その中には龍人もいて欲しかったのに……」
「君たちの世代はきっと、シエラちゃんと愉快な仲間たちがいるから大丈夫だろう。でも、君たちの次の世代はどうするの? また同じ争いを繰り返す? 現代人は……僕たち古代人も、数えきれないくらい争いを続けてきたよ」
「次の……世代?」
龍人の言いたいことがわからず私が顔をしかめると、本人はもういないのに、ユーリがホログラムに話しかけた。
「何が言いたいのか分からないよ。この革命と次の世代が関係あるって言いたいのか?」
片膝を抱えた龍人が、もう片方の足を投げ出して手をひらりと振る。
「この革命の核心だ。もしシエラちゃんに、『争いは悲劇を生むからやめよう』って提案したらどうなると思う?」
「そりゃシエラなら、やめようって言うよ」
ユーリの言葉に、私はうんうんと頷いた。
もし争いを起こしたくなかったのなら、そう言ってくれればよかったのに。
みんなを翻弄して楽しむ手品師のように、ニイッと笑った龍人が「一時しのぎならそれでもいいだろう」と言って言葉を続けた。
「僕の生まれた国、日本はかつて、戦争や大きな災害に見舞われた。多くの人が生活も、命も失った。奇跡的に生き残った人々は、そこから多くのことを学んだ。でも、世界は争いを繰り返し、災害でもないのにわざわざ自分たちの力で人を殺していった。なぜだか分かるかい?」
龍人の体を抱きしめている芽衣紗が、唇を噛んだ。
「痛みを知らない人がトップに立っていたからだ」
その声が、静まり返った礼拝堂に反響する。
いつの間にか、みんなが固唾を飲みんで龍人の言葉に耳を傾けていた。
「痛みを知らない、それは共感力、覚悟の欠如。安全な場所から地獄を知ることはない。もちろん、過去にはとても優しい王様もいた。荒れ果てたこの国を豊かな緑にした人で、みんなに慕われていた。でも、五百年の時が流れ、彼が植えた平和の種は姿を消した。土壌が育っていなかったんだ。国民という土壌が。そして、生前贈与という醜い争いが繰り返された」
龍人はいつも通り、淡々と話した。
でも、龍人は平気な顔をするのが得意だ。きっと、何度も心を痛めたのだろう。
そう思って胸がチクリといたんだ時、私の手の上にホログラムの手が重なった。何も感じないはずなのに、暖かい。
焦茶色の目が、すぐ側で私の心を捉えた。
「これから導く人の心に、平和の灯火を灯す必要があった。永遠に消えない灯火を。誰かの受け売りだけの背中と、自分の経験を咀嚼して答えを導いた人の背中は天と地ほどの違いがある。そしてシエラちゃんは、自分の経験を通して人の痛みが分かる。僕は運命だと思った。想像してみてよ! シエラブルーのゲノムとともに、みんなの心に暖かい火が灯っていくのを! シエラちゃんが作る国、そして未来は、争いも差別もない、素敵な国になるだろう」
龍人がみんなを見渡した。
「それを乗り越える力も、サポートする仲間もそろっていたから、僕はこの変化という革命を成功させることができると信じた。この国は、二度と同じ過ちを繰り返さない」
そして芽衣紗へと視線を向ける。
「それに、平和の実現は、何にも勝る難問だからね。挑戦し甲斐があったよ。楽しかっただろ? これを伝えたら、ソフィの意思を引き継いでいるトワも、快く僕に賛同してくれた」
「ソフィの……意思」
「彼女は、自分のしたことを最期まで悔やんでいたからね」
芽衣紗が無表情でホログラムを映しているトワを見つめ、ポロリと涙を流した。
「シエラを自分のものにするためではなかったのか。命をかけてまでシエラのことを思ってくれていたのに、私はなんて思い違いをしていたんだ」
拳を握ったアイザックが自分を責める。
龍人は、私に本当の意味の平和を教えるために、自分の命をかけたんだ。
うまく言葉にできないけど、龍人の思っていることが分かる気がした。
そして、私になにを託したのかも。
「どう? 喜んでくれた? もしほめてくれるなら、僕のお願いを叶えてくれると嬉しいな」
龍人が控えめに笑った。
私だけが知っている、龍人の願い。
すぐに思い当たった私は、諦めたように笑った。
「もう、龍人には負けるよ……」
私はジュダムーアをユーリにあずけ、龍人の元へと歩み寄った。
顔に血がこびりついているが、その表情はおだやかに見える。
芽衣紗から体を受け取ると、力の入っていない龍人の上半身が重くのしかかった。
「……こうなるってこと、全て分かっていたんだね。あなたって人は、なんてめちゃくちゃなの?」
龍人の頬に私の涙が落ちた。
「僕は生まれてから今が一番幸せだよ」
ガイオンとバーデラックのすすり泣く声が聞こえ、芽衣紗が「お兄ちゃんのバカ」と呟いた。
「どこかのおとぎ話みたいに、これで生き返ればいいのに」
私は血の気の失せた龍人に顔を寄せる。
生きている時と同じ、消毒液の匂いがほんのり香った。
そしてそのまま、冷たくなった龍人の唇に、そっと口づけを落とす。
祈るようにゆっくり離れて顔を見つめるが、私の腕の中で眠る龍人のまつ毛は動かない。
「やっぱり、だめか……」
私が静かに涙を流すと、元気な龍人の声が聞こえてきた。
「さぁぁぁぁぁぁて! パーティーの終焉の前に、僕からもう一つサプライズプレゼントがある!」
「まだあるのか?」
訝しげなサミュエルの目の前で、嬉々としてホログラムが手をこすり合わせる。
「イッツ、ショータイムだ!」
ホログラムが告げると、龍人の体がドクンと一度脈打った。
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