第151話 婚約前夜 8
「ガーネットのくせに、たいしたことありませんね。シルバーの私に負けるなんて。魔力は全てお兄様に受け継がれたのですか?」
かつては豪華だった、今は焼け焦げてボロボロになった絨毯の上に、カトリーナが力なく横たわる。あちこち傷だらけになった青白い肌。激しい戦いで、絨毯と同じくらいボロボロのドレスを身につけるカトリーナを、バーデラックが満足気に見下ろした。
カトリーナは衰弱しきっているものの、赤い目はまだ光を失っていない。
「バーデラック……貴様こそ出来損ないで、お兄様から殺されかけたくせに……」
「くっ…聞こえませんねぇ、負け犬の遠吠えは!」
挑発され顔をしかめたバーデラックは、横たわるカトリーナの体を蹴り、仰向けに転がした。
「きゃっ!」
バーデラックがまっすぐに手をかざし、魔力を吸収し始めた。苦しそうなカトリーナがすぐに体を小刻みに振るわせ、絨毯に爪を食い込ませる。
この症状には見覚えがある。私を殺そうと暴走して倒れた、ジュダムーアと一緒だ。
このままでは本当にカトリーナが死んでしまう。
そう感じた時に再びよぎる、バディージャの死に際の声。
私の心臓が耳の真横で鳴りだした。
カトリーナの苦しそうなうめき声が聞こえ、さらに早くなっていく鼓動。
……これでいいの?
私の中で疑問が生まれたとき、カトリーナが声をふりしぼって話し出した。
「死ぬ前に一つ……頼みがあります」
「頼み? 往生際の悪い。なにを企んでいるのですか⁉」
忌々しそうに顔を歪めるバーデラックに、息も絶え絶えのカトリーナが話し続けた。
「私の……魔石を、シエラに……贈与します」
「えっ⁉」
「生前贈与? ……それは興味深いですね」
私がカトリーナの申し出に驚くと、バーデラックが不気味に笑い、かざしていた手を降ろした。解放されたカトリーナが肩で息をする。
そして、よく聞こえるように全員がカトリーナに近寄り、かすれる声でつむぐ言葉に耳を傾けた。
「もとより、私の体は限界が近かったのです。先日、お兄様を殺めようとしたときに、大量に魔力を使ったせいでしょう。途中で気づかれてしまって返り討ちにあいましたが」
「ジュダムーアを、殺そうとしたの?」
私の質問にうなづいたカトリーナが咳き込み始め、苦しそうに呼吸をする。
ロボットから飛び降りた私はカトリーナに駆け寄り、そっと手を差し伸べて細い体を抱き起こした。
警戒するサミュエルがピクリと動き、剣を抜いたまま私の横にひざまずく。心配そうにサミュエルが私を見ていたので、「きっと大丈夫だよ」と囁いた。
近くで見ると、白かったカトリーナの髪は煤で汚れ、なめらかな肌があちこち焼け焦げ、激しい戦闘だったことを物語っていた。
わずかに同情を感じながら見つめると、母シルビアと同じ、宝石のような赤い目が私を見た。
「お兄様がガイオン将軍の魔石を奪ったと聞き、このままではいずれガーネットも……私の娘までお兄様の餌食になると思ったのです」
「娘って、もしかして前にジュダムーアが抱いていた子かな……」
「……ええ」
カトリーナが悲しそうに眉を寄せた。
「私の愚かな行いのせいで、娘が人質に取られてしまったのです。あなたたちを殺し損ねたので、きっと娘が殺されてしまいます。……ですから、娘が殺される前に、お兄様を殺してほしいのです。そのために、私の生前贈与を受け入れてください」
カトリーナが、ヘッドドレスの中央に輝く真っ赤な魔石に震える手を伸ばした。
「だめだよ、カトリーナ。そんなことしたら死んじゃうかもしれないんだよ」
「構いません。どうせもうすぐ尽きる命。それに、龍人が助けてくれなければ、城壁にくくりつけられた時に太陽に焼かれて死んでいたでしょう」
「……龍人が、助けた?」
龍人の名に私は首をひねる。どんないきさつがあったのか気になったが、激しく咳き込むカトリーナに聞くことはできなかった。
「時間が……ありません。さあ、シエラ!」
私はすぐに返事をすることができなかった。
これからカトリーナより魔力の強いジュダムーアと戦うのだから、先程の戦い以上に危険が伴うだろう。ガーネットの魔石を手に入れることで、もっとみんなの力をサポートすることができるのだとしたら、ありがたく受けるべきかもしれない。
でも、カトリーナの命を犠牲にしていいのだろうか。
目の前のカトリーナはすでに限界を迎えていた。呼吸が浅く、目を開けているのも辛そうだ。
判断がつかず困り果てた私に、見かねたサミュエルが一言告げる。
「シエラ。カトリーナの話は俺たちの目的と一致するし、お前にとっても悪い話じゃない。どちらにしてもカトリーナの体は限界が近いだろう。もし寿命のことを気にして迷っているのなら、受けてやってもいいんじゃないか?」
私を見るカトリーナが微笑みを浮かべた。
カトリーナはすでに覚悟が決まっている。
形は違えど、カトリーナは母として娘のことを想って行動していた。
その事実が、私に愛情を注いでくれたお母さんたちの記憶と重なった。
盗賊から私とユーリを逃そうとしたユリミエラ、私を助けるために長年幽閉されていたシルビア。二人の姿が思い浮かぶ。
「本当にいいの? カトリーナ」
命をかけた母の愛を感じ、私の目から涙があふれ視界がゆがむ。
微笑むカトリーナがうなずき、生前贈与の
同時に、私の胸にしまっていたイーヴォの魔石が反応して輝きだした。ネックレスを引っ張り上げると、カトリーナの深紅の魔石が光を放ちながら吸い込まれていく。
光が収まった直後、一気に電気が全身を走り抜けた。私の力が跳ね上がるのを感じる。
イーヴォの時と全然違う感覚に驚き、わずかな感動すら覚えた。
これが、ガーネットの力か。
祝詞を唱え終えたカトリーナは「この国の未来を頼みます」と告げ、満足気な顔で意識を失った。
「カトリーナ……」
さざ波のようにいつまでも魔石から全身に広がっていく強力な魔力と、私の腕にのしかかるカトリーナの体重が、重大な責任を背負ったことをひしひしと伝えてくる。また、カトリーナの命が残り少ないことも。
サミュエルが剣を納め、涙を流す私を胸に抱き寄せた。
そして力強く言葉をかける。
「シエラ。絶対に俺たちでこの悲劇を終わらせよう。どの人種もみんなで安心して暮らせる国を作ろう」
しっかりと後頭部を支えてくれるサミュエルの手が、悲しみ、苦しみ、もどかしさ、やるせなさ、言い表せないほどたくさん渦巻いている感情を受け止めてくれた。
そうだ。
私はこの国を、みんなが一緒に暮らせる国にしなければいけないんだ。
こんな悲しい出来事を、二度と繰り返さないために。
サミュエルの言葉で、再び目的に意識が集中する。
私は手の甲でグイッと涙を拭き、力強く頷いた。
「うん……!」
煤でちょっぴり黒くなった顔で微笑むサミュエル。私がカトリーナをそっと床に横たえると手を差し伸べてくれた。
その手を頼りに「えいっ」と立ち上がり、みんなでジュダムーアがいる最上階へと向かった。
静かになった、見るも無残なエントランス。
一人残されたカトリーナのもとに、龍人とトワがあらわれる。
ゆっくりと歩み寄った龍人がしゃがみ、そっと手首をとって脈を確かめた。
「上出来だよ、カトリーナ。ご苦労様」
龍人は意識を失ったカトリーナに声をかけながら、頬に手をあて輪郭をなぞり、満足気に目を細めた。
そしてカトリーナを抱きかかえるトワとともに、再び暗闇へと消えて行った。
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