第150話 婚約前夜 7

 薔薇のような赤いドレスに身を包んだカトリーナが、廊下の暗がりから私たちの前に歩み出た。

 柔らかいカーブを描いた純白の長い髪、深紅の瞳。

 はじめて見るその容姿は、ジュダムーアによく似ていた。


「カトリーナ⁉ ……この人が」

「知ってるやつか、シエラ」

「うん。ジュダムーアの妹」

「ジュダムーアの妹だと? ……一筋縄では通してくれない、か」


 一歩前に出たサミュエルが私を背中に隠し、カチャリと剣を握り直す。

 下の階から、「お前は行け」と言うガイオンの声が聞こえてきた。それに対し、イオラが困惑気味に答える。


「しかし、相手がガーネットなら私も……」

「いっちょ前に俺の事心配してるのか? するなら花嫁衣装の心配でもしとけ。大丈夫だ、必ず生きて戻る。なんたって、俺の野生のカンがそう言ってるからな。ここは俺たちに任せて外を頼む」


 一拍間を置いてから、「動けるものは全員退避!」と騎士に指示を出すイオラ。

 このままガーネットの魔力の巻き添えになれば、命を落とすものが出かねない。的確な判断だ。

 ちらりと下に目を向けると、比較的傷の浅い騎士や回復薬で動けるようになった騎士が、肩に仲間を乗せて速やかに去って行くのが見えた。

 残された動けない数名の騎士は、カイトとユーリの父リヒトリオがロボットに乗せ、城の外へ連れ出した。


 残るは私たちだけ。

 これでカトリーナに集中できる。

 早く倒して先に進まなくては。


「よけて、カトリーナ」

「なりません」


 私の言葉に返すと同時に、カトリーナが杖をかざした。

 純白の髪が魔力でふわりと舞い上がり、杖の先から煮えたぎる溶岩が噴き出す。


「爆炎!」


 カトリーナの攻撃とほぼ同時にサミュエルが剣を振りぬき、廊下を塞ぐように劫火ごうかの壁を築く。そして私を抱え上げると、義足の足で柵を蹴り、大きく二階から飛び降りた。

 ……と言っても、ここはただの二階ではない。

 一階と二階が吹き抜けになっているお城のエントランスは、普通の家と違ってかなり高い作りになっている。

 つまり、とても怖い!


 私の口から「うぐっ!」とカエルのような声が漏れる。

 一瞬の無重力のあと、私とサミュエルが勢いよく落下を始め、恐怖で全身が粟立あわだった。少しでも恐怖から逃れようと、必死でサミュエルの首にしがみつく。

 直後、炎の壁にぶつかった溶岩が、お互いの熱に反応して凄まじい爆発を起こした。耳をつんざく爆音が襲う。


「ぎゃぁっ!」


 私とサミュエルの背中を熱風が押し、さらに勢いを増して矢ように落ちて行く。


「うわぁぁ! 死ぬぅぅぅぅ」


 あっという間に迫りくる床。

 衝撃に備えて体をこわばらせた。


「んぐっっ! ……あ? あれ?」


 かなりの衝撃を覚悟していたが、予想に反してサミュエルはストンと一階に着地した。義足が衝撃を吸収したようだ。

 取り乱す私とは対照的に、サミュエルはいたって冷静だ。床に降りると同時に放心している私を抱えたまま走りだし、ロボットに乗るエーファンに私の体をゆだねた。


 父に抱え上げられて窓から機体の中に入ると、とたんに重力から解放され、息がしやすくなった。

 分かってはいたけど、あまりの感覚の違いに衝撃を受ける。カトリーナの、ガーネットの圧倒的な魔力を認めざるを得ない。


「シエラをたのむ」


 サミュエルの言葉に、父のエーファンが頷いた。

 背を向け、再びカトリーナとの戦いに戻ろうとするサミュエル。もう永遠に会えなくなるような根拠のない不安が私を襲い、背中に向かって思わず手を伸ばす。


「サミュエル!」

「だめだ、シエラ!」


 咄嗟にサミュエルを追おうとする私をエーファンがつなぎとめる。


「シエラはここにいた方が彼らも戦いやすい」

「う……そうだね……」


 父の言う通りだ。

 サミュエルもガイオンもアイザックも、みんな戦闘経験が豊富でとても強い。戦い慣れていない私が足手まといになるより、三人にまかせた方がずっといいだろう。

 そして、いざとなったらアマテラスでみんなをサポートするんだ。

 納得した私は父の隣に座り、ハラハラしながら胸の前で手を組んで見守ることにした。


 炎の壁からぬらりと姿を現し、無傷で階段を下りてくるカトリーナ。

 剣を片手に握るサミュエルを中心に、ガイオン、アイザックが並んでカトリーナへと歩いて行った。

 殺気立つ三人の体の周りに、燃えるような気が見える。


「行くぞ!」


 サミュエルの声に合わせ、ガイオンとアイザックがカトリーナを囲むように左右に分かれて駆け出した。


 杖を上に向けたカトリーナが、三人の頭上に燃え盛る溶岩の雨を降らせる。

 アイザックの氷が、落ちてくる溶岩の熱と勢いを殺し、ただの岩石へと変えた。パラパラと黒い石が床に降り積もる。


 剣を振るサミュエル。

 緑の閃光が噴き出した。同じタイミングでガイオンが拳を突き出し、衝撃波が空気を震わせる。途中でサミュエルの閃光と合わさって勢力を増し、竜巻のように渦を巻きながらカトリーナに向かって行った。


 はじめてとは思えない息の合った攻撃。無意識に私の手に力がこもる。


 これなら勝てるかも……!


 対するカトリーナが竜巻に杖を向けた。

 噴き出した溶岩と竜巻が勢いよく衝突する。両者がしばらく拮抗するが、ついにはじけ、熱風と溶岩が激しく飛び散った。あちこちの絨毯に引火し、煙と炎が立ち昇る。


 それだけでは終わらず、次々と飛び交う攻撃の応酬おうしゅう。互角に乱闘を続ける三人とカトリーナ。時間と共に城が火の海と化していく。


 初めからずっと全力で戦い続けているアイザックが、わずかに顔をしかめた。

 それを見逃さなかったカトリーナの目が光る。すぐさまアイザックに狙いをさだめ、もう一度溶岩で襲った。相殺しようと剣をふるアイザック。しかし、力が足りず、氷の壁を突き破って溶岩が迫っていった。


「危ない! アイザック!」


 アイザックがもう一度力をふりしぼって剣を振ったが、溶岩の勢いは止まらない。体力が尽きて膝をついてしまった。

 炎で照らされるカトリーナが手ごたえを感じて冷笑する。

 アイザックを助けようと、サミュエル、ガイオンが駆け出すが、カトリーナの攻撃の方が早い。

 初めて訪れたピンチに、急いで私もポッケの杖を向け、無我夢中で魔力を放った。


「いやぁぁぁぁぁっ!」


 ……お願いだから届いて!


 炎が躍る地獄絵図の中で、私の頭がパニックにおちいる。

 熱気だけでなく、仲間を失う恐怖で冷や汗が流れる。胸がはり裂けそうだ。誰も失いたくない。

 誰も失いたくない!


 私の魔法も届かず、アイザックの目前へと迫る溶岩。

 もうどうすることもできない。


 私が息をするのも忘れて震えていると、アイザックに溶岩が直撃する寸前、初めからなにもなかったかのように姿を消した。それどころか、エントランスを埋め尽くしている炎も一瞬にして消えた。

 ここにいる全員、なにが起きたか分からず呆然と立ち尽くす。


「なにごとだ!」


 怒りで顔を歪めたカトリーナが吠える。

 そこに聞こえてきた、聞き覚えのある高飛車な笑い声。


「ほっほっほっほ! やはり、龍人さんの次に天才である私がいないとダメですね」


 背後の声に振り向くと、そこに立っていたのは手を前にかざしたバーデラックだった。余裕の笑みを浮かべてエントランスの中央を堂々と歩いてくる。


「以前、散々私をコケにしてくれたお礼をしに来ましたよ!」


 バーデラックの右手から渦がおき、カトリーナに向かって行った。負けじとカトリーナが杖から溶岩を噴き出す。ぶつかり合う二人の攻撃。しかし、溶岩はどんどんバーデラックに吸い込まれていき、徐々に勢いを失って行った。


 きっと、最初のアマテラスがバーデラックにも届いていたのだろう。

 余裕のバーデラックとは反対に、直前までサミュエルたちと戦闘を繰り広げていたカトリーナの表情が、段々と苦しそうにゆがんでいく。

 ついにカトリーナが膝を折り、手足を震わせて床に倒れた。


「ほほっ。もう終わりですか、カトリーナ様ぁ?」


 床に這いつくばるカトリーナに向かい、バーデラックが歩みを進めた。不気味な笑みを浮かべ、足元のカトリーナを見下ろす。

 そしてとどめを刺そうとしているのか、バーデラックが再び手をかざした。


 その時私の脳裏に、ジュダムーアに殺されたハディージャの記憶が蘇った。

 蚊の鳴くような声だけを残し、生きていた人が一瞬でこの世からいなくなった、身の毛のよだつ記憶。


 カトリーナを見る私の足が恐怖で震えた。

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