第149話 婚約前夜 6

 ガイオンの大きな右手で、両方の手首を拘束されたイオラ。

 逃れようと体をよじるがびくともしない。戦闘のレベルは互角だが、単純に力だけを比べるとガイオンの方が圧倒的に上だ。


 しばらくして逃れられないと悟ると、頭一つ分高い位置にあるガイオンの顔をイオラがものすごい迫力でにらみつけた。


「私を馬鹿にするな! このような場でふざけたことを言いおって」

「あん? なに言ってやがる。俺がふざけてるかどうか、お前が一番よく分かってるだろうが」

「……そなたのことだ、どうせ強い女が良いと思っただけだろう。いいから離せ!」


 イオラが凄みを帯びる声で言い放つ。

 しかし、言葉とは裏腹に、言い終えたイオラは唇を噛み、悲し気に金色のまつ毛をふせた。

 それを見たガイオンがきょとんして首をひねる。


「それもあるが」


 身体強化を解いたガイオンが一度手を離し、右手でイオラの顎を支え、自分の方を向かせた。あいている左手をそっと腰に回す。

 そして、抵抗するのも忘れて息を飲むイオラに、優しい笑みを浮かべた。


「俺はお前が好きなんだよ」


 言葉を失ったイオラの頬が赤く染まる。


「昔からずっとな」


 ガイオンは、驚きに満ちて固まるイオラをグイッと引き寄せ、人目もはばからずゆっくり唇を寄せていった。


 それを横目で見ていたアイザックが、「やれやれ」と苦笑しつつ剣を振る。

 剣の軌跡を追って氷が走った。らせんを描くように天井に向かう氷の壁が、二人を囲んで閉じ込めていく。


 激しく戦っていたガイオンとイオラの異変に気が付いた何人かの騎士が、狐につままれたような顔をしている。

 そんな外の世界のことはお構いなく、氷の世界に閉じ込められた二人は、長年秘めてきた想いを確かめるようにきつく抱き合った。


 その後も、アイザックは何事も無かったかのように戦闘を続けた。

 私の耳に、飛び交う怒号や武器のぶつかり合う音が聞こえてくる。しかし、私は時が止まったかのように氷の柱を見つめていた。


 中の様子は誰にも見えない。

 それでも、異性として人を好きになったことがなく、人目を避けて暮らしていたせいで恋人を見たことがない私には、キラキラ見つめ合う二人の姿だけで十分な刺激になった。


 ……うわぁ、あれが恋人っていうやつなのかな。ガイオンっていつもがさつなのに、なんて言うか、二人がすごく……素敵。


 夢見心地でポーッとする頭の中に、接近する二人の映像が焼き付いて離れない。

 始めて見る愛の形がとても魅力的に思え、ときめきで鼓動が早くなる。


「まったく、ガイオンはこんな時になにをしている……シエラどうした⁉」


 真っ赤な顔で目を潤ませている私を見たサミュエルが驚き、剣をさやに納めると心配そうに身をかがめてのぞき込んできた。

 左右で色の違う美しい瞳が私を捉え、形の良い唇が言葉を紡ぐ。


「具合が悪いのか?」

「……っ!」


 私の額へ差し伸べられる見慣れた手が、いつもと違うものに見えた。細い指が、心配そうに額へ触れる。

 体がビクッとこわばり、恥ずかしくて全身から汗が噴き出てきた。


 ————俺が好意を寄せることだけは許してくれないか


 不意に脳をよぎるサミュエルの言葉。

 私はこの言葉の意味を、異性の存在をきちんと理解していなかったことを思い知った。そして今は、ガイオンたちを見て、体を通してその意味を理解している。


 ……私ってば、こんなこと考えている場合じゃないのに!


「あの……えっと……」


 サミュエルが首を傾げる。

 何か言わなければ。でも、何を……


 気持ちの整理がつかず固まっているところに、遠くから重量感のある足音が聞こえてきた。

 ハッとした私が、額の手を振り払うように音の方を向く。


 ……助かった。


 芽衣紗が乗っていた軍事ロボットというものがエントランスに飛び込んできたので、うまく話題をそらすことができた。


「あっ、め、芽衣紗が帰ってきた!」


 サミュエルも今しがたあらわれたロボットに注意を向けてくれた。

 一人で勝手に追い詰められていた私は安堵の息を吐く。異性がなにか、よりも先に、解決しなくてはならない問題があるのだ。


「ん? 三体いるぞ」


 乗っているロボットは同じようだが、芽衣紗が戻ってきたわけではなさそうだ。

 一体誰が乗っているんだろう。


 ロボットが向かう一階の様子に目を向けると、アイザックのがんばりでいつの間にか床に転がっている騎士が増え、動けるのはあと五十人ほどになっている。

 早速アイザックを援護し始めるロボットの窓から、乗り込んでいる人物の横顔が見えた。


「あ、カイトだ! それに、私のお父さんとユーリのお父さん!」

「む……。どうやら俺の出番はなくなってしまったようだな」


 登場したばかりのロボットは、芽衣紗のようにハチャメチャな動きはないが、息の合った動きでしびれ薬を乱射していった。バタバタと倒れていく騎士。

 残念そうに口をへの字に曲げたサミュエルが腕を組んだ。


「まあいい。とにかく、これで邪魔なやつらがいなくなった。あとはジュダムーアを探して倒しに……」


 サミュエルが言葉を言い終える前に、義足がキュルンと鳴った。「ん?」といぶかしげに眉毛を寄せるサミュエル。カイトたちが乗るロボットからも同じ動作音が聞こえる。

 すぐさまサミュエルが剣を抜く。エントランスではアイザックの氷の柱が溶け、異変に気づき警戒するガイオンとイオラが出てきた。


 なにが起きたか把握する前に、重力が全身へのしかかる。

 肺が押しつぶされそうだ。


 ……苦しい!


「なんだ⁉」


 カイトの驚く声が聞こえてきた。

 ロボットが魔力を相殺しているようで声の様子から息苦しさは感じないが、不穏な空気を察しているのだろう。

 不安を覚えた私はサミュエルの服をつまんだ。すぐにサミュエルが私の肩を抱き寄せる。すると、少しだけ息がしやすくなった。


 この圧倒的な魔力は……


「ジュダムーア……?」


 私は重力に逆らうよう力いっぱい首を動かし、自分たちがいる二階の廊下の奥へと目を向けた。


 暗がりに浮かぶ、豊かな純白の髪の毛。

 しかし、あらわれた人物はジュダムーアではなかった。


「……カトリーナ」


 元騎士団長のガイオンが敵の名を呼んだ。

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