第148話 婚約前夜 5
「大丈夫かな、イーヴォ」
悲鳴を上げながら階段を駆け下りたイーヴォが、途中で騎士に気づかれ矢を放たれた。「きゃーっ」と女の子みたいな叫び声が聞こえる。とても大丈夫そうではない。
今度はさらに複数の騎士が矢を構え、イーヴォを狙った。
「ぅぅうわぁぁぁっ、やや……やばいよサミュエル!」
こんな集中攻撃を受ければ避けようがない。
私は仲間のピンチに恐怖を感じ、頭から血の気が引いた。
青ざめる私を見て、困った顔のサミュエルが「仕方がないな」と動き出そうとした時。
大木が倒れるような、雷鳴のような、ものすごく大きな音がエントランス中に轟いた。あまりの音に全員が驚き、一か所に注目が集まる。
視線の先で、床から分厚い氷の壁が築き上げられていく。氷はあっという間に天井まで届き、アイザックと芽衣紗を囲んでいる敵を左右に分断した。見たことのない巨大な魔法を見せつけられた騎士たちが、明らかに動揺している。
「ひひひっ。やるぅ、アイザック!」
「まだ私は若くて現役だからな。これで戦いやすくなっただろう」
誇らしげなアイザックが若さをアピールした。
アイザックと背中を合わせている芽衣紗が瞬時に作戦を理解し、乗っている機体を斜め右に動かす。芽衣紗と反対側に目を光らせるアイザックは、重量感のある大きな剣を構えて攻撃の姿勢をとった。
しかし、二人が動くよりも先に、前列に立つ騎士たちが魔法を放った。オレンジ、青、緑。複数の閃光が二人を襲う。
「あぶないっ!」
私が叫ぶと、芽衣紗が乗っている機体からキュルンとなにかを巻き取るような音がした。迫っていた閃光が消える。なにが起きたんだろう。
一瞬の出来事に、戦っている騎士たちも呆気にとられた。
「いーっひっひっひ! 無限電磁スペクトル高周波を搭載している芽衣紗様に魔法は効かないよ!」
驚きで口をあけている騎士たちに向かい、芽衣紗が怪しくニヤついた。
「次は私のターン。当たったら痛いよっ! 気をつけてねっ!」
アームに筒のような武器を構える芽衣紗が、騎士に向かってなにかを乱射しはじめた。
「うわぁぁぁぁっ! なんだこれは!」
「か、体の力が入らない……⁉」
「ひゃっほぉぉぉぅ! お兄ちゃんの怪しい備品庫からくすねた、しびれ薬だよぉん! 半日は動けなくなるから覚悟してねぇぇぇ!」
興奮した芽衣紗が休むことなくしびれ薬を打ち込む。
そんな芽衣紗の攻撃と同時に、アイザックが針のような鋭い氷を雨のように降らせる。騎士が攻撃の手を止め、一斉に盾を構えた。
「全員防御! 接近は無理だ! 後方から攻撃用意!」
最初の氷瀑で戦意を失いかけた騎士たちは、二人の息の合った攻撃を防御するだけで精いっぱいのようだ。
こっちは大丈夫そうだ。それよりもイーヴォは……
「あれ? イーヴォがいない!」
一瞬目を離した隙に、イーヴォがいなくなっていた。
死んでしまったのか、それともどこかに逃げることができたのか。
生きてくれさえすれば、どこかに逃げていても良い。
私がイーヴォの無事を心から願っていると、一人の騎士が他の騎士の波に逆らい、ちょこまかと混雑を縫って出口に向かって行くのが見えた。
……なんか変な人がいる。
一人だけ違和感を感じさせる騎士に注目していると、その人が外に出たとたん、大きなジャウロンがもう一体あらわれた。騎士たちに再びどよめきが起こる。
「ジャウロンがもう一体だと……⁉︎」
この好機を見逃さず、イオラが指示を飛ばした。
「ちっ、どこからわいて出てきた! 十班から二十班、新たに出現したジャウロンの討伐にあたれ!」
「討伐」と聞いたジャウロンがぴょこんと飛び跳ねた。
イオラの迫真の演技のおかげで、イーヴォが見事に大量の騎士を引きつれていく。
ジャウロンの正体を知っている私は、一目散に逃げて行くジャウロンの背中を見送り、大喜びで手を叩いて飛び跳ねた。
「うわぁっ! イーヴォすごい、ちゃんとできてる!」
「ふん。シエラを不安にさせやがって」
言葉とは裏腹に、サミュエルも嬉しそうに口角を上げている。どうやら内心心配していたらしい。素直じゃないだけで、本当は優しいのだ。
私がホッとしているところに、豪快な笑い声が聞こえてきた。
「がははは! イオラ、俺を前にして騎士に指示を送るとは、随分余裕だな!」
「ふん! お主がふぬけている間に、私が実力を上げていただけのこと。当然ではないか!」
「がははは! じゃあ全力を出しても問題ないな」
ガイオンが両腕を腰に構えた。イオラが姿勢を下げ、すかさず剣を前にかざす。
大きく前に突き出したガイオンの拳から、先ほどと同じ衝撃波が飛び出した。イオラが剣を振ると衝撃波が真っ二つに割れ、奥にそびえる氷瀑の壁を突き破った。その衝撃と崩れ落ちる氷の塊で城が揺れる。
その後も、目にもとまらぬ二人の肉弾戦が繰り広げられた。
あまりの迫力に、恐ろしくなった私はサミュエルの袖をつまむ。
「あれって、戦ってるフリなんだよね、一応」
「多分そうだと思うが……」
どう見てもフリに見えない。
このままではジュダムーアと戦う前に城が崩れそうだ。
そこに聞こえてくる芽衣紗の奇声。
「ひぃぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉぉいぃ!」
私の目の前に飛び上がった芽衣紗が、そのまま私の後ろの壁に足をめり込ませて刺さった。
「シエラっちゃぁぁぁぁぁん! 見て見てぇ! 私の軍事ロボット、超イケてない?」
それだけ言うとまた飛び上がり、騎士をおちょくるようにジグザグ走ったり壁にジャンプしたり、上手く敵を翻弄する。
そしてそのまま大量の騎士を引き連れて、城の外へと誘導していった。
「あれも、一応戦ってるんだよね」
「……ノーコメントだ」
どう見ても遊んでいるようにしか見えない。
龍人といい芽衣紗といい、やはり田中家の血は争えないようだ。
しかし、みんなの頑張りでかなり騎士が減ってきた。そろそろ次の作戦に移れるころだろう。
サミュエルも同じことを思ったのか、私と目を合わせて頷いた。
「そろそろ仕上げだな」
サミュエルが剣を構える。
そこに、信じられない言葉が聞こえてきた。
「分かったぞ!」
ガイオンだ。
剣を握るイオラの手首を、大きな手でわしづかみにして拘束している。
勝敗が決したのだろうか。
「くっ……、離せ! 馬鹿力!」
「二度と離さねぇ。やっぱり俺にはお前しかいない。イオラ、俺と結婚しろ」
「うるさい、いいから離……はっ⁉」
「はっ⁉」
イオラと私が同時に驚いた。
満面の笑みのガイオンを前に、抵抗していたイオラの動きが止まる。
「なにを言っているんだ、ガイオンは……?」
サミュエルがこんなに驚いた顔を、私は初めて見た。
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