第147話 婚約前夜 4

 私の杖から金色の光があふれ出た。


 ……よし! 上手くいった!


 舞い上がった光の粒が、羽のようにふわふわと城のエントランスを埋め尽くしていく。

 それを見た百人ほどの騎士たちが、申し合わせたように一斉に盾を構えた。始めて見る統制の取れた動きに、私は素直に感心する。

 しかし、光は警戒する騎士を素通りし、サミュエル、イーヴォ、ガイオン、アイザックだけに降り注ぐ。いくつかの余った光は壁や床に吸い込まれるように消えていった。

 何が起きたか分かっていない騎士たちが、お互いに顔を見合わせながらおそるおそる盾を降ろす。


 イオラと対峙するガイオンが機嫌良さそうに笑い、小さな爆発音とともに金色のオーラをまとった。アマテラスで魔力が跳ねあがったのだ。


「がはははは! きたきたきたぁっ、久しぶりに来たぜぇっ! ここからは手加減無しだ。お前ら、逃げるなら今のうちだぞ!」


 腕を広げたガイオンが楽しそうに拳を握った。

 生き物のようにボコボコと浮き出る全身の血管。さらに力を入れると筋肉が盛り上がり、元々大きいガイオンが1.5倍に膨れ上がった。もはや名実ともに野獣のような出で立ちだ。

 以前、私たちがホテルリディクラスでガイオンと戦ったときも、似たような現象を見た。ただ、その時よりも今の方が体が大きい。あの時も強かったが、まだまだ本気ではなかったということか。


 ガイオンの姿に騎士たちが青ざめ、対峙するイオラは……驚きもしない。さすが現騎士団長。私の方が青ざめている自信がある。


「魔力で押し殺されるぞ! 階級が低い者はすぐに離れろ!」


 ガイオンの魔力を受けても平然としているイオラが叫んだ。

 イオラと一緒にガイオンを取り囲んでいた騎士が一斉に引く。しかし、距離を取っていても圧迫感を感じるのだろう。苦痛に顔をゆがませている。他の騎士とイオラの表情を見れば、実力の差は歴然だ。

 私はリディクラスで自分が経験したガイオンの圧力を思い出し、苦しそうに顔をゆがませる騎士が気の毒に思えてきた。


「……なんかガイオン、前より大きくなってない?」


 私が隣のサミュエルに問いかけた直後、ガイオンのまわりだけ重力でも増したかのように足元の硬い大理石が割れた。

 それだけでも驚きだが、次の行動を見て私たちはさらに驚きの声を上げる。


「うえぇっ⁉ なにしてるのガイオン!」


 一回り大きくなったガイオンが、「だりゃぁぁぁっ」と元気な掛け声とともにその場でこぶしを突き出した。その勢いで陽炎のように空気がゆがむ。そしてまっすぐ飛んだ衝撃波が城の外壁を突き破った。派手な音をたてて落ちる大量の壁と天井。顔を引きつらせるイオラがなにかを呟いたが、周りの騒音がひどすぎてこちらには何も聞こえてこない。

 そうこうしているうちに、大きな石のかたまりが、壁の近くにいる芽衣紗に向かって落ちて行った。


「あ……!」


 私が思わず声を漏らすと、変わった乗り物を操る芽衣紗がピョンと高く飛び上がり、天井に乗り物の足を突き刺してぶら下がった。元居た場所に石が直撃し、床が大破する。

 あと一歩遅かったらと思うと背筋が凍るが、コウモリのようにぶらぶらしている余裕の芽衣紗に、逆に安心感がわいてきた。


 しかしこれだけでは済まない。

 逃げ惑う騎士に、次から次へ雨のように石のかたまりが落ちていく。城の破壊とともに巻き起こる大量の土煙。まるでこの世の終わりを見ているようだ。


「……ガイオンって、素手だったよね」

「そうだな。きっと準備運動だろう」

「準備運動……これが……」


 人間と思えないパワーに愕然とする私の横で、先程準備運動と称して大暴れしたサミュエルがうなずいた。

 魔石を失ったガイオンも、久しぶりにフルパワーが出せて嬉しいのかもしれない。


「たしかに、さっきのサミュエルに似てるかも」


 私がそう言うと、サミュエルが「……あいつはちょっとやり過ぎだ」と呟いた。

 鉄の扉を壊した上に大量の騎士を吹き飛ばしたサミュエルでも、ガイオンはやり過ぎに見えるのか。それとも、単に自覚がないだけなのか。

 イーヴォが口を尖らせるサミュエルを見て笑いをかみ殺している。


 徐々に一階の土煙がおさまってきたころ、新たな騎士の軍団が階段からエントランスへなだれこんできた。元からいた騎士と合流し、近くにいるアイザックへ標的を絞る。


「あっ、アイザックが囲まれちゃった!」


 取り囲んでいる騎士は二百人と言ったところか。いくらアイザックと言えど、この量の騎士に囲まれたら命が危ないだろう。

 そこへ、天井にぶら下がっていた芽衣紗が降ってきた。背中を合わせるようにアイザックと並ぶ。芽衣紗が乗っている機体の横から、腕のようなものが伸びた。どうやら武器を持っているらしい。しかし、明らかに多勢に無勢。私たちも加勢しなくては。

 私がおろおろしているうちに、二人を狙って騎士の攻撃が開始した。


 ……ど、どうしよう!


 私がハラハラしながら戦況を見ていると、サミュエルがイーヴォに話しかけた。


「イーヴォ、お前も行け」


 きょろきょろ見渡すイーヴォ。

 間をおいてから自分に言われたのだと理解して驚いた顔をする。


「えっ……? 正気⁉ ひ弱な僕が騎士団なんかと戦えるわけないでしょ。すぐに死んじゃうもん。強いんだからサミュエルが行きなよ」


 情けない声を出すイーヴォに、サミュエルが冷たいまなざしを送る。


「お前の管理は俺に一任されている。あそこで暴れているジャウロンにでも変身して、アイザックの周りにいる騎士を外におびき出せ。死んだら花くらい供えてやる」


 サミュエルはガイオンがあけた壁の穴を指さした。

 その穴から外を見ると、ポルテで私が倒したものよりもはるかに巨大なジャウロンが暴れている。


「おとり⁉ めちゃくちゃ危ないじゃん! しかも、あのでっかいジャウロンの幻影をみんなに見せるなんて無理だよ。僕は魔力が少ない上に今は魔石も無いんだからねっ。この中で最弱だよ!」


 イーヴォが胸を張ると、サミュエルが大きなため息をついた。

 顔を見ればものすごくイライラしているのが分かる。


「バカ。偉そうに言うことじゃないだろ。シエラのアマテラスで魔力が増えてるから問題ない。死ぬ気でやればなんとかなる」


「それともジュダムーアと戦うか?」と言われて縮み上がるイーヴォ。外で暴れまくっているジャウロン、アイザックたちと戦っている騎士を交互に見た。きっと脳の中でジュダムーアも天秤にかかっていることだろう。


 イーヴォがもう一度ジャウロンを見た時、しびれを切らしたサミュエルが思いっきり背中を蹴った。私は思わず「あっ」と呟く。

 蹴られた勢いで転がるように階段を駆け下りていくイーヴォ。


「いたぁぁぁいっ! まだ死にたくないよぉぉぉぉ!」


 涙目のイーヴォに気づいた騎士が矢を放った。

 止まることも戻ることもできないイーヴォが、やけくそになって混乱の中を突っ走る。


「期待しているぞ」


 魔王サミュエルが、私の横で満足そうに腕を組んだ。

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