第146話 婚約前夜 3
地上でジャウロンが暴れ始めていた頃、私、サミュエル、イーヴォの三人はラボのみんなと合流するべく軟禁部屋を出た。
右に曲がって薄暗い廊下をまっすぐ進んだ突き当りには、脱獄しようとしても簡単には外に出られないよう、行く手を阻む分厚い鉄の扉がある。
しかし大丈夫。イーヴォが鍵を持っているのだ。
「ちょっと待ってね、今開けるか……うわっ!」
イーヴォが言い終わるより先に、サミュエルが突然剣を前に振りぬいた。雷のような緑色の閃光がまっすぐ走り抜ける。
「きゃぁっ!」
次に目を開けた時、鉄の扉が閃光の形にぐにゃりと陥没していた。
「ふん。一度では無理か」
私が呆気にとられている横で、芽衣紗特製、魔力を増幅する剣をじろりと睨んだサミュエルが不服そうに鼻を鳴らす。
「む……無茶だよサミュエル! 一分くらい待てないわけ⁉ この扉はどんな囚人も逃げ出せないように作られてるんだから。せっかく僕が鍵を持てるのに、こんなに変形したら使えな……」
「問題ない」
うろたえるイーヴォが言い終える前に、またしてもサミュエルが一回、二回と剣を振る。そのたびに分厚い鉄の扉が柔らかい飴細工のように変形していった。
……うひぃ、すごい。私まだ、アマテラス使ってないのに。
三回目。大きくへこんだ扉のまわりに隙間ができ、明るい光が差し込んだ。鉄の塊がゆっくりと後ろに傾く。スローモーションのように床に倒れると、くぐもった轟音と共に床と空気を震わせた。足にビリビリ振動が伝わる。
行く手を塞いでいた扉が消えて、目の前がぽっかりと開けた。
「これで良し」
「良しじゃないよ! 能力の無駄遣い! 余計に時間かかってるし!」
イーヴォの抗議はサミュエルに聞こえていないようだ。涼しい顔でそっぽを向き、広い廊下に出る。
そしてすぐに聞こえてくる複数の足音。嫌な予感がして私の心臓が早鐘のように鳴りだした。
「お前ら、何をしている!」
悪い予感が当たり、廊下の向こうから騎士の顔がのぞいた。異変を感じて集まってきたのだ。私たちと十名ほどの騎士が対峙する。
イーヴォが「あーぁ、いわんこっちゃない!」と顔を覆った。
「脱獄だ! 皆の者、武器を取れ!」
リーダーらしい騎士の一声で、一斉に私たちへ剣がむけられる。
……うわぁぁぁ、やばい。いきなり道をふさがれちゃった!
早く一階に行ってみんなと合流しなくてはならないのに、十対三では明らかに分が悪い。しかも相手は戦いのプロ。
私が怖気づきそうになると、サミュエルが目に見えるほどの殺気を漂わせて前に歩み出た。剣を構える姿に一切の迷いは無い。その姿を見て私も覚悟を決める。
……サミュエルにだけ負担をかけていられない。私も加勢しなきゃ。
そう思って頭のポッケに手を伸ばす。そしてポッケをジャウロンの飾りがついた杖に
「準備運動には少ないな」
私が杖を構えるより早く、サミュエルがめずらしく楽しそうにつぶやいた。持っている剣が再び緑の光をまとう。
警戒する騎士が動くより先に、サミュエルが剣を横に一振りした。切っ先から飛び出す緑の
……うわっ、サミュエル容赦ない!
よっぽどストレスが溜まっていたのか、次々と敵を吹き飛ばしていくサミュエルは楽しそうで、踊りを踊っているように軽やかに舞う。後から駆け付けた騎士たちも同様に、サミュエルに吹き飛ばされていく。
「ふん、準備運動にもならなかったな。以前相手をした者たちに比べれば手ごたえが無さすぎる。こいつら、下っ端か」
剣を鞘に納めるサミュエル。結局一人で三十人ほどの騎士団を打ちのめしてしまった。
一応手加減はしていたようだが、地面に這いつくばってうめき声を上げる騎士たちはダメージが大きく、すぐには起き上がれそうにない。
「う……わぁ……、サミュエル」
……ヒーローみたい。いや、魔王か?
どうやらサミュエルはわざと物音で騎士を引き付けたようだ。……準備運動のために。
当の本人はやや物足りなさそうではあるが、絶好調なのは十分に分かった。
「行くぞ、芽衣紗たちと合流しなくては」
ちょっとだけ床に転がる騎士に同情していると、すっきりした表情のサミュエルが手を差し伸べた。私は迷わずその手を取る。
サミュエルの姿に刺激を受けた私は、走りながらポッケの杖を握り直した。
サミュエルが倒した騎士の山を乗り越え、階段を下って行く。このままみんなと合流だ。
しかし、数段降りたところで下から駆け上がってくる三名の騎士と出くわして足を止める。
「げ、また騎士団!」
立ちふさがる騎士に足を止めると、さらに上からも三名の騎士が下りてきた。挟み撃ちだ。逃げ場のない私たちを、上下からジリジリと追い詰めてくる。
……よし、私も頑張らなきゃ!
「上は私に任せて!」
気合いを入れた私は、必殺技で迫りくる騎士を狙う。
「
最初の一撃が見事に眉間に当たった。騎士が額を押さえてよろめく。
そのあとも、敵が飛ばす攻撃をちょこまかと避けながら私も攻撃を仕掛ける。私の青い光が騎士の足元や胸、眉間に次々とヒットした。体のあちこちを押さえた騎士が一人ずつ戦線を離脱していく。私だってやればできるのだ。
しかし、どこから湧いてきたのか、さらに大量の騎士が階段の上から押し寄せてきた。騎士たちが杖や剣を構える。
「ぎえぇぇぇ! 増えすぎ! 増えすぎだよ!」
半泣きの私とイーヴォが闇雲に攻撃を飛ばす。
そこに、下の敵を倒したらしいサミュエルが振り返った。
「よくがんばったぞ、シエラ!」
サミュエルの閃光が横一直線に駆け抜け、城の壁をえぐりながら騎士を襲う。その間に飛んできた敵の攻撃もサミュエルが軽く剣でいなし、さらにもう一回、二回と凄まじい閃光を飛ばしていった。壁がボロボロと崩れ、煙があたりを覆う。
階段という限られた空間が味方したのか、煙がおさまったあとも立ち上がる者はいない。大量の騎士は私たちを傷つける前に全て倒れたのだ。
……ごめんね! 怪我は自分で直してね!
こうして魔王サミュエルと私、イーヴォは、追いかけてきた騎士を撃退しつつ一階を目指して階段を駆け下りた。
吹き抜けになっている二階の廊下に到着すると、一階の全貌が見えた。
エントランスには、すでに別の騎士たちと戦闘を繰り広げているガイオン、アイザックがいる。みんなに大きな怪我はなさそうだ。
……良かった、まだガイオンのお腹に穴はあいていない!
間に合ったことにほっとした私が大声で呼びかける。
「みんな、お待たせ!」
「シエラちゃん!」
「がははは! やっと来たか!」
「シエラ! 無事だったか!」
変な乗り物に乗った芽衣紗、イオラを相手にしているガイオン、複数の騎士と向き合うアイザックが私たちを振り返る。
嬉しそうなアイザックは、私に注目しすぎて危なく騎士から一撃をもらいそうになった。
「行け、シエラ!」
「うんっ!」
サミュエルの声を合図に、私は全身の魔力を集める。
目の前が暗くなり、燃え盛るような全員の気が見えた。空気が渦巻き、生ぬるい風が頬を撫で、髪の毛が舞い上がる。めくれそうになるスカートを、サミュエルが後ろからつまんで押さえてくれた。
うまく魔力を捕まえると、ジャウロンの杖が抱えるピンク色の宝石が輝きだした。
……今だ!
「アマテラス!」
呪文を唱えると、私の杖から金色の光があふれだした。
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