第145話 婚約前夜 2

 芽衣紗が大はしゃぎで城を破壊し続けている頃、地下では違う動きが始まっていた。


 闇に紛れたシエラの父エーファン、ユーリの父リヒトリオが、勝手知ったる地下の搬入口から忍び込む。二人の姿を確認したカイトが、作戦開始を伝えに奥へと走った。


 下働きが暮らす地下には、あらかじめカイトから説明を受けている労働者がすでに待機していた。中には、久しぶりにエーファンとリヒトリオの姿を見て、自分たちを救いに来てくれたことに感謝の涙を流すものもいた。


「移動開始! 一人で動けない者は、エーファンかリヒトリオにつかまれ!」


 これから起こる戦いに、城のライオットとレムナントを巻き込むわけにはいかない。一番最初に皆を安全な場所へ避難させるのだ。


 カイトの掛け声で、列をなした下働きたちが最低限の荷物を抱えて地下の搬入口へ向かっていく。

 そこに立っているのは、戦車のような勢いでまくしたてるシルバーの美女二人。


「はぁ~ぃっ、みなっさぁぁん! 焦らず素早くくぐってねぇん。ホテルリディクラスで集合よぉぉぉっ! ……あらっ? あなた、いい男じゃなぁい?」

「あらやだっ、ほんとっ! あなたはリディクラスじゃなくて私たちの家で集合しましょうねぇん」


「いい男」と呼ばれ、標的になったライオットの青年がギクリと体をこわばらせた。

 緊迫感のないダイバーシティの門番二人が青年の体をぺたぺた触りだす。あきれるカイトが注意した。


「お前ら、いい加減にしろよ。今はそれどころじゃないだろ!」


 他のライオットとレムナントは、気の毒そうな顔で青年を振り返りながら扉を抜けて行く。

 この、元男で現在美女の二人は、ダイバーシティへの転移能力の持ち主。彼女たちの力で、地下の搬入口はダイバーシティの門へとつながっているのだ。


「あんっ、こんなの挨拶じゃなぁい。大丈夫よ、ちゃんとみんなを送り届けてあげるからっ」

「怒ったカイトちゃんもス・テ・キ♪」

「だぁっ! やめろ!」


 カイトの心配をよそに、ダイバーシティへの転移が速やかに完了する。


「よし、これで終わりだな! 次の作戦にうつろう!」


 カイトが号令を下すと、雷が落ちたようなものすごい轟音が聞こえてきた。大きく足元が揺れる。芽衣紗が上手くやったらしい。

 作戦が順調に進んでいることを感じた門番二人は「こっちは任せてねぇん」と言い、投げキッスをしてダイバーシティへと消えた。


 そこに再び轟く轟音、振動。天井からほこりが落ちてくる。





 同刻。

 カイトたちから離れた場所で、昆虫のような馬のような、得体のしれない物体に乗り込んだ芽衣紗が怪しく笑っていた。


「ひぃーっひっひっ。行け! 行くのだ! 全てを破壊しつくせぇぇぇ!」


 芽衣紗があけた床の穴から出てきた、大きな頭と真っ黒な目。鋭い爪が生えた手を伸ばし、ジャウロンが這い出すようにして姿をあらわした。

 しかし、山のような巨体には部屋が狭すぎる。上半身分の空間しかない。一度首をかしげたジャウロンは、数年ぶりの自由を楽しむべく石造りの壁へ頭突きを食らわせた。壁と天井が簡単に崩れる。ぽっかり空いた空間に、ジャウロンがジャンプして飛び出た。


 そこへ最初に駆け付けたのが、騎士団長イオラと二十人程の騎士たち。騎士が凶悪なジャウロンに睨まれて後ずさった。


「ぐ……っ!」


 ジャウロンの討伐は初めてではない。しかし、目の前にいるのは今までに相手してきた個体と全く違う。

 このジャウロンは、バーデラックによって品種改良された成体。普通の倍はあろうかという巨体に成長しているのだ。

 活きの良い獲物を見つけたジャウロンが大きな口を開け、天井と壁を破壊しながら騎士たちに向かっていった。


「まずい!」


 イオラが騎士たちに命令を下す。


「城内では隊列が組めん! 一班から三班、連携して外におびき出せ! くれぐれも……」


 イオラの最後の言葉は、耳をつんざくようなジャウロンの雄たけびでかき消された。

 緊急事態に慌てる騎士たちがイオラの命令に従って動こうした、その時。


「がははは! 三班だけで足りるかな? こっちには、元騎士団長が二人もいるんだぜ」


 聞きなれた豪快な笑い声に全員が注目をする。ガイオンだ。

 不審な登場の仕方に、騎士たちから「ガイオン様……?」と戸惑いの声が漏れる。しかし、イオラだけは冷静だ。


「ガイオン、貴様の差し金か。一体なにをしようとしている!」

「がはははは、よくぞ聞いてくれた! 俺を退職に追い込んだジュダムーアを殺しに来てやったぜ」

「ジュダムーア様を……殺しに⁉」


 自分たちの命と引き換えに魔石を生前贈与した元上司が、今度は王へ復讐をしようとしている。その事実がすぐに飲み込めず、騎士たちにどよめきが起きた。

 そこへ畳みかけるようにガイオンが告げる。


「そして隣にいるのは誰だと思う? あっ、聞いて驚くなよぉ? この人は伝説の鬼神、アイザック将軍でぇぃ! 騎士なら知らねえ奴ぁいないだろう。アイザック将軍の氷瀑をくらいたくなかったら、怪我する前に立ち去るんだなぁぁぁ! がはははは!」


 アイザックの名を聞いた騎士に、輪をかけて動揺が広まった。

 以前城を襲った反逆者の中に、氷の壁を築き上げたシルバーがいたことは全員が知っている。ガイオンの言葉をだれも疑いはしなかった。


 調子に乗って変な節回しで言うガイオンにイオラが顔をしかめた。しかし、幸いパニックに陥っている騎士たちは違和感に気が付いていないようだ。


 ガイオンとアイザック、そしてジャウロンにひるむ騎士たちを鼓舞するように、イオラの怒鳴り声が通る。


「ガイオンは魔石を失ったただのシルバーだ! それに、元将軍と言えど、アイザックは寿命の近い老いぼれではないか! 最強を誇るエルディグタールの騎士がこれしきで怖気づくな!」


 全ての事情を知っているイオラは、とても演技とは思えない迫力で騎士たちを先導し始めた。


 もうすぐ四十の声を聞くアイザックは、老いぼれと聞いてちょっとだけショックを受けた顔をし、「まだまだ現役だ……」と寂しく呟いた。

 確かに、平均寿命五十歳のシルバーで、三十七歳は高齢と言える。

 肩を落とすアイザックを見てガイオンの口がゆがんだが、なんとか笑いをこらえて叫んだ。


「よぉし、俺が相手になってやる。命がいらねぇ奴はかかってこい!」


 久しぶりの戦闘に気分が乗ってきたガイオン。すぐにでも戦いを始めようとしてアイザックに肩を叩かれる。


「こら、ガイオン。また腹に穴をあける気か。まずは予定通りエントランスに向かうぞ」

「そうだ。まずはエントランスだ。よぉし、お前ら、捕まえられるもんなら捕まえてみろ!」


 二人は芽衣紗の乗り物に飛び乗り、窓から上半身を出して腰をかけた。


「オーライ! じゃあ行っくよぉぉぉぉぉ! 落とされないようにね!」


 目の前のホログラムを操作し、操縦桿を握った芽衣紗が猛スピードでジャウロンの横をくぐり抜ける。そして壁や天井を走り、まんまと騎士を置き去りにした。


「がははは! 俺の馬より速ぇじゃねぇか!」

「くっ、好きにさせるか! 一班はあいつらを追え、二班はジャウロン、三班はありったけの援護を集めろ!」

「はっ!」


 ガイオンたちに一歩遅れ、イオラ率いる騎士団が動き始めた。

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