第136話 小さなナイト

「見せたいものってなあに? イーヴォ」


 息を切らせるイーヴォにシエラがきょとんと首をかしげる。


「驚かないでねっ」


 イーヴォが笑みを深めると、柔らかい紫色のくせ毛の間から小さな頭がピョコンととび出た。それを見たシエラの表情ががみるみる明るくなっていく。


「ポッケ!」

「ぴっ!」


 思わず驚いてしまったシエラに、イーヴォとイオラが慌てて「しーっ!」っと注意を促す。ハッと口に手を当てたシエラが肩を竦め、キョロキョロ周りを見渡し「ごめん……」と呟いた。しかしその声にはどことなく嬉しさが滲んでいる。


「どうしてポッケがここにいるの?」





 ————一日前。



「今日の話はシエラから聞いているか」


 イオラがサミュエルに問いかけた。

 抵抗虚しく軟禁部屋に引きずり込まれたイーヴォが、サミュエルに睨まれイオラの後ろで小さくなっている。


「……生前贈与のことか」


 イオラに問いかけられたサミュエルはシエラの姿を思い出す。

 一生懸命感情を抑え、言葉を詰まらせながらつたない説明をしていたシエラに、よほど辛い思いをしてるのだろうと胸を痛めていたのだ。その痛みと同時に、やっとのことで抑えた龍人への怒りも込み上げ鋭く目を尖らせた。


「聞いているなら話は早い。お前らの計画にこやつも入れてやれ」

「げっ!」

「なんだと……」


 イオラの提案に、驚くイーヴォとサミュエルの声がそろう。


「どうやらイーヴォは龍人に捨てられたらしいのだ」

「……容易に想像できるな」


 イオラの後ろから「僕が捨てたんだもん!」と反論するイーヴォを無視して話が進む。


 イオラは、ここ数日の動きだけを見ても、シエラのためを思ったイーヴォの行動に偽りはなさそうだと感じていた。であれば、すでに事情を知っている以上、龍人に駒として動かされるよりはこちらの戦力にした方が良い。

 数々の戦歴からそう判断したイオラが、先程の生前贈与の様子を説明し、決戦当日のイーヴォの監視役をサミュエルに持ちかけた。


「その代わり、何かあった時は私が責任を持ってイーヴォを始末してやる。使い道はお主の好きなようにすれば良い。悪くない提案であろう?」

「ぼ、僕は戦えるような技術も魔力もないからねっ! ねっ! ねっ!」


 何度も念を押すイーヴォだが、二人は全く反応を示さない。腕を組んだサミュエルが、人差し指をトントンとリズミカルに動かして考える。


「良いだろう。これまで煮え湯を飲まされてきた礼をしよう」

「決まりだな」

「あー! もう! イオラさんに拾ってって言ったのはそういう意味じゃないのにぃっ!」


 情けない悲鳴を上げるイーヴォをよそに、イオラとサミュエルが同意の握手を交わす。

 そして、イオラはサミュエルの枕元にある鳥かごに目を止めた。

 中でレタスの葉っぱを食べているポッケが、自分を見つめてくるイオラに気づいて「ぴっ」と鳴いた。


「あれは……まさかポルテの精霊⁉」

「ポッケを知っているのか」

「ああ。イルカーダはポルテの精霊と交流があるからな。しかし、滅多に森から離れることのない木の精霊が、なぜこんな所に」

「ポッケはシエラがポルテから連れてきたんだ。杖の材料をもらった時にこいつを拾ったとか言ってたぞ」


 ため息をつくイオラは、ガイオンから革命を持ちかけられた時と同じくらい呆れてため息をついた。


「精霊を従えるなど、本当にシエラは規格外だな。こいつらは自分が守護する木を護るために大暴れするから、取り扱いを間違えると非常に危険なんだ。木材を切り出そうとして何人も命を落としている。しかし、一度決めた宿主への忠誠心は高い。扱いを間違えなければ害にはならないだろう」

「そうか。タケハヤと言う男に危険な目にあわされたようだが、意味はあったんだな」

「タ……タケハヤだと?」

「杖の材料をもらったと言っていたぞ」


 イオラは呆れを通り越し、ショックで言葉を失った。


 タケハヤは、かつてイルカーダを平定したと言われる伝説の人物。武勇伝だけは残っているが何世紀も前の話で、もちろん実態を見た人間などすでに存在しない。

 それなのに、シエラは精霊を従えるだけでなく、伝説のタケハヤに会って杖の材料までもらってきたらしい。

 なぜガイオンが命をかけてまで普通の少女に協力するのか不思議に思っていたが、やっとその理由が腑に落ちた。ガイオンの野生のカンが働くわけだ。


 イオラが一人で納得していると、サミュエルがカゴに顔を寄せ、いつものようにポッケへ話しかけた。


「ポッケ、これからもシエラを守ってくれるか?」

「ぴ!」





 イーヴォは昨日の出来事を思い出しながら、シエラへ説明した。


「イオラさんからポッケの話を聞いたんだ。それで昨日の夜、ポッケそっくりのダミー人形を作って、さっきその人形とポッケを入れ替えてきたんだよ。シエラちゃんに元気になってもらいたくて」


 イーヴォのくせ毛の間からポッケがぴょんと飛び降りて、シエラの手のひらに着地した。手から伝わるポッケの小さな足の重みがシエラをくすぐる。


「わぁ、ありがとうイーヴォ。人形を作るなんて大変だったでしょう? もしかして寝てないんじゃない?」


 精霊の力は分からないが、せめて辛い思いばかりしているシエラを元気付けたい。そう思ったイーヴォの計画は上手くいったようだ。

 嬉しそうにポッケへ頬擦りするシエラの笑顔に、イーヴォの心がじんわりと和んでいく。


「へへっ、シエラちゃんに喜んでもらえるならそんなのどうってことないよ。でも、もしお礼を考えてくれるなら、もう一度シエラちゃんにキ……いてっ」


 輪ゴムがはじかれるような音がしたかと思うと、不用意にシエラに近づこうとするイーヴォがおでこを押さえた。

 何が起きたのかとシエラが手のひらに視線を落とすと、ポッケが小さな手をイーヴォに向け、次々と空気の玉を飛ばしている。どうやらシエラを守ろうとしてくれているらしい。


「ふっ。頼もしい相棒だな」

「ひどいよー、僕が籠から出してあげたのに」


 きっとこれもイーヴォなりの励ましなのだろう。

 そう察したシエラは、おでこを赤くするイーヴォを見て、感謝の気持ちと笑いが込み上げてきた。イーヴォを撃退しようとするポッケに「もう大丈夫だよ」と礼を言うと、満足したらしいポッケがシエラの結い上げられた髪の間に隠れた。


「行くぞ、ジュダムーア様が機嫌を損ねる前に。ポッケは顔を出すなよ」

「ぴ!」


 イーヴォとポッケから元気をもらったシエラが、力強くイオラに頷く。

 そして心配そうに見送るイーヴォに笑顔で手を振ると、凛と背筋を伸ばして王の部屋へ向かった。

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