第119話 死線の告白

 サミュエルの胸の上にいる私は、キョロキョロ視線だけで周りを警戒してからこっそり聞いてみた。


「一泡って、なにをするつもり?」


 サミュエルは状況を動かすために無理やり絶飲食を始めたくらいだ。

 あまりいい予感がしない。


「まずは俺の右手を切り落としてだな」


 ……やっぱり!

 そんなことだろうと思った!


 予想が的中した私は、できるだけ声を出さないように気をつけながら再び怒る。


「なぁぁぁぁに言ってるの! そんな恐ろしいこと絶対しないでよ、バカ!」

「む……バカと言う方がバカなんだぞ。俺の腕輪が外れたらお前も俺も自由になれるんだから、これ以上の案があるか」

「ダメ! とにかく却下!」

「なんでだ? お前のためなら足や腕の一本や二本……」

「それは私のためじゃないよ!」


 囁き声の私に怒られたサミュエルが、困惑顔で首をかしげた。


 ……え、もしかして私が変なの?


 本気で疑問に思っているサミュエルを見ると、一瞬だけ自分に自信がなくなった。私は布団に顔をうずめて深いため息をつく。


「もう。サミュエルに任せていたら命がいくつあっても足りないよ、サミュエルの」

「良いんだよ、俺は別に。お前が幸せになってくれるなら死んだって構わない」


 サミュエルはさも当たり前のように言った。

 私はあきれて返す言葉もなくじろりと睨む。すると、怒られているのになぜか機嫌が良さそうなサミュエルが、優しく背中をポンポンとたたいてくれた。

 なんだか私が駄々をこねてあやされているみたいだ。

 まともなのは私の方のはずなのに、形勢が逆転しているように感じて、ぼやきとため息が止まらない。


「……どうせなら私のために生きてくれた方が嬉しいのに。なんでそこまでしようとするのか理解できないよ。はぁ」


 私のぼやきを聞いたサミュエルが、背中をたたく手を止めてキョトンと目を丸くした。


 どうしてそんな顔をしているのだろう。

 私も同じくキョトンとしていると、サミュエルの切れ長の目がわずかに鋭くなり、真剣な光を宿した。


「……わからないのか?」

「え?」


 私が次の言葉を探していると、もともと熱でほんのり顔を赤くしているサミュエルが、少しだけ頬の赤みを増して切なそうに眉毛を寄せて口を結んだ。


 もしかして、知らないうちに地雷を踏んでしまったのだろうか。

 半分皮肉混じりに言っていた私は、いつも通り憎まれ口で言い返されると思っていたので、想像とのギャップに戸惑いを感じる。


 見つめ合う中に訪れた沈黙。ドキドキと速度を増していく心臓の鼓動。これは自分の音だろうか、それとも……。

 顔の位置も体の距離も近すぎて、もはやどちらの心臓の音か分からない。


 しばらく続く沈黙をやぶろうと、サミュエルが小さく息を吸う。そして、丁寧に言葉を紡ぐ口の動きに、私は釘付けになった。


「シエラが」


 私が……

 やっぱり地雷を踏んじゃったのかな。

 いったいどこで……?


「俺の命よりも大切だからだ」


 サミュエルの命より大……。


「えっ⁉」


 ポッと頬を上気させた私は激しく動揺した。

 もちろん妹として、という意味だと思うけど、いつもと違って意味ありげな雰囲気で言うから変に意識してしまった。そもそも、似たようなことはユーリに何度も言われてきたのに、私がこんなに動揺するなんておかしい。もしかしたら、龍人に「恋してる」なんて言われたばかりで、男の人に対する印象が前と違うせいかもしれない。

 パニックになった私は、真っ赤な顔で目をぐるぐるさせながら心の声を漏らす。


「そ、それって、なんだか私のことが……」


 ……好きみたい。


 私が全部言い終わる前に、熱のせいで目を潤ませるサミュエルが言葉を補完した。


「俺は、自分の感情でお前を束縛しようとは思っていないし、お前にその気が無いのも知っている。だから今まで通り気にしなくていい。……ただ、俺が好意を寄せることだけは許してくれないか」

「えぇっ⁉︎」


 ……好意を寄せるって、そう言う意味、だよね。


 切なそうな顔で見つめられ、私の体が熱くなる。苦しさを感じるほど高鳴る心臓の音も、燃えそうなくらいに上昇している体温も、きっと布団越しに全てサミュエルに伝わっているだろう。

 私は落ち着くために一度体を起こし、距離を取って深呼吸を繰り返す。


「ゆ、ゆ、ゆる、ゆる、許……す」


 許すもなにも、突然の告白にどう答えていいのか分からない。


 あまりの衝撃で言いたいことがうまくまとまらず、息も絶えにあたふたしていると、了承と受け取ったサミュエルが言葉を続ける。


「ありがとう」


 違う!

 違わないけど違う!


 何かを言い返そうと口をパクパクさせていると、横になったままのサミュエルが穏やかな顔で手を伸ばし、私の髪に触れた。私が息を飲んで硬直すると、髪の毛の間にするりと細い指を通し、名残惜しそうに毛先を握った。優しいしぐさは、まるで大切な宝物に触れているようだ。

 否定するタイミングを失った私は何も言えず、耳の横を通り過ぎる指の感触に意識を集中させた。恥ずかしさと言葉にならない感情で呼吸がさらに乱れてくる。


 ……サミュエルが、私のことを好きだったなんて。


「だから、お前のためなら腕だって切り落とすし、龍人だってジュダムーアだって、ためらいなく殺してやる」

「龍人を殺す……」


 私はまだ落ち着かない呼吸を繰り返しながら、サミュエルの言葉を反芻した。

 確かに龍人は私をだまして連れてきたり、サミュエルやポッケを閉じ込めたりしている。だけど、私はやっぱり龍人が悪い人には思えないし、サミュエルと龍人に殺し合いをして欲しくない。

 気持ちが顔に出たのか、サミュエルが悲しそうに表情を曇らせる。


「お前は……」


 名残惜しそうに髪の毛を離したサミュエルの手が、パタンと力なく布団に落ちる。そして、数秒言い淀んでから再び言葉を重ねた。


「龍人と一緒の方が幸せなのか?」


 龍人と一緒の方が幸せ?


「ど、どうしてそんなことを聞くの?」


 サミュエルが私から目線をそらすように、少しだけ顔を横に向ける。そして黒いまつげが伏せがちの目に暗い影を落とした。


「俺は、このまま龍人の計画に乗せられてジュダムーアと結婚すれば、お前が不幸になってしまうと思っていた。だが、このままの方が幸せなんだとしたら、わざわざお前の幸せを壊すつもりはない……」


 言葉とは裏腹に、寄せられた眉毛から隠しきれない恨めしさを感じる。どうやら、あくまでサミュエルは私を一番に考えようとしてくれているらしい。自分の体や気持ちを差し置いて。


 そんなサミュエルの寂しそうな表情が、何度も死を望んでいた時の面影を思い出させ、私の胸を締め付けた。そして、二度とサミュエルを孤独にしないと誓った時の感情もよみがえる。


「幸せなわけないじゃん。私は、サミュエルと、みんなと一緒がいい!」

「そうか……良かった!」


 寂しそうだったサミュエルが一変、心から安心したようにニッコリ笑った。

 その笑顔が雷のように落ちて、わずかに落ち着きを取り戻そうとしていた私の思考を停止させる。


 サミュエルってこんな風に笑う人だったっけ⁉︎


 生命の樹の一見で意識を取り戻してから、前よりも雰囲気が優しくなったと思ってはいたが、ここまで素直に感情を表現するのは始めて見る。

 とても可愛らしいサミュエルに照れた私は、照れ隠しに勢いよく自分の望みを並べていった。


「私、ここに来た日だってジュダムーアに叩かれそうになったんだよ。あの時は龍人がかばってくれたけど、ここに私の幸せはないよ。私の幸せは、前みたいに穏やかに生活すること。そしてイルカーダに行く前のバーベキューみたいに、人種とか関係なく、ユーリもサミュエルも、ユリミエラお母さんもシルビアお母さんも、大切な人全員で平和に暮らすことなんだから!」


 そう。

 私は孤児院の平和のために長い旅に出て、沢山の仲間に出逢った。

 そして、それぞれのすばらしさをこの目で見て感じてきた。全ての人種が手を取り合える世界が私の願いだ。


「……ジュダムーアに……叩かれそうになった、だと?」

「はへっ」


 私の話を聞いたサミュエルが、全てを破壊しそうほど怒をにじませながら体を起こした。

 そして、魔力を感知すると爆発するブレスレットがはめられた右手を、血管が浮き出るほどに握りしめ、低い声で唸る。


「絶対ぶっ殺してやる」


 やばい!

 今度こそ地雷踏んじゃった⁉︎

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