第105話 私にはお見通し

 龍人とイーヴォに連れ去られた私は、手を拘束されたまま薄暗い馬車の荷台でゴトゴト揺られていた。

 知らない男に姿を変えたイーヴォが馬をひき、足を組んだ龍人は私の隣でくつろいでいる。その表情は、薄暗い荷台の中では良く見えない。たとえ見えてたとしても、完璧に取り繕われた微笑みからは、何も読み取ることができないのだが。


 国境門をくぐる時、イーヴォが親し気に門番と会話をしていた。どうやらあの姿でここに来るのは初めてではないらしい。見事に他人に成りすますイーヴォに「今まで一体どんな生活をしていたのだろう」と感心する。


 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 イーヴォが世間話をしている隙を狙い、私は門番に助けを求めようと、荷台を覆う布に手を伸ばした。しかしその直後、私の耳元に口を寄せて言った、龍人の言葉で思いとどまる。


「良いの? ユーリ君やサミュエルの不法入国もばれるよ。それに、ガイオンとその両親も罪に問われるかもね。」


 仲間の安全を優先させたのはもちろんのこと、私をさらった二人の意図が分からない今、まずは何を考えているのかを聞き出す方が先決だ。そう思った私は、大人しく手を引っ込めるしかなかった。龍人のことだ。きっとなにか考えがあるのだろう。


 国境門が遠ざかり、門番に声が届かなくなったころを見計らって龍人に聞いた。


「ねえ龍人。なんで無理やり私を連れ去るの? このこと、サミュエルやユーリは知ってるの?」


 私の質問を受けてチラリとこちらを見た龍人は、少し長めの前髪をかき上げて、天気を問われたかのような軽い口調で返答した。


「サミュエルもユーリも知らない。知ってるのは僕とイーヴォだけ。……あとジュダムーアもかな」


 返答の中に出てきた敵の名前に、私は顔をしかめる。


「ジュダムーア? なんでジュダムーアが知ってるの?」

「直々に僕がジュダムーアに頼まれたからさ。シエラちゃんを連れて来いって」

「え?」


 驚いた私は、否定されることを期待してわざと逆のことを聞いた。


「龍人はジュダムーアの仲間になったの?」

「そう」


 簡単に返された返答は、私の予想に反していた。


「えぇぇ? どういうこと? なんで急にそうなったの⁉」

「うーん、そうだなぁ。言葉にするのは難しいんだけど、強いて言うならほっとけなくなっちゃったって感じかなぁ。ほら、困難は多い方が面白いでしょ。ああいうこじらせちゃった子を見ると、なんだか気になるんだよねぇ、僕」


 龍人とはつい先日まで、一緒に革命の計画を立てていたのだ。その計画を破棄するほどの理由が、ジュダムーアにはあるのだろうか。この答だけではよく分からない。


「こじらせちゃった子って……。ジュダムーアのどこが気になったの?」

「しばらく見ていて分かったんだけど、彼、わざと人を寄せ付けないんだよ。それも徹底的に。そんなの見たら、心の鉄壁を壊して中に入って行きたくなるじゃない?」

「な、なるかなぁ。私にはよくわからないけど」

「シエラちゃんだって、あのサミュエルの鉄壁の中に入って行ったでしょ」

「へっ? 私? ……そうなのかな」


 特別何かをしたつもりの無い私は、記憶を探りながら思い当たる節が見つからず首をかしげる。


「そうだよ。僕じゃダメだったんだよなぁ、悔しいことに。結構頑張ったつもりなんだけど。まあ、でも結果オーライさ。こうして元気になってくれたんだから」


 ふふふっと笑った龍人が、頭の後ろで腕を組んで天井を見た。


 龍人とサミュエルの昔の関係は良く知らない。でも、龍人はずっとサミュエルのことを見守っていてくれたのだろう。

 生命の樹で見た、サミュエルの悲しい記憶を思い出した私は、龍人の言葉で胸が温かくなるのを感じた。


「龍人は、サミュエルを助けたかったから、わざとちょっかいを出してたの?」

「助けたい……か。イコールではないかもしれないけど、それもあるかもね。だから」


 龍人私に顔を向けた。


「シエラちゃんにはジュダムーアと結婚してもらう」

「そうなんだ」


 そうか。サミュエルを助けるために、私はジュダムーアと結婚……。

 ん?


「け、結婚⁉ なになになに、ちょっと話が見えてこないんだけど!」


 馬車にゆられながらくつろいでいた龍人が、ガバッと上半身を起こして私の肩を掴んだ。そして驚く私に向かって、ニヤリと笑いながら言う。


「結婚して、夫婦で魔石の交換をすると寿命が延びるらしいんだ。ま、本当かどうか分からないけど。もし本当なら面白いだろう⁉︎」

「そんな、結婚なんてやだ! しかもジュダムーアなんかと。わざわざ敵の寿命を延ばすなんて意味が分からないよ。それに私は魔石を持ってないし」

「大丈夫。魔石ならジュダムーアの妹がくれることになってるから問題ないよ」

「問題だらけだよ!」


 それに、魔石を失ったら死んでしまうのに、妹がすんなり魔石を渡すなんて考えられない。龍人の頭の回転が速すぎて話について行けないことはよくあるけど、今回は特に飛躍が過ぎる。こんなことを言い出すなんて、さすがの龍人にしても変だ。それに、感情を隠すように取り繕った笑顔。

 きっと、何かある。


 私は手枷がはめられた手で龍人の服をつかみ、揺さぶりながら問いただした。


「龍人、何かあったの? 突然そんなことを言い出すなんておかしいよ」

「さっき言った理由以外に何もないよ。僕は困難が大きい方に惹かれるのさ。だからジュダムーアの側につくことにした。僕の中で、これはジュダムーアを勝利させるゲームに変わったんだよ」

「そんなはずない。ジュダムーアに脅されてるんでしょ? 私が龍人のこと助けてあげるから、本当のことを教えて?」


 懇願する私に、困り顔の龍人が微笑む。


「本当のこともなにも、より難しくて面白そうな方を選んで動いているだけさ。シエラちゃんだって僕がそういう人だって知ってるでしょ? イーヴォにも聞いてごらんよ」


 荷台の外から、「こいつの言ってる通りだ。娯楽のためにシエラちゃんを生贄にするつもりだよ」と、淡々としたイーヴォの声が聞こえていた。


「違う……」


 うつむく私に、龍人が意地悪く口をゆがませて言った。


「何も違わない。もう分かっただろ。僕が寝返ってショックかもしれないけど、そういうことさ。悪いけどそれ以上の理由はない。じゃなきゃ、手枷まではめて無理やり連れ去ったりしないでしょ。僕はジュダムーア以上に性格をこじらせてるんだよ。残念ながらね。だからあきらめてほしい」

「あきらめない」

「ここまで言っても分からないかな。きれいな幻想を僕に抱くのはやめた方が良い。もう君たちの味方じゃないんだ」

「嘘だっ!」


 私が震える声で叫ぶと龍人が口を閉ざした。

 短い間の沢山の思い出が頭をよぎり、声だけじゃなく、手も体も震える。私はそれを押さえるように、服を握る手に力をこめた。そして涙がこぼれないよう我慢しながら、龍人の顔を見上げる。


「だって、龍人はいつも私たちを導いてくれてたじゃない。私、分かってるんだよ。ジュダムーアと戦った時、バーデラックが助けに来たから生きて帰れた。そう仕向けたのは龍人。それに、あの時バーデラックは、危険を冒してまで私たちを助けてくれたから仲間になれた。じゃなきゃ、私たちの敵だった人を誰も信用できなかったはずだもん。それに、私たちの仲間になることで、バーデラックは死なずに済んだ。ガイオンが私たちと合流できたのも、サミュエルが意識を取り戻したのも、シエラブルーを見つけて寿命の心配がなくなったのも、みんな龍人のおかげ。簡単なことじゃない。誰も見ていない時だって、一生懸命考えて動いてくれたからだと私は思ってる」


 私が言葉を重ねるたびに、龍人から表情が消えて行く。しつこいと思われているのかもしれない。聞き分けのない私を嫌いになったかもしれない。

 しかしそんなことはかまわず、私は最後まで自分の想いを伝えた。


「なにより、一人ぼっちでお城に残って辛くないはずがないのに、龍人はいつも平気な顔で一番大変な役を背負ってくれた。だから……」


 ギュッと目をつぶると大粒の涙が落ちた。

 そして、今までの龍人への感謝の気持ちに、自然と笑みが溢れる。


「だから、私にそんな嘘ついたってだめ。私は自分の目を信じてるの。龍人がそんなことする人じゃないって、私にはお見通し」


 涙をこらえた私は、気を引き締めて龍人を睨みつけた。


「分かったら白状しちゃいなさい!」


 今まで余裕を見せていた龍人の顔に、初めて動揺の色が見えた。目を揺らした龍人はわずかに口を動かすだけで言葉を見つけられず、やっとのことで声を絞り出した。


「シエラちゃん」


 ふふん。

 私はちゃんと分かってるんだよ。

 いつもユリミエラお母さんに言われてたんだもん。外側に惑わされず、きちんと価値の見える人間になりなさいって。龍人は変わった人だけど、絶対悪い人じゃない。

 だから表面だけ取り繕ったって……。


「わ……」


 気が付くと、私は龍人の腕の中にいた。

 体を震わせて私の肩に顔をうずめる龍人の髪の毛が頬をくすぐる。背中に回された腕がきつく体を締め付けると、ほんのり消毒液の匂いが漂い、小さな囁やきが聞こえた。


「君って子は……」

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