第103話 新しい杖

 二人の兄に叩き起こされた私は、ガイオン宅の生活感漂う茶の間でユーリと対峙している。大きな長方形の食卓をはさんで、ズズッとお茶をすするユーリを納得させるべく、私は必死に主張を続けた。


「ほんとだってば! 私、ジャウロンを倒したんだって」

「そんなの、俺だって何回も夢の中で倒してるよ」


 半笑いのユーリに軽くあしらわれ、私はもどかしさを感じながら同じことを繰り返す。


「夢じゃないーっ、本当に倒したのっ! ね、小人」

「ぴ!」


 パジャマの胸元にいる小人が、同意の声を上げた。


「ほら、小人だってそう言ってる」

「わかったわかった、すごいぞシエラ」 

「あ、信じてないでしょ。もー! サミュエルなら小人の言ってること分からない?」


 ユーリにうまく信じてもらえず、私は腕を組んで目を閉じているサミュエルに助け船を求めた。

 呼びかけられて片目をあけたサミュエルが、どれ、と言って小人を手に乗せる。そしてすぐに眉間にシワを寄せた。


「……んんっ? どうやらシエラの言っていることは本当らしいぞ。このチビ助と一緒にジャウロンを倒したようだ」

「まじかよ……」


 驚いているユーリとサミュエルに、私は「ほらね」と言って胸を張った。

 そのまま小人の記憶を覗き見るサミュエルが、私の大冒険に顔を曇らせる。小人がパジャマの胸元に戻ると、サミュエルが心配そうな顔で私を見た。


「それにしても、随分無茶したな。下手したら死んでたぞ」

「そうなの。それもこれも、タケハヤっていうガイオンを黒くしたみたいな男がいて……」

「俺がどうかしたか?」


 私たちの声で目が覚めたのか、金髪のたてがみを揺らすガイオンが階段を下りてきて、ドカッとひじ掛け椅子に腰掛けた。さりげなくサミュエルがお茶をつぐと、「サンキュ」と言ってお茶をすする。


「ガイオン、もう体は良くなったの?」

「ああ、この通り。酒飲んで寝たらすーぐ治っちまうさ」


「ニシシ」と笑うガイオンに、お酒を飲んでいたタケハヤの面影が重なる。

 しかし、吊り上がったタケハヤの目に比べて、ガイオンの目は意志の強さの中にも穏やかさを感じる。やっぱり似てるけど、ガイオンの方が随分優しい顔だ。

 覗き込む私にガイオンが不思議そうな顔をすると、ユーリが質問をしてきた。


「それにしても、どこからさらってきたんだ? こいつ」

「だから、一人でポルテに行ってジャウロンを倒して、杖の材料をもらって小人を連れてきたの」

「ポルテに行っただって? あそこの妖精はかなり厄介で危険なんだぞ!」


 驚きで顔を引きつらせるガイオンに、無事に生還した私は誇らしい気持ちで「ニシシ」と笑った。


「その材料ってのはなんだ?」

「私も信じられないんだけど、タケハヤの髪の毛……あっ!」


 ユーリの問いかけでハッと気が付く。


 やばい。

 タケハヤたちと別れてからすぐに眠くなってしまって、帰ってきた時の記憶がない。今さら手の中を見ても、髪の毛はどこかにいってしまった後だ。

 どこにやってしまったんだろう。せっかく最強の材料をもらったのに、もしかして空を飛んでる途中で落としてしまったのだろうか。そうだったら、もう一度ポルテに行かなくてはならないし、なによりタケハヤに申し訳ない。


 自分の失態を自覚した私は、両手を口に当てて肩を竦めた。最悪の事態に、一気に頭から血が引いて行く。


「どこに行ったんだろう! 私いつの間にか寝ちゃってて、ポルテを出てからどうしたのか覚えてない」


 私が慌てふためいていると、小人が私の目の前に浮かび上がり、服の中に手を入れて小さく束ねられた髪の毛を取り出した。


「ぴ!」

「あ、それ! 小人が持っててくれたの? ありがとう」


 安心した私は小人を手に乗せて頬擦りする。


「これが材料? どうやって杖になるって言うんだ?」

「それは!」


 首をかしげるユーリに答えようとして、人差し指を立てた私が固まる。


「……どうするんだろう」

「あははは! シエラらしいな!」

「なになに? 随分楽しそうじゃないか。僕も混ぜてよ」


 ユーリの笑い声につられて、龍人のホログラムがあらわれた。


「龍人!」

「お前、大丈夫なのか? 突然通信が切れたから何かあったのかと思ってたんだぞ」

「はははっ。心配してくれたの? サミュエルのそういう優しい所、好きなんだよなぁ」


 サミュエルは「心配はしていない」と抗議したが、龍人は無視して話を続けた。


「あの時エルディグタールで大きめの地震があってね。物が落ちてきて研究室は悲惨な状態だけど、僕自身は健康そのものさっ」


 ホログラムの龍人は空気椅子のようにサミュエルの横に座り、テーブルに頬杖を突いてパチンとウィンクした。サミュエルが面倒くさそうな顔で答える。


「潜入がバレたのでなければ良い。ところで王様の様子はどうだ?」

「ジュダムーア? 順調にゲノム編集が進んでいるよ。でもまだしばらくは大人しくしてなくちゃならないから、まだ時間に余裕がありそう。せっかくイルカーダ一の道場にきたんだし、今のうちに格闘でも教えてもらったら?」


 龍人の提案に、ユーリの表情が明るく輝いた。


「それは良いな、俺やりたい!」

「がはは! 俺も体がなまっちまったからな。少し鍛え直すか!」


 意気投合したユーリとガイオンが握手を交わし、どんな稽古をするか真剣に相談し始める。


 私はこの時、いつも通り余裕をたたえる龍人の姿に、ひそかに胸をなでおろしていた。

 龍人はもう何日も一人で敵のふところに潜入している。いくら変わり者とはいえ、簡単ではないはず。私たちのために危険を背負ってくれて、肝心な時にいつも頼りになる龍人には、感謝してもしきれない。

 心の中でそう考えていると、私はふとタケハヤの言っていたことを思い出した。


「あ、そういえば龍人。龍人もタケハヤに会ったことあるの?」

「随分懐かしい名前だね。タケハヤがどうしたの?」

「友達になってきた」

「友達? ……ふふっ……あははっ。友達か!」


 友達と言う言葉に、龍人が目じりを下げて笑いだした。

 あれ、私なんか面白いこと言った?


「さすがシエラちゃんだね、暴れん坊の彼まで友達にしちゃうなんて。僕は『人間のくせに寿命を勝手にいじりやがって』って怒られて、危なく命を取り上げられるところだったよ」

「そうなの? 見た目は悪そうだけど良い人だったよ」


 クスクス笑う龍人に、サミュエルが小人の持っている髪の毛を指さして言った。


「そのタケハヤってのを知ってるなら、これでどうやって杖が作れるか分かるか?」

「髪の毛……? 確かに彼の体毛は木になるっていう神話があるけど」


 龍人が言うが早いか、髪の毛をパクッと口に入れた小人が、もぐもぐ口を動かしてあっという間に食べてしまった。


「え? 食べちゃった!」


 突然の行動にみんなが驚いていると、「ぴっ」と小さく鳴いた小人がポンッという音と共にすり棒のような形に姿を変えた。ガイオンとユーリも相談をやめてこちらを見ている。


「わっ、小人が杖になった」

「ふぅん。これは興味深いね」

「だめだめ、龍人には渡さないから」


 私は好奇の目で覗き込む龍人から隠すように、小人が変身した杖を背中に隠す。

 そのやり取りを見て笑うガイオンが、小人の名前を聞いてきた。


「そいつ、小人っていう名前なのか?」

「ううん、名前はまだないの。だから私が付けてあげないと。どんな名前が良いかなぁ」


 顎に手を当てて考える龍人が、すぐになにかを思いついたように言った。


「パジャマの胸元から顔を出している姿が、ポケットに入っているカンガルーみたいだから、それにちなんだ名前とかは?」

「良いね、じゃあポッケにしよう!」

「ぴ!」

「ふふふ。可愛らしくていいんじゃない?」


 杖から小人へと姿を戻したポッケが、嬉しそうに部屋中を飛び回る。そんなに喜んでもらえるなんて私も嬉しい。

 せっかくだから、新しい杖のデザインをもっとかっこよくしようと、私の手の上に舞い戻ってきたポッケにお願いしてみる。


「ポッケ、もっと長くなれる? そうそう。そして棒の先にジャウロンをつけて」

「ぴ……ぴ?」

「良い! めちゃくちゃかっこいいよ、ポッケ!」


 私の希望に合わせ、何度か変身し直したポッケ。身長と同じくらい長く、ピンクの宝石を抱えるジャウロンを先端に飾った杖は、間違いなく世界で一番カッコいい。

 新しい杖に心を躍らせた私は、早速試しに魔法を使ってみようとポッケを構える。

 すると、サミュエルが慌てて止めに入った。


「ちょ、ちょっと待て! どれだけ威力が出るか分からないんだから、闇雲に使うな!」

「む……確かに」

「ここは周りに被害がでないように、シエラの好きな花でも出してみたらどうだ?」

「花? 魔法でそんなことできるの?」

「普通は魔力を無駄にして早死にしたくないから絶対やらないが、シエラならその心配もないだろう。しっかりイメージを固めて、名前を呼べば出てくるはずだ」

「わかった!」


 サミュエルの説明に、私は昔通りかかったお花屋さんで見た、ピンクのお花をイメージする。沢山花びらが付いて、存在感のある豪華なお花だ。高くてとても買うことはできなかったが、一目見ただけでその美しさに目を奪われた。ずっと憧れていた花の姿を鮮明に思い出し、その名を呼ぶ。


「チェリーピンク ガーベラ!」


 名前を呼ぶと杖の先が光り出し、ピンク色の光が飛び散って部屋を埋め尽くした。そして、光が次から次へと花になってヒラヒラと舞い降り、部屋中が花で埋め尽くされていった。


「うわぁ! すごい!」


 私が花に見惚れていると、ユーリが落ちてくるガーベラを一本手にとり、私の耳の上に挿した。


「ユーリ?」


 私が耳の上の花に手を添え、ユーリの珍しい行動に驚いていると、サミュエルがキッチンから何かを持ってきた。生地の上にはたっぷり塗られた真っ白なクリーム。山が雪をかぶっているようだ。そしてサミュエルが指を鳴らすと、てっぺんを飾るロウソクにオレンジ色の柔らかい火が灯った。


「忘れてるだろうが、今日がお前の誕生日だ」

「誕生日おめでとう。シエラ」


 思いもよらなかった二人の祝福を受け、私は思わず息を飲んだ。


「サミュエル、ユーリ……!」

「ユーリと二人で作った。イルカーダの伝統的なケーキだ」

「すごい……! ありがとう、ユーリ、サミュエル!」

「おっと、いきなり抱き着くな、ケーキが落ちる!」


 並んでいるユーリとサミュエルに、両手を広げた私が抱きつく。

 満足そうに笑うユーリの横で、慌ててケーキを高くあげたサミュエルが頬をピンク色に染めた。


 孤児院が襲われてからいろんなことを経験したが、こうしてみんなに祝ってもらえる私は本当に幸せ者だ。

 この後、部屋を埋め尽くすピンクの花に囲まれながら、みんなで美味しいケーキを分け合って十四歳の誕生日を過ごした。

 もちろんケーキを食べてから、夜までぐっすり寝たのは言うまでもない。





 シエラ達との通信を切った後。


「ねえ、龍人。本当にあの計画を実行するの?」


 離れた場所で一部始終を見守っていたイーヴォが顔をしかめた。問いかけられた龍人は、目線を落とし手元を凝視したまま答える。


「ははははっ。もしかしてそれ、僕に聞いてるの?」


 愚問とでも言いたげな龍人を、イーヴォが忌々しく一瞥する。


「楽しく一緒に誕生日まで祝っておきながら、君って人は。絶対敵に回したくない……味方でいるのも恐ろしい、狂気の存在だよ」


 イーヴォの挑発的な言葉も全く意に介さない龍人が、ノラにそっくりなトワの顔にメスを入れ、あざけるような笑いを浮かべた。


「そう言ってもらえて光栄だよ、イーヴォ」

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